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限界代替率が限界効用の比になることを証明しなさいという問題について
現在大学で経済学を学び始め、わからない問題があったので質問させていただきます。初歩的な質問で申し訳ありません。 限界代替率が限界効用の比となることを証明しなさいという問題にどう答えれば良いのか教えていただけないでしょうか。 限界代替率=限界効用の比と当たり前のように考えていたので、いざ証明しろと言われるとどうすればいいのかわからず、困っています。 インターネットで検索したところ全微分を使った証明が出てきたのですが、授業で全微分を使わなかったのでそれとは違う証明の仕方をしなければならないようなのですが・・・。 どなたかお答えいただけたら幸いです。 どうぞよろしくお願いいたします。
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- ri_rong
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限界効用ってどんな意味かご存知でしょうか。 ある消費者にとって、交換可能な商品(ご飯とパンはOKですが、ご飯と車はNGです)をいくつか考えます。例えば主食について、価値の指標合計を100としたとき、ご飯、パン、麺類、トウモロコシ、いろいろでてきますが、一長一短あるそれらの商品は常に相対評価のもとに消費されるわけではなく、消費者の価値判断(ご飯が好きな人はご飯を、パンが好きな人はパンを求める)によって消費されるのではないか――という評価が近代になってできました。 これを「あたりまえ」と思っている人は、たぶん理解できないでしょう。 そして消費者の主観的価値判断は、数値化できると考えられた。どんな人も、ひとつの価値にすべてを委ねるわけでなく(ご飯が好きな人だって、たまにはパンを食べたいと思う)、例えば、ご飯:パン=8:2というふうに比率で表せると考えられた。限界効用というのは、このように消費者が価値において、自らの最善を念頭に商品を選ぶという想定のもとに、価値の比率と商品点数の合計は、常に一定であるというお説ができました。 限界代替率とは、主観的な消費者の価値を比率に置き換えることです。つまり、限界代替率=限界効用の比というのは、同じ現象を説明する用語ですから証明の必要はないわけです。 ところで、この「あたりまえ」で終わらないところが、回答の回答たる所以だと思いますが、上記の記述には、ひとつ重要な点が織り込まれているのにお気づきでしょうか。つまり「消費者が価値において、自らの最善を念頭に商品を選ぶ」というところなのですが、この前提が一般化したのはそんなにむか しの話ではない。 本来、価値というのは如何に主観的であっても、むしろ主観的であるからこそ、様々な要因が挙げられるものです。価格とか流通とか、知名度とか、そういう一般化されたものではなく、「信仰する神がトウモロコシ以外を禁じている」とか「わが一族はご飯」とか、「恋人がパンを好んだ」とか「ええい、何となくじゃ」とか、そういう諸々の価値が主体性を持ち、一般化された価値はおまけのようなものであるのが、本来の姿です。 ところが、このような価値を決定付ける枠組みが、まるで諮ったかのように知れ渡り、誰もがその枠組みによって価値を量ろうとするようになる――この枠組をしばしば、「パラダイム」と呼びますが、このパラダイム変換こそが、社会経済における価値を支配するのではないかというふうに、考えられた。大きな変換がもたらされることを、「革命」と呼び、経済革命なんて言ったりしますが、現代ではもう古くなった、このパラダイム理論が背景にあります。 こんな感じですが、どうでしょうか。