• ベストアンサー

苦痛から逃げられない。もう嫌だ…(長文です)

私は20歳の大学生、女性です。 高校を卒業した頃からあるストレスを抱えています。人の視線が苦痛でたまらないんです。 高校を卒業した頃の私は最低な人間でした。人前でも髪はぺったんこでボサボサ、ニキビ面でデブ、服装もヘン…。今思えばこれじゃあ人の視線を集めるのも無理はありませんでした。自分に向けられる視線が嫌になって、このままではいけないと一念発起し、ニキビを治してスキンケアに目覚め、ダイエットをし、ファッションにも自然に興味を持ちました。ダイエットはとても苦しかったですが、久しぶりに再会した友人に感動されるほど変わることが出来ました。 ですが、苦痛から抜け出すことはできずにいます。むしろ悪化してしまいました。 日常の中で自然に浴びる視線にストレスを感じてしまいます。全身の血管がぎゅっと疼くほどのストレスです。ちらっと目が合っただけでも、「あ、私が不細工でだから見たんだ。ちらっとしか見なかったのは、関わり合いを持ちたくないほどヘンだからだ」と思ったり、私の後方を見ている人には「ああいうふうにして私を観察してるんだな」と考えたりして、悪い方への妄想や考えが止まらないんです。(妄想ではなくて本当にそう思われているのかもしれませんが)ずっと心が緊張して安まることがないんです。視線を感じたその時だけでなく、視線を何度も思い出して、悪い結果しか出ない考え方をしています。 そのせいで一日中何をしていても、心が緊張して苦しいです。食事中も、バイト中も、寝る前も、起きた後も頭がズンと重くて、目は冴えて、心臓がバクバクしています。息苦しさも感じています。大好きなことに打ち込んでみても、楽しむどころか、楽しまないといけないという思いから逆に緊張してしまう有様です。 熟睡が出来ずに目の下のクマは消えないし、ニキビもぶり返してしまいました。特にこたえたのが抜け毛です。前髪の一部がごっそりなくなって、全体的に髪の量が減りました。苦しいです。 どうすればこんな状態から抜け出すことができるでしょうか。こうしている今も緊張で苦しいです。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
回答No.5

>人の視線が苦痛でたまらないんです。・・・どうすればこんな状態から抜け出すことができるでしょうか。 何事でもそうですが、何かの問題があって、それを解決したいと思うなら、先ずはその問題が起こって来る原因を探る事です。そして、原因が分かれば対策も打てるというものです。 そこで、貴女がお困りの、この様な状態から脱け出そうと思うなら、先ずは、何故貴女が「人の視線が苦痛でたまらない」状態にはまり込んでいるのか、その原因を探ることです。そして、その原因に対して対策を打てば、貴女の悩みは解決するでしょう。 そこで少し考えて見ましょう。 原因は、貴女の外にあるのか、それとも、貴女の内にあるのか? 外の人は、貴女が思うほど、貴女の事に関心は持っていないものです。 しかし、仮に、外の人が貴女に関心を持っていて、「貴女のかっこうが変だ」とか思っても、それを気にするか気にしないかは、貴女の内面(ものの考え方、感じ方、心)の問題です。実は、「気にしないこと」も貴女は「選択できる」のです。 ですから、この様な状態にはまり込んでいる原因は、貴女のものの考え方・感じ方にあるのです。 人は誰でも、その人特有のものの考え方・感じ方を持っています。 しかし、そのものの考え方や感じ方は、自分では、それが唯一絶対のものだと固く信じていますが、実は、そうではなく、もっと違った考え方や感じ方もあり得るのです。先ずは、その事に気付いて下さい。 その事に気付く事がとても大切です。 一つ簡単な例を挙げましょう。 今、コップの中に水が半分入っているとしましょう。 そこへ、のどの渇いた人がやって来ます。そして、この半分の水を見て、ある人は、「半分しか入っていないのか!」と思いガッカリし、別の人は、「半分も入っているぞ!」と思い嬉しくなります。 入っている水の量は同じなのに、一人の人はガッカリし、もう一人の人は嬉しくなるのです。その違いはどこから来るのでしょうか?それは、結局「考え方の違い」から来ると言えるでしょう。 これでお分かりの様に、一つの物事に対して、我々の考え方は、決して一通りではなく、いくつもあるのだと言う事がお分かり戴けると思います。そして、どちらの考え方を取るかは、我々の自由にまかされているのです。 だから、あなたの場合も、人の目を気にしない考え方を選択することもできるのです。 そう言われても、簡単には考え方は変えられないと思います。 そこで、考え方を変えるには、まず、何故貴女はそれが気になるのか、その原因をハッキリさせる必要があります。 そこには、理由は二つあるように思います。 一つは、あなた自身があなた自身を嫌っている、好きになれない、という気持ちがあって、自分を卑下する気持ちがあることです。 二つ目は、人に良く見られたいという思いが強すぎることです。 まず、自分を好きになれないことについて考えて見ましょう。 世の中には貴女より優れたところを持った人もいますが、逆に、貴女より劣っている人もいます。 生まれながらに、五体満足に生れなかった人、生れた後で事故などで手足を失ったり、光や音を失ったり、その他、色んな障害を背負う運命に会う人達も沢山います。 あるいは、アフリカに生まれ、飢餓に苦しむ子供達もいます。 そういう事を考えると、今の貴女でも、ありがたいと思えるのではないでしょうか? また、例えば容貌に関して例をあげると、どんなに傍目には素晴らしく見える人でも、本人はそれでも自分に不満を持っている人もいるでしょうし、逆に、傍目にはとても容貌に欠点があっても自分を嫌いにならずに明るく生きている人もいます。 私達はこういう人達に会うと、後者の人に魅力を感じるのではないでしょうか? これも、その人の「考え方一つ」、と言うことではないでしょうか? 人は誰でも長所もあれば欠点もあります。自分の欠点だけを見つめるのではなく、自分の長所をもっと探して、それを誇りに思って明るく生きる方が、人に好かれる道につながるものです。 こういう話もあります。 自分をどんなに嫌いでも、「最後に自分を助けてくれるのは自分しかいないよ。だから自分を大事にしな。」という話を聞いた事があります。 (実は、私も、自分の欠点ばかりが目に付いて、自分の事が嫌いでしたが、この言葉に出会ってから、少しは自分を大事にしなくてはいけないなと思ったところです。そう考えてから、改めて自分を客観的に見つめ直すと、結構、良い所もあることに気付きました。) 以上、いろんな事を言いましたが、これらの事を考えて、もう少し、自分の置かれた境遇に感謝の気持ちを持ったり、自分の良い所を探したりして、もう少し、自分を好きになり、自分を大事にしてみて欲しいと思います。 次に、「人に良く見られたいという思いが強すぎる」という事についてですが、これについては、考え方を次の様に変えてほしいと思います。 つまり、「現在の自分は、良くても悪くても、現在の自分以外にはありえないのだから、もし自分に悪い点があるとすれば、それは明日以降、将来にわたって改善して行くことにしよう。しかし、今現在は、今のままの自分しかないのだから、その自分を卑下することはやめよう」、というぐらいに、いわば、「開き直る」事が必要です。 今の自分ではない、嘘の自分に「見せかける」と言う事は、嘘が嘘を重ね、結局、精神的な重圧に押しつぶされることになります。 どなたかも書いておられますが、結局、人は自分に与えられた前提の中で生きて行くしかほかにあり得ないのですから、それならば、与えられた条件の中で、出来るだけ自分で生き易いように生きて行かないと損ではないでしょうか? 欠点ばかりに目をやらずに、自分に与えれれた、恵まれた部分をもっと見つめて、明るく生きて行ってほしいと思います。 それと、今の自分は、今の自分しかないのだから・・・、これで何が悪いか、と少し開き直る気持ちを持つことも大切です。 もし、改善すべき点があるなら、それは将来的に、これから改善して行けば良い話です。 人は外面よりも、明るく生きているその人の明るさに魅力を感じるものです。 貴女も良い所は沢山あるはずです。 最後に貴女を助けてくれるのは、貴女自身しかいないのですよ! だから、もっとあなた自身を大事にしてやって下さいね。 ご健闘を祈ります。

その他の回答 (5)

回答No.6

No.5.です。もう一言、付け加えたいと思います。 >人の視線が苦痛でたまらないんです。・・・。 日常の中で自然に浴びる視線にストレスを感じてしまいます。・・・。ちらっと目が合っただけでも、「あ、私が不細工でだから見たんだ。ちらっとしか見なかったのは、関わり合いを持ちたくないほどヘンだからだ」と思ったり、私の後方を見ている人には「ああいうふうにして私を観察してるんだな」と考えたりして、悪い方への妄想や考えが止まらないんです。(妄想ではなくて本当にそう思われているのかもしれませんが)ずっと心が緊張して安まることがないんです。視線を感じたその時だけでなく、視線を何度も思い出して、悪い結果しか出ない考え方をしています。 人の視線をなぜそんなに気にするのですか? 人がどう思おうと、別に貴女がその人達に迷惑をかけたりしていないのだから、彼等が貴女の事をどう思おうと、いいじゃないですか。 そう思えませんか? そう思うようにしてください。 妄想を跳ね除けて、「人はどう思っても構わない」という風に考え方を切り替えるしかありません。 それは貴女の努力で可能になる事なのです。 それしか、この罠から抜け出る方法はないと思います。 それには、人の視線を気にする事の「馬鹿らしさ」を、先ずは、理性的にジックリ考えて下さい。理性的に考えれば、それが馬鹿げている事は、すぐに分かるでしょう? それが馬鹿げている事が分かれば、視線を気にし出した時に、その馬鹿らしさを思い出して下さい。この思い出す作業を繰り返しているうちに、だんだん、気にしなくなると思います。この自己訓練しかないと思います。 貴女は、「ロバと親子」というイソップ寓話をご存知でしょうか? ある親子がロバを市場に売りに行くことになりました。そこで、親がロバに乗って子供がそれを引いて歩いていました。すると、出会った人が「あの親は子供を歩かせて自分はロバに乗っているなんて、子供がかわいそうだ」と言いました。そこで、親子は交代して子供をロバに乗せ、親が歩くことにしました。すると次に出会った人が「あの子供は親を歩かせて自分がロバに乗るなんて、親がかわいそうだ」と言いました。そこで、子供はロバから降りて、親子二人でロバを引いて歩いて行きました。すると、今度は出会った人が「あの親子は何という馬鹿なのだろうか。せっかくロバを引いているのだから、だれか乗れば良いのに」と言いました。それを聞いた親子は、「どちらか一方を乗せ、どちらか一方を歩かせると皆に非難されるから、二人で乗れば良いのだ」と考えて二人ともロバに乗りました。そして川にかかる小さな橋を渡って行きました。すると、ロバはその重さに耐えかねてよろけた拍子にロバも親子も皆共に川の中に落ちて死んでしまった、というお話です。これは、あまり他人の意見を気にし過ぎるとろくな事はない、という教訓です。 人の事をとやかく言うような人は、その人が何をしても、何がしかイチャモンをつける隙を探して必ずとやかく言うものです。 それをいちいち気にしていたら、貴女の身が持ちませんよ。 例えば、仮に器量の良くない娘がいたとして、その娘にに対して「もっとチャンとお化粧ぐらいしたら良いのに!」という目で見る人は、もしその娘が努力して見違えるような美人になったとしたら、今度はそれがうらやましくなってねたみの気持ちから「何とけばけばしいのか!もう少し控えめにしたら!?」という目で見るものです。 昔から「人の口に戸は立てられぬ」と言います。人というものは、何をしても、あれこれ難癖を付けたがるものです。 いちいちそれに対応していたのではきりがないし、ロバと親子の二の舞になります。 だから、人が何を思おうと、勝手に思わせておけば良いのです。 また、それらの人達の思いを変えることも出来ませんから、放っておくしか手はないのです。 だから、人の視線や意見をあまり気にしないようにしましょう。 そうしないと生きていけませんよ。 人の視線や意見をあまり気にすることなく、自分は自分だと思って、しっかり自分を大事にして生きて行ってください。

noname#132831
noname#132831
回答No.4

 気にしだして、その対策をとると、余計に気になるのが人の性〔さが〕です。今度からは、「○○でなければ」⇒「○○に越したことはない」、「××であってはいけない」⇒「××でないに越したことはない」という、思いつめない楽なスタンスを心がけましょう。    検索;「加藤諦三 講演 テープ」、の中の『心の健康 ~幸せになれる人、なれない人~』および『行動を変えれば自分は変わる』を聴くと、そのメカニズムや脱出のヒントが見つかると思います。「行動はその背後にある動機を強化する」という部分です。これを逆手にとれば…。。。  感情のコントロールについては、1)物事の受けとめ方を変える…例えばユーモアに転化する、2)考え方を変える…人目を気にすることの積極的意義を見出すことで気にしていること自体を悔やまなくなる、3)気分を変える…気分転換や睡眠改善薬による睡眠の確保、4)努力する…楽しく過ごせるように考えたり工夫する、が考えられます。  ●一時〔いっとき〕の事…仮に変に思われるとしても、それは人前でのことであって、家にいる間もあなたはその事で悩んでいます。これでは悩み損です。また、誰もが変に思うわけでもないし、仮に変に思ったとしても、見ず知らずのあなたにあからさまに言ったりする筈もなく、あなたが傷つく可能性はごく僅かです。恥ずかしい思いをするなら、実際にそういった事態が起こったときだけすればよいだけの話です。もったいない。…教訓;「今、目の前に存在しているものだけを問題とし、 目の前に存在しないものは取り扱わないこと。」「想像することをやめて、現実を体験すること。」「不必要なことは考えないこと。」「楽しいことと同様、不愉快なことや苦痛に対しても身をゆだね、 それを経験すること。」「あるがままの自分を良しとし、それに徹すること。」

回答No.3

卑屈になるのも分かります。 美人や美少年がいる中で、どうして自分はってね。 だけどスヌーピーも言ってるでしょ。 ルーシー 「時々あなたは、どうして犬なんかでいられるのかと思うわ。」 スヌーピー 「配られたトランプで勝負するっきゃないのさ。  それがどういう意味であれ。」 ま、そういうことです。

  • C-mochi
  • ベストアンサー率30% (25/81)
回答No.2

あなたは今日すれ違ったりチラッと見た人のこと、今覚えてますか?? みんな自分のことでいっぱいいっぱいです。 まったくの他人のことなんか、気にも止まりません。 妄想をやめましょう。

  • yaasan
  • ベストアンサー率22% (2725/12280)
回答No.1

結論から。誰もあなたを気にして通ってない。逆を考えてみ。あなたとすれ違う人のほとんどを気にかけた事ないでしょ。 あなたが赤の他人を意識しない以上に赤の他人はあなたの事に無関心だから。 自分も大学生ぐらいの時、少し自意識過剰だったので気持ちは解らなくもないが、全面的に妄想だと思うよ。

関連するQ&A