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人といるのが苦痛な高校生女子の悩みとは?
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質問者が選んだベストアンサー
40半ばのおばちゃんです。 質問者様は、まず「友達」って自分にとって何だろう、どんな意味を持つのだろう、ってことを、一度考えてみた方がいいかもしれませんね。 どんな人を「友達」と呼ぶのかも。 質問者様にとって、「親友」「友達」「遊び仲間」、それぞれ、どんな関係でしょうね。 区別は付いていますか? 親友が4、5人って聞いたら、私なんかは、その時点で「あ、この人の親友は言葉だけだな」って判断しちゃいます。 もちろん、本当に親友が数人いらっしゃる人だって存在するでしょう。 でも、大抵の人は一生に1人か2人持てるか持てないか、持てない人も珍しくないのが「親友」だと思いますよ。 そして世の中には色々な人がいます。 誰とでも仲良くするのは無理な話です。 また誰にでも長所もあれば短所もあります。 長所は分っているんだけれど好きになれない人、好きなんだけれど短所が目につきやすい人、自分の目から見れば短所なんだけれど他人は長所ととるような部分を持っている人、色々です。 質問者様が誰を好きになるのも、嫌いになるのも自由です。 同じように、相手にも質問者さまを好きになる自由、嫌う自由があるというだけのことです。 高校1年の時に質問者様におこったことは、「お友達」と質問者様の価値観がずれていたことが原因でしょう。 一番理想なのは、そこで互いに、「友達っていっても、すべての価値観が同じはずはないよね」と歩み寄りあうことでした。 次善の理想は、質問者様が、より価値観の近い友達を見つける事でした。 ただ、残念ながら学校という人数的に限られた枠の中ではそれができなくて、質問者様が自分を曲げるという方法で決着がついてしまったわけです。 今の質問者様の、「まんべんなく周囲と適度に距離を置いて付き合える」という技術は悪い事ではありませんよ。 これから、高校時代よりも、ずっと広い人たちに出会います。 そこで出会う人たちは、全員「友達」にはなりえません。 でも、「敵」とか「無関係」でもないのです。 「仕事仲間」「飲み友達」「遊び仲間」といった特定の条件でだけ付き合う人たちというのが増えるんです。 こういった人たちすべてに、「親友」だとか、「心から好き」とか、「グループ名」なんて言ってたら身がもちません。 ですから、この人たちに対しては、適度に距離を置いて、適度に親しく、付き合うことです。 そのうえで、質問者様が本当に友達と呼びたい相手、価値観が合う相手を探すことです。 もちろん、相手にも相手の感情がありますから、質問者様が価値観が合う、本当に親しくなりたいと思っても、相手が、そこまで親しくなりたいとは思わない場合もあります。 「も、ある」というより、そちらの方が多いでしょうね。 でも、そんな場合も、「じゃあ友達じゃない」ではありません。 親しさの度合いが部分的、あるいは浅いというだけの話です。 そのことは、質問者様が悪いわけでも、相手が悪いわけでもない、当然の事だと認める事ですよ。
その他の回答 (1)
本気で友達と向き合う必要はないし、この世に「好きにならなくてはいけない人間」はいないと思います。 自分を責めて苦しむくらいなら、そのお友達を嫌いでいてもいいし、友達と付き合うのがツラかったら一人になってもいい。 その年まで女の世界で生きてきたなら分かると思いますが、女同士は内心互いに憎みあっていたとしても表面上は仲良くすることができます。 じゃあ完全に100%相手を憎んでいるのかといえば、そうでもないと思います。 「自分たちには薄っぺらい友情しか築けない」というある種の虚しさを共有しているものです。 少なくとも私が中学生のときはそうでした。 みんな「こんなハズじゃないのに」という不満を抱えていて、では「どんなハズ」だったのかといえば、それもわからない。 わからないからモヤモヤする。モヤモヤするからそれを他人にぶつけたい。人を馬鹿にしたいし、下らない冗談を言うし、面白くないのにバカ笑いしてみせる。 本当は嫌いな子もいるのにグループに名称をつけてお揃いのストラップをつけて仲良くするし、「私のほうが可愛い」と互いに思いながら双子コーデをしてプリクラをとるんですよ。 イケテる上位グループ、大人数で行動する仲良しグループには常にこういった本音と建前はあります。ではそこに本当に一切の情はなくて、嘘ばっかりなのかといえばそうでもない。 確かに一瞬であろうともその時は本当に楽しかったし、「この子のことが本当に好きだ」と胸が熱くなったこともあった。 それでも常に互いを尊重し、友情を育むことはできないんですよ。女子は3人以上になればまず人間関係がギクシャクしはじめます。 みんなまだ18年くらいしか生きてないんですよ。未熟な人間ばかりなんです。 本気で本音で語りあおうとしても、語るべき言葉が出てこないのです。 自分というものがわからないから、とりあえず他人を貶めるんですよ。 それでもそのお友達と毎日毎日同じ時間を同じ場所で過ごし、同じ苛立ちを感じてきたんです。 本音で付き合うことはできなかったけど、確かに「情」はあったと思いますよ。 抽象的かつ支離滅裂な回答、失礼しました。
お礼
丁寧に回答してくださりありがとうございます! 確かに好きと感じたり嫌な奴だと感じたり、それは場面によって違いますね。 表に出さないだけで、本当は私と同じように思ってる人がいるってことなんですかね… ありがとうございました!
お礼
回答ありがとうございます! 回答を読ませて頂き、私は友達という範囲を広く考え過ぎていたと気づきました。 そして、その子ともっと親しくなりと思い過ぎていたのかもしれません… とてもすっきりしました!ありがとうございます