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なぜ花はきれいとされるのか?
女の人のハンカチのプリントがお花だと素敵に見えますが ゴリラの絵だと少し不快に感じます。 それはなぜですか? 「花はきれい」という固定観念があるからですか? よろしくお願い致します。
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こんにちは。 我々が花を美しいと感じるのは、これは生物学的な反応であり、固定観念ではないです。 植物が花や実を付けるようになったのは今から二億年ほど前のことです。これは、動物の目を惹き付けるためです。 それまでの裸子植物は棘を出したり毒を持ったりしてひたすら動物に食べられないように身を守っていました。これに対しまして、被子植物といいますのは動物に食べられることによって受粉をしたり種子を運んでもらうなどの恩恵を受けています。このためには目立たなければなりません。この進化が成功し、被子植物は現在でも繁栄しています。 またこれに伴い、その直後に動物の方にも「色覚の発達」という新たな変化が起きました。これは、美味しい蜜や果実を素早く見付け出さなければならないからです。 我々動物の脳には「利益と不利益」、この二種類の反応しかありません。従いまして、注意が促され、何らかの感覚入力がありましたならは、脳は必ずや「利益・不利益」、このどちらかの判定を下さなければならないわけです。 どのような特徴が注意を惹くのかは無数に試され、生存競争に勝ち残ったものが現在の花です。植物は元々、動物の目を惹き付けるように進化しました。我々が花を美しいと感じるのはこのためと考えられています。 この反応は全人類に共通であり、 味覚や触覚などの「近感覚にはワンダフル!」ですが、 視覚や聴覚などの「遠感覚にはビューティフル!」と、 外国でも同じような表現を使います。 このように、花が美しいのは我々人間が動物である証であり、それは固定観念ではなく「既成概念」です。 では同様に、人類にとっては女性が美しいのもまた生物学的反応の結果に他なりません。 「女性は花柄のハンカチを持つべきだ」 残念ながら、これは固定観念ということになると思います。このようなものは文化的な性差別であると主張するひとはずいぶんと増えました。ですが、女性の美しさと花の美しさに共通の生物学的価値があるとしますならば、人類にとってこのような文化は必然であったと言わざるを得ない部分は多分にあると思います。このため、結果的には多くの女性が花柄のハンカチを好みます。 だからといいましても、ゴリラのハンカチは個人の自由ですから、女性が使ってはいけないというのは偏見です。ですが、そこにゴリラのジャケットやゴリラのパンツだったとしますならば、これはちょっと近付かない方が良いかも知れません。
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- goodolls
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なぜ花はきれいとされるのか? 哲学的なアプローチでいきますと・・ それはその花がきれいだからではなく、「美しさそのもの」という人間の目には見えない「価値」が存在し、それが花などの具体的な「個物」に宿った時、我々はその花を美しいと感じるのです。美しい音楽や絵画なども同様です。 「美しさそのもの」というモノを見せてみろ、と言われても所詮人間の五感では捉えられません。 したがって、花はきれいだという固定観念が、受け手である人間にあるだけではなく、花という「個物」に美しさそのものが宿っているから、あるいは存在しているから、そうさせるのです。 ちなみに自然界にあるような花だけなく、著名な画家・彫刻家・音楽家・建築家なども、「美しさそのもの」を次々と絵や音楽などの個物に宿す透徹した感性・知性を持っていると考えられ、一般の人々に「美しさそのもの」の価値を享受させるその影響力ゆえ、偉大な人物と評されるのでしょう。 「美しさそのもの」・・・その源泉はイデア界であり、この考えはプラトンによるものです。
お礼
ありがとうございます。
花は植物の性器そのものであり、その生命力が最高度に自身を主張した赤裸々な一瞬の性の輝きです。それによって虫や一部の鳥たちを魅惑し,惹き付けて受粉を完逐させます。 特に利害関係のない人間がそれに惹き付けられるのは、自然界のあまたの謎のひとつとしかいえませんが、やはり人間もそういった自然界のいきもののひとつとしての、深い太古からの記憶の遺伝子が呼応するのではないか。 私はそう考えます。 ご参考まで。
お礼
「花は植物の性器」 確かにこれはいえていますね。 ありがとうございます。
- emeny
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植物と言葉について考えます。「め」は「芽」であり「目」である。「み」は「実」で「身」であり、「耳」である。「はな」は「花」であり「鼻」である。つまりは、人間の顔の部分は植物に例えられている。芽が出て花が咲き実になる。目は最初にでき、そして鼻ができ、耳ができる。これが、やまと言葉の本質です。 「ち」は生命の源で「血」であり、赤ちゃんが母親からの乳が大事で「たらちね」という言葉があり、力が強い「父」というものもあります。 つまり、日本人の古代から継承される精神が、花を美しく見せるのです。鼻は呼吸をするのに大事で、花も実をつけるのに大事です。 また、別の見方。戦争と花という関係を考えます。紛争中の国に花などいらず兵器が必要です。しかし、「武器よ、さらば」なんていう感じの言葉を聞いたことがある(正確ではないので、各自調べること。)。戦場に武器など要らない。花があればいい。 そこで、貧しく飢餓している国の人は花の美しさなど目を付けません。花が綺麗や美しいは、文化的な余裕があるからではないでしょうか。豊かな感受性を持てることは、極端な貧困ではないという事です。人間が危機の時には感受性など捨て、合理主義的な考えを持ち短期的な効用を求めます。しかし、日本の社会には長期的な効用がありますね。だから、日本は豊かなのです。 日本人の自然の見方。やまと言葉にも、人間を植物に例えてみることができた。「枯れる」とは、水分がなくなること。そして、「枯れた」後は「死」があること。つまり、年を取れば水分がなくなり死ぬと考えていたわけです。現代医学では、病気と見ますがね。まぁ、そういう考えがあっただけ。 「猿」について一言言いたい。ニホン猿にそんな感受性はない。猿に美しいと感じる力があるは、限定的ではないか。私が思うに、オラウータンやチンパンジーやゴリラなどの霊長類に限られる。特にチンパンジーは人間との最後の分化し、9割の遺伝子が同じである。チンパンジーと人間を分けたものは、言葉の発声と伝達だったのである。特に、霊長類は知能が高く、人間と同等あるいは少し劣ったり優れている箇所がある事だ。今後の霊長類研究に期待する。
お礼
ありがとうございます。
- fiyocco
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花が綺麗に感じるのは、色が明るいことに加え模様が幾何学的に規則正しく並んでいるからではないでしょうか。 もし花びらが一個一個違う形だったり黒や茶色だったら綺麗に感じないでしょうから。
お礼
確かに黒などよりは明るい方がいいイメージですね。
- gungnir7
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花は一般的に感度が高いからです。 色の中でもピンクや水色などのパステル調の色は最高の感度になり、 多くの人に鮮やかと感じさせるものがあります。 それに加えて人間の経験則で味や臭いというものがイメージに変換されて 心地よいか不快などの感情にインプリメント(刷り込み)されます。 花は感度も高ければ臭いも良く、小さくて可愛らしいので万人に好まれます。 これに対し、コーヒー豆などは褐色系で特に特徴もありませんが、 コーヒー好きにはあの味がインプリメントされており、感情にプラスに作用します。 さて、ゴリラはどうかと言えば、大きいし強面だし、色は褐色系だし、 不快というよりもどうでもいいという感情が大半ではないでしょうか? 後は個人の経験で動物園で臭かったとかで不快な感情にシフトするでしょう。
お礼
たしかに匂いは重要ですね。 ありがとうございます。
花でもあまり美しくないものもありますし、動物でもハンカチにプリントされてもゴリラ程違和感がないものもたくさんあります。あまり理由はないのではと思います。
お礼
パンダなどでしたらかわいいですね。
- tanuki4u
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No1です 正 植物採集 誤 食物採集 ちょっと打ち間違えていました。
お礼
ご丁寧にありがとうございます。
- tanuki4u
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僕たちがサルの子孫だから。 サルは樹冠部の花や果実を食性として選びました。逆に言うと花や果実を食性として選んだほ乳類がサルとなった。 その後、人類となって狩りなどの食物獲得をするようになっても、メスの方は食物採集を担当していたようです。なので、オスよりもメスの方が花とか果実に敏感な性格が残った。
お礼
なるほど。ありがとうございます。
お礼
ありがとうございます。