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接客することの意味
以前テレビでみたのですが、来客した客人をもてなす(接客)する事が修行の中にあるお寺の事を放映してました。その時はあまり深く考えなかったのですが時間が経ってみると仏教と接客がどのような関係にあるのか不思議になってしまいました。どのような客人をもてなす事との関係を教えて下さい
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こんばんは。このサイトのモットーでもある「一期一会(いちごいちえ)」は、 もともと仏教の言葉です。人生でその人と出会えるのは一度だけと心得え、 心を込めて接するようにとの教えです。 また「懐石料理」(「茶懐石」とも。「会席」ではありません)も 禅宗の習わしから生まれたものですね。もともとは懐に温めた石を忍ばせ、 空腹をしのぐことから始まり、ささやかな料理という謙遜の意味を込めて出す料理です。 このように、おもてなしの心と仏教の教えは響きあうところが多いのです。 参考になれば幸いです。
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- una045
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こんばんは。 そのTVを見てないので本当のところはどうだかわかりませんが おもてなしは自分、我が強いとだめだと思うんです。 どんなお客様にも平等に相手に必要なことを提供する。 実践版??無の境地。みたいな。 でも、ふつうの販売員は相手のことだけをといいながら 数字を重視している人も多い中 実際にそんな人の接客は欲を感じないから お客様は信頼してくれてリピート率高いかも。
こんにちは 人生で1回だけ遭う、偶然に遭う知らない人に 親切にできる、一期一会?を大事にできるってことが 意味があるんじゃないかと思うんです 接客業してました いろんな人がいました わがままな人、傲慢な態度の人、こちらを人間扱いせず苦情ばかり言う人、ごねる人... その中にあって、こちらの名札をちょっと見て、「OOさん、どうもありがとう」なんて言う人が、 何百人に一人くらいいらっしゃいました。 正直、良い感じの人と横柄な人に、私は差をつけてました。 お客さんに向かって怒ったこともあります でも良い経験でしたので、 意味はあると思います。体を壊す人もいたし、ストレスもたまりました。修行の一環にはいいな、と この質問を見て思いました。 接客のじょうずな人は、地味な感じで でも、しっかりした人が多かったです。
こんにちは。 専門的なことはよく分かりませんが 昔、仏教の本で読んだことですが、 人間は誰でも仏の生命を持っていて、普段は悩んだり、苦しんだりして隠れているけれど、縁に触れれば仏の生命を引き出すことができるそうです。自分の中の仏を引き出す為にお経をあげたりするわけです。 昔インドには、どんな人でも心の中に仏がいるのだから、その仏を尊び、道行く全ての人に手を合わせる、という修行をしていた人がいたそうです。修行として客人をもてなす、というのは、そのあたりから来ているのではと思います。