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水滸伝
水滸伝で王婆がなぶり殺しの刑と決まり引き立てられて行きます、これは物語ですが当時のなぶり殺しとはどの様な殺し方だったのでしょう?
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典型的なものは 凌遅処死(りょうちしょし)あるいは凌遅刑 と呼ばれる一種の生体解剖です。 ウィキペディアでも掲載されています。 外部リンクで多分最後の凌遅処死による処刑の写真のページに飛ぶことが出来ますが、 あまり気持ちのいいものではないのである程度の覚悟は必要です。 英文のサイトですからある程度英語力は必要です。 余談ですがこの刑に処せられた「欧希範(おうきはん)」と言う人物の内蔵を1045年に描いたものが解剖学図描「欧希範(おうきはん)五臓図」です。 原書は散逸してしまいましたが、日本の医書「頓医抄(とんいしょう)」に引用されたものがのこっています。
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- kawakawakawa13
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回答No.1
水滸伝に限らず、三国志演義等の中国の書物は、原作に忠実なものほど、グロテスクな表現をしています。 生きたまま肉を削いで、その肉を焼いて食べるとか、人間を串焼きにするとかです。 大量虐殺で有名な項羽は、捕虜とした住民に大きな穴を掘らせ、その穴で、掘った住民を生き埋めにしたそうです。 実際に、大量の人骨が発掘されたそうです。 現実に、その様子が見られるのが、中国名物「抗日戦争資料館」です。 「日本軍が行った残虐行為」は、そのまま「当時のなぶり殺し」です。
質問者
お礼
回答ありがとうございます。
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