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イエス・キリストは神?
聖書をちょっとだけかじった僕には”神の子”と聖書に書かれていたので、神ではなく神の子だと理解していたのですが、キリスト教の方々ってイエスを神だと思っているのはどのような理由なのでしょうか?またキリストを神としているのはキリスト教のほとんどなのでしょうか? ダヴィンチコードのニケイヤ公会議(でしたっけ?)でイエスが神となったのであれば…、神の子であるとイエスがいったことは無視ってことでしょうか? 三位一体とユニテリアンについて気になったので質問させていただきました。
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- em9845
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イエス・キリストは神です。それは、主イエスご自身の言葉と、旧約、新約聖書の言葉により示されています。以下に数カ所抜粋いたします。 【主イエスによって】 ヨハネ10:30 (*1)わたしと父は一である」。 10:30*1解説 主はここで彼の神性、すなわち、彼が神であることを断言されました(ヨハネ10:33.5:18.1:1.20:28.Iヨハネ5:20.ピリピ2:6)。 http://recoveryversion.jp/FunShow011.php?B=43_10_30_0_1 【旧約聖書の預言によって】 ヘブル 1:8-9 御子については、「(*1)神よ、あなたの御座は永遠であり、あなたの王国の杖は公正の杖です。あなたは義を愛し、不法を憎まれます.それゆえに神、(*1)あなたの神は、歓喜の油を、あなたのパートナーにまさって、あなたに塗られました」と言われます.(詩篇45:6-7)」 1:8,9*1解説 ここの「神よ」と9節の「あなたの神」は、御子のことを言っています。御子は神ご自身ですから、彼は神です。ですから、ここでは「神よ」と言います。御子はまた人でもありますから、神は彼の神です。ですから、9節は「あなたの神」と言っています。 この書の意図は、神の救いがユダヤ教にまさっていることをヘブル人信者たちに見せることです。ユダヤ教で誇りとするものは、神、御使いたち、モーセ、大祭司アロン、旧約とその奉仕でした。まず著者は、神の救いにおいて最初のまさっているものは神だけではなく、表現された神、すなわち子なる神であることを指摘しています(2、3、5、8―12節)。それから著者は続いて、キリストは御使いたちに(1:4―2:18)、モーセに(3:1―6)、アロンに(4:14―7:28)まさっていることを、また彼によって結ばれた命の新しい契約は文字の古い契約にまさっていることを、明らかにしています (8:1―10:18)。 http://recoveryversion.jp/FunShow011.php?B=58_1_8_0_1 【新約聖書によって】 ローマ9:5 父祖たちも彼らのものであり、肉によれば、キリストは彼らから出られたのです.彼は万物の上にいまし、永遠にほめたたえられる(*1)神です。アーメン。 9:5*1解説 ここではっきりと、キリストは神であることが述べられています。そして、キリストは肉体を持った人(5:15)であり、イスラエルのユダ族から出たが、彼はまた万物の上にいまし、永遠にほめたたえられる神であることを証明しています。彼は人と神の両方です。彼は子なる神であり、三一の神でもあります。 http://recoveryversion.jp/FunShow011.php?B=45_9_5_0_1 三位一体の神学に関してはここのスペースでは書ききれません。参考になるリンクを挙げます。 「三一の神」 http://www.church-in-kyoto.com/faith1+index.htm 特に第三章が子に関する記事となります。 http://www.church-in-kyoto.com/faith1+index.id+9.htm#10 この記事ではキリストが神であることを認めない事は異端であると説明されています。 http://church-in-suzuka.com/suzuka_identifying_heresies.html#02 また、三位一体の神学においては、様態論と三神論とという異端も存在します。ご注意ください。 http://homepage3.nifty.com/churchinmachida/conclusion_new_testament1.html#07 ユニテリアンは三位一体の教理を否定する異端です。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E4%B8%BB%E7%BE%A9
- katyan1234
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信仰対象物を神として崇拝してます。私たちは God キリスト 聖霊を一つにして信仰対象物にしてます。 だから信仰対象物であるキリストも神として信じてます。 日本語の神というのと考え方がまた異なりますね。 詳しく言うと 創造者である神がキリストをこの世に送ったから (創造者である)神の子キリストと言えばわかるかな? 日本語で神というと名前を考えてしまうけど 本来はGod(三人称単数)がこの世に送ったキリスト つまりGodの子供 日本語に言えば神の子 なぜキリストがというとDVDでマリアと言う映画がありますから見てください。
- hhituji
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イエスは神であり、それを公衆の面前で自ら宣言していますし、それが12弟子と当時のユダヤ人の認識でした。 まず最初に、はっきりさせておかなければならないのは、「神の子」というのは、当時の、ユダヤの社会で、このコンテクストで使われた時は「神」と全く同義だということです。 人から生まれるのは「人」ですが、神から生まれるのは「神」です。 つまり、イエスが神を「私の父」というときはユダヤ人の感覚では、激しく神を冒涜していると映っているのです。 このようなときには、100歩譲って「天にましますわれらの父」と枕詞を付ける必要があるのですが、イエスはそれをしていません。 よくイエスが自分のことを「人の子」と呼んでいることから、イエスは自分を人間だと思っていたという人がいますが、これは間違いです。これはダニエル書のメシア予言、7章13節に言及した表現であり、全く逆に当時は救い主(間接的には神)を指す表現として定着していました。 また、さらにイエスは自分自身をもっと過激な表現で「神」と表現しています。 神の名前というのは出エジプト3章13~14節で示されていますが、「在りて在るもの」、当時の発音ではおそらく「ヤハウェ」であろうといわれています。 おそらくというのは、この発音が現在までに伝えられていないからです。これは、神の名が神聖なため、当時のユダヤ人はこれを発音することが禁じられていたからです。ただ、年に一回だけ、その年の大祭司のみが、しかるべき場所で発音することが許されていました。 ところが、イエスはこれを公衆の面前で自分の名前としてしゃべっています。これがヨハネによる福音書8:58で、その個所を抜き出します イエスは言われた。 『はっきり言っておく。アブラハムが生まれる前から、「わたしはある。」』すると、ユダヤ人たちは、石を取り上げ、イエスに投げつけようとした。しかし、イエスは身を隠して、神殿の境内から出て行かれた。」 この「私はある」というのが、原語に直すと神の名前「ヤハウェ」になるのです。つまり、イエスは、アブラハムが生まれる前からいて、そして自分は神であるとはっきりいったのです。 これが単なる存在をあらわす表現でないことはその後のユダヤ人の反応を見ればわかります。彼らは怒りのあまりイエスを石打ちで殺そうとしているのです。それは、神の名を汚したものだけに値する大罪でした。 このように見ていくと、イエスが自分を神だと思っていたことは間違いがないのです。 そして、イエスの神性をはっきりと確認した弟子たちはその教えを忠実に受け継いだのです。その確信の堅さは、彼ら12人のうち、11人が迫害のため殉教したことからも分かります。 人は、自らが真実と信じること以外のためには命は投げ出せません。 しかも、すべての弟子がそう信じたということは、実際にそうだったとしか考えられません。 弟子たちは、「神は一つである」という教えと「イエスは神である」という教えの両方を信じ、それを説明するためには「三位一体」という考えしかないと確信したのです。 だから、公会議の決定事項は、その時確信を持って伝えられていた教えを追認したに過ぎません。ただ、イエスが死んで100年もたって、信者の第一世代の残りが少なくなってくると、どうしても異端の教えも出てきます。それがイエスの神性を否定するグループなのです。
- wildboar26
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聖書は神でも、預言者でもない普通の人たちが加えて加えた結果できたものです。 なので今では理解が難しいこともあるかもしれませんが、イエスキリストは神ではありません。 このサイトはどうですか?
すでに述べられていますが、子なるイエスと父なる神と聖霊は一体であるとみるのが主流です(三位一体)。 だけど、この正統教義の三位一体説は聖書には書いてないです(だからもめるわけですが・・・)。コンスタンティノープル公会議の決定事項です。 そっからまたいろいろと論争があります。 歴史的には、キリストは神じゃないというアリウス派と、キリストと神は同質だとみるアタナシウス派が対立してました。 第一回ニケーア公会議で、アリウス派が異端とされました。それ以降もいろいろとあって最終的にアタナシウス派が正統となっています。 三位一体の根拠は、いろいろ述べられています。 宗教に入ってない私としては、よくわからん理論なのですが、 議論になるのがいやなので(議論できるほど詳しくもないので)述べません。「三位一体 根拠」とか辺りでググってみてください。信じてる人とか信じてない人とかのサイトがいろいろでてきます。アウグスティヌスの三位一体論などが大きい理由になるかもしれません。 それと、気になったのですが、"イエスが「神の子」である"というのはイエスが述べたことじゃないです。聖書の解釈の問題です。学説で、のちに公会議で決定されたことです。 また、承知の上で書かれているのだと思いますが、キリストというのはメシア(救世主)の意味です。
- juyjuy
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下記に回答した事の補足です。 ダビンチコードにも出てくるキリストに妻がいたという話は西洋のキリスト教の関係者の中ではよく知られた「タブー」だそうです。 昔だったらダビンチコードの作者は火あぶりになっていたでしょう。 これはキリスト教大学の権威筋から聞いた話です。
お礼
ものすごい既得権益ですもんね。後に事実がわかったとしても裁判にかけられ殺されたでしょうね。
- juyjuy
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最も世界に広がっている「キリスト教」では父(神)と子(キリスト)と聖霊(まあ神とキリストの魂のようなもの)はすべて一体であるということになっています。 つまり 神≡キリスト≡聖霊 でありその場面場面での言い換えと考えればいいわけです。 その意味で神の子≡神ということになっているのです。 世界には多くのキリスト教があって キリストは神ではない という一派もあります。 イスラム教や一部のユダヤ教ではキリストはOsieteFA9さんがおっしゃるように預言者として取り上げています。 歴史上の人物としてのイエスは当時の腐敗したユダヤ教を批判し当時のローマ政権とそれに追随するユダヤ人の上層部によって死刑に処せられた男です。 本人は神の子だといったかもしれませんが、当時ユダヤ人は皆神の子だったのですが・・・。 その後、それ以前のユダヤ教の預言者が行った預言の通り 「復活し甦って天にのぼった」 という神話が付け加えられたのがキリスト教の始まりです。
お礼
>>最も世界に広がっている「キリスト教」では父(神)と子(キリスト)と聖霊(まあ神とキリストの魂のようなもの)はすべて一体であるということになっています。 霊的なものは一緒ってことですか? 個人的にはキリストを神に無理やりした感が否めない気がします・・・。宗教ってそういうもんだといえば、終わっちゃうのですが・・・。 精霊ってみ使いとかも入るのでしょうか?? >>世界には多くのキリスト教があってキリストは神ではないという一派もあります。 でも、多くが三位一体を唱えているんですよね。びっくりしました。 >>本人は神の子だといったかもしれませんが、当時ユダヤ人は皆神の子だったのですが・・・。 ようなんですか?興味深いですね。詳しくうかがいたいです。 あとできれば、三位一体の神概念とユニテリアンの神概念の違いと、その神概念が及ぼす思想や文化的な影響を教えてほしいです。
- j38
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キリストがサタンを滅ぼすくだりが黙示録に書かれているので 神様と見られているはずです。
お礼
サタンが元み使いって設定なので、神の子のキリストがサタンと戦うってことも不思議ではないような気がしますが・・・。
- OsieteFA9
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どこから得た知識か知りませんが・・・ キリスト教徒がイエスを神だと思っているなんて初耳ですね イエスは予言者ですよ? キリスト教を知らない無知から来る発想でしょうか
お礼
回答ありがとうございます。 ん?三位一体ってキリストを神としているように感じたのですが、違うのですか? 三位一体の神概念とユニテリアンの神概念の違いと、その神概念が及ぼす思想や文化的な影響を教えてほしいです。 専門家ということで助かります。よろしくお願いします。
お礼
>>すでに述べられていますが、子なるイエスと父なる神と聖霊は一体であるとみるのが主流です(三位一体)。 主流の多くがキリストを神としているのに驚きました。 >>だけど、この正統教義の三位一体説は聖書には書いてないです(だからもめるわけですが・・・)。 ですよね…。ただの解釈論ですよね。書いてないことを教義にするって信徒集めのような気もしてしまいます。 神の子も公会議で決まったんですか・・・。なんかこんがらがってきました。 色々詳しく回答ありがとうございました。