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日本の試験重視教育

日本の試験重視教育 日本の試験重視教育ってどのような経緯で形成されてきたのですか? 後、どうしてこんなに塾に通わないといい大学にいけない、という事態が大きくなってきたのでしょうか。 学校がきちんとカバーしていたら親の貧困がここまで子どもの教育の貧困につながらないと思うのですが… 詳しい方いらっしゃったらお願いします。

みんなの回答

  • de-tteiu
  • ベストアンサー率25% (7/28)
回答No.2

日本は学歴社会とよく言われますが、ある程度発達した国ならばどこも学歴社会です。有能(だと思われる)な人材ほど身分が上になるというのは自然なことではないでしょうか? 日本は試験重視と言われますが、ある意味平等だと思われます。#1さんも仰っていますが、理想的には一番親の地位や、金に影響されずない方法ですからね。例えば、アメリカの私立大学などでは多くの人間がコネや金で入学しています(そもそも学費が高く、ほとんどの家庭は払えない) それに比べれば、日本は平等な方だと思いますが 貧富の格差が教育の格差につながるのはある程度は防ぎようがないものです。しかし、確かに今の格差には問題があると思います、その原因はおそらく ・公立の学校での勉強量が減少した #1さんがお書きになっていますが、公立では週休2日なのに対し、私立は土曜も授業を行っているのがほとんどです。ですから、学校の授業を受けているだけで自然と差が付いてしまいます ・子供の勉強量(読書量)が減少した 今の子供たちは幼い時の読書量が昔の人間に比べて圧倒的に少ないと思います。また、受験期の勉強量も減少していると思います まあ、娯楽要素が増えたから仕方ありませんね 全体的な勉強量が減っているために、私立で多く授業を受けている人間の成績が相対的に上になります ・高学歴を得ることへの疑問 最近では高学歴を取っても必ず裕福になれないという社会の共通理念があり、それによって無理に高学歴を狙わなくなった などの理由かな、と個人的には考えています。

  • potachie
  • ベストアンサー率31% (1065/3387)
回答No.1

試験重視は、日本 ではなく、東アジア共通の考え方です。「科挙」や「九品中正法」は、ご存じでしょうか。古くから中国では、血縁ではなくいかにぜんこくから優秀な人材を求め、国に役立ってもらうか、を教育の基本に置いていました。 日本でも、身分制度はありましたが、学問で上の身分に上がる道は常に開かれていました。武や財で上に行くのは世界的に見られましたが。 「試験重視」は、言い換えると、学力など本人の個人的な資質だけを平等な環境で判断する、ということです。これがない世界は、血統や地縁、お金や親の地位でその子の将来が決まる社会を意味します。本人がどんなに不出来でも、ということですね。 ちなみに、入試がもっとも厳しかったのはバブル前、1980年代です。すべての子どもが平等で、勉強すれば良い高校、大学、企業に就職できると信じ、受験戦争と呼ばれ、多くの子どもたちそれに悩み、それに耐えられなかった子が自殺をしました。各学年でそういう子どもがいるのが普通でした。 当時、今ほど塾が整っているわけではなく、お金があれば良い教育を受けられる、という環境ではなかったんです。また、子どもたちの数は多く、進学先の椅子は準備が間に合わず、その分、競争は今よりもずっと過激でした。 塾に行かないと・・・ということと、試験重視は、セットではないんです。 日本の教育の仕掛けそのものは、けっして悪いモノではないんです。問題は、「学校がきちんとカバーして」の部分。それも、学校自身の問題というよりも、現場をきちんと見ていない人たちが学校を縛って、先生がやりたいことが出来ない職場を作り上げてしまった、ということです。 医者が人命を預かるから、という理由で高給が許されるなら、子どもたちの人生、ひいては国家の将来を左右する教員達は、それ以上に高給でそれに見合う人たちだけが許される職業のはずなんです。 そして、文科省主導で進んだ公務員の週休2日制の導入、これがご質問者さんのいう今の状況を産んだ最後の引き金でした。

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