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学生に質問しても「わかりません」しか返ってこない

教員です。 学生に質問をすると「わかりません」という返答しかしてくれません。 それは本当に理解できていないというよりも、考えるのをやめて、わからないという一言ですまそうとしている感じです。 特にゼミでこれをやられると、正直腹立たしいものもあります。どうしてこの研究室に入ってきたいと希望したのか問い正したくなってしまいます。 そこでどうにかしてこれを改善させたいのです。 恐らく多くの先生方も同じような問題に悩まされると思うのですが、なにか手はないでしょうか。

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  • ryos14
  • ベストアンサー率23% (44/190)
回答No.3

私は会社員ですが、一時期新入社員の教育を行う社内講師を していたことがあり、同様の経験をしています。 ところであなたは「わかりません」という返答を受け入れてしまっていませんか? 「わかりません」という返答では納得しないということを、 相手に示していますか? どこまで解っていてどこから解らないのかを問うてみてはどうでしょう? 解らないならば解らないなりにどう考えるかや どう導き出すべきかなどを問うてみてはいかがでしょうか? また、Yes、Noで答えられる形で質問し、 なぜそう考えるのか理由を述べさせたり、 質問する側にも工夫が必要かもしれません。 たくさんの新卒社員を見ていて感じることですが 最近の若い人は「ゆとり教育」のせいか解りませんが、 自分であまり考えない傾向があるように感じます。

watanabe45
質問者

お礼

YES/NO形式からつっこむのは面白そうですね。 ゆとり教育の子供達は素直で大人しいため、言われたことについては他の世代よりもよくできると思うのですが その反面、研究活動に必要な自主積極性や創作性にかけると思います。 高校まで教えられるだけの生活だったろうからしょうがないといえばしょうがないとは思うのですが。

その他の回答 (6)

  • Ama430
  • ベストアンサー率38% (586/1527)
回答No.7

(1)最初にウォーミングアップを行い、「間違っても怒られない」という体験を積む。(高校の復習問題とか芸能問題とか) (2)選択肢を出してクイズ形式にする。その上で理由を尋ねる。 (3集団で討議させて考えさせる。

  • moonmist
  • ベストアンサー率32% (113/350)
回答No.6

友人も大学の教員をしていますが、同様の悩みを抱えています。 私も教師になりたかったので、時々そういった学生への考え方について彼と議論になります。 現場を見ていないので一概には言えませんが、それは「わかりません」が通ってしまう雰囲気だからかもしれません。意図せず、そういう雰囲気を作ってしまったのでしょう。 例えば・・・学生「分かりません」⇒教員「じゃあ横のキミ」って感じなら、「わかりません」といえば答えなくてもいいって事ですから思考停止します。 どこまで分かっているかをチェックしていますか? 記述形式の問題を数問作って1時間ほど目の前で解かせて提出させる。簡単なのから難しいものまで。話し合いや持ち帰りはいけません。できた人のを写すにきまってますから、教員は【一番できる人】を全体の達成度だと勘違いします。個人の達成度はわかりません。 こんな事を言うと私の友人は「なんで教員が大学生にそんなことまで。大学生にもなったら自分を律して~」云々といいますが、大学はあくまで「学術研究および【教育】の最高機関」。「こういう風にするもんだ」と、勉強ではなく仕事/研究に対する【姿勢】を教育してやって下さい。 私は教育とは【仕事に対する姿勢を教えること】だと思っています。知識は自分の必要な事を自分で勉強して得るものです。教師や他人に大事だと言われても頭に入りません。 私の上司は良く言うんです。「できません」は「私にはする能力がありません」と言っているのとイコールだって。つまり相手に「私は研究や仕事をする能力が乏しい人間です。出世したくありません。」ってことです。 「わかりません」や「できません」に慣れると将来が無いって事を、学生に言ってやってください。 我々企業としても、大学の教員には耐えて欲しいところです。

  • root_16
  • ベストアンサー率32% (674/2096)
回答No.5

考える力の問題と、単に面倒くさい、目立ちたくないなど ケースが分かれると思います。 ただ、出題者が常に忘れてはいけないのは、 問題を出題する側は基本的に用意した答えを知っているわけで、 突然聞かれた問題に答えるのは結構難しいものだということです。 問題自体聞いていないことも多々あります。 考えるのが面倒だという人もいます。 目立ちたくないので分かっても答えない人もいます。 落ち着いて考えれば答えられる人の場合は、 次こういう質問するから、答えを考えておくように とすると、答えられると思います。 考えるのが面倒という人に対処するのは難しいですね。 小グループで考えさせるとかチームにしないとやらないかもしれません。 目立ちたくないだけの人はメールとか別の質問・回答の手段を 与えれば答えてくると思います。 また、間違った回答をした人をほめることも大事です。 ただ恥をかいただけだと、次から答えなくなる雰囲気を 作ることになると思います。

noname#97062
noname#97062
回答No.4

大学で、このようなことがあるとは日本も心配になりますが、いろんな 場所、段階で同様のことがあると思います、本当に残念なことです 大学生では人格の形成も、かなり出来上がっていて、今からとういのは 難しいとは思いますが、私はいつも希望を持って考えたいと思います つまり人格の本質は、未だ改善の余地があるかもしれないと思います 責任の回避、刑事事件での黙秘権みたいなものだと思います 一般教養での憲法(日本国憲法第38条)を十分に理解して活用している のかもしれなません、それは冗談ですが(すみません)試験さえパス すれば良いのでしょうから、利口な(狡賢い)手口だとも思います 義務教育や高校生の「わかりません」は、逃避だと思いますが 大学でも、同じだとしたら、救いようがないとも思います 意欲はあるのだけれども、面倒を避けているだけの場合と 意欲自体も無い場合に、別けられるように思います 意欲自体が無いケースは、幼児、児童段階からの自主性、主体性を尊重 したアプローチの改善が必要だと思います 「貴方は何故他の子と同じに出来ないの!?」と言われ続けて育ちます 「貴方は何故自分の考えで行動出来ないの?」と欧米など先進国では 教育していると思います、その結果、自主性、主体性が有るか無いかの 差がでるのだと思います 虐めに遭うのが怖いから目立たないようヒッソリ生きてきたのでしょう 或る意味、日本の現実社会に適応して育った、とも思います 私が思う改善方法は、1つは幼児からの自主性、主体性の養育でしょう 2つには、大学生まで育った方は、心の底の自主性(があればですが) に目覚めてもらうようなアプローチではないかと思います 現実を自分の目で見て自分の心で考えて自分なりの行動で解決してゆく ことが、本当の自分を生きることだと理解して欲しいと思います そのようなサポートが、可能性としてあると思います 根本的には、社会問題としてのアプローチも必要でしょう そうではない人も多いですからインセンティブデバイドとして各家庭の 固有のことだとも思います 何れにしてもお金さえあればどこかの大学で学べる日本は異常でしょう

  • trytobe
  • ベストアンサー率36% (3457/9591)
回答No.2

「次回までに自分の考えをまとめて報告してください」と宿題を出すくらいでしょうか。 受験のように正解があるものを覚える・教えてもらう生活ばかりで、正解が何かを自分で見つけたり考えるクセが付いていない人間が多くなっている現状では、そうやって自分で考えさせるクセをつけて社会に送り出すのが大学の最低限の思いやりなのかな、と思っています。 次回、自分で考えてきたならば、正解からほど遠くても評価します。当然、こういう見方もできると助言もしますが、間違っていると頭ごなしに否定することはありません。

  • debukuro
  • ベストアンサー率19% (3634/18947)
回答No.1

私は気が短いので追い出します

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