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どうしたら心の優しい人になれますか?
私は心の優しい人ではありません。 たとえば電車でお年寄りに席を譲ったりしますが、 それは子供の頃にそうしなければならないと教えられたからで そのお年寄りに対して特別な感情 (先人に対する尊敬の念や体が弱いことに対する労わり) を持ってそのような行動に出るわけではありません。 そのほかについても大抵、道徳的に「~すべき」と教えられてきたから そうするだけです。 私の母は人情あふれる人で、困った人がいれば手を差し伸べ、 一緒に涙を流すような性格です。 そんな母に育てられたのに、どうしてでしょう? 私には小さい子供がいます。 子供には優しい心を持った人になってほしいと思っています。 そのためにも私自身が心の優しい人になりたいのです。 何かアドバイスをお願いします。(宗教の勧誘とかはご遠慮いたします)
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こんばんは。 あなたの言う「やさしい人」とは具体的にどういう人ですか? 「やさしい」というのは、他人から見てそう見えるということ、つまり他者からの評価です。 お年寄りに席を譲るという行為を例に挙げると、理由はなんであれ、実際にあなたに席を譲られた人が「この人はやさしい人(思いやりのある人)だ」と思うのだ、ということです。 「私ってやさしい人だな(自己評価)」と感じて満足したいから、やさしい人になりたいわけではないですよね? 「そうすべきだからしただけ」。それでも結果として立派に「やさしい人」ではないでしょうか? 頭で理屈を考えて、ご自分を過小評価するのはもったいないことです。 「私の母は人情あふれる人で、困った人がいれば手を差し伸べ、 一緒に涙を流すような性格です」とありますが、 あなたはお母様の背中を見て、こんな人になれたら・・・と思ってきたのですね。理想を持つことは良いことだと思いますが、そうなれないご自分をいたずらに責める必要はありません。 あなたとお母様は親子とはいえ、別な人間なのですから違って当たり前です。まったく同じになる方がむしろ奇跡的です。 またやさしさと同情は似ていますが、違うものです。しっかり区別しないと、トラブルに巻き込まれたり利用されたりする場合がありますので気をつけましょう。 何か特別なことをしなくても、あなたがご自分の信念に従って生きていくだけで良いと思います。 お子さんは、取り入れたいと感じるあなたの部分を見つけ、取り入れて成長していくでしょう。どんな大人になっていくかはお子さん次第です。 あなたの望む理想像はあると思いますが、それに沿わせるよう、一種のコントロールをする(何らかのプレッシャーを掛けたり、意図して作用する)のは危険です。 あなたがそうなれなかった(とあなたは思っているようですが)からといって、お子さんにそれを望むのは酷なこともあります。 一番大事なのは、お子さんがどうなるか(どんな取り入れ決断を重ねるか)、です。 お子さんをやさしい子にしたいから、あなた自身がやさしくなるという発想は少し無理がある気がします。 今のあなたの長所が自然にお子さんに引き継がれることの方がスムーズで無理がないと思いますよ。 あなたには長所があるはずですし、お子さんがこれから関わる人たちにも長所はたくさんあるはずです。それを吸収するお子さんの力を信じ、成長を見守りましょう。
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- youchan37
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あちこち過去ログで書かせていただいてますが、私は自己嫌悪が強かった人間だったのです。 ある時自分で自分を愛せるようになり、すると自分に優しくなれ、更には他人にも優しくなれました。 といってもまだキツいところは往々にしてあるのですが(苦笑)。 でも以前とはまるで違います。 そういう内発的な優しさの発現というのはあると思います。 一番違うと感じるのは、以前は幼児の顔をじっと見るのがとにかく苦手でした。 たいがい泣かれる(汗)。 今は自身ニコニコしながら、じーっと見つめることができます。 以前は「理想の自分」というが強く、その中には「かくあるべし」という自分も含まれていました。 今そういう自分は余り強くないです。以前に比べると「現実のありのままの自分」 というものがハッキリあります。 何かの参考になれば幸いです。
お礼
優しくないし、心は狭い。 おまけにケチだし小心者…そんな自分がイヤで落ち込んだり。 そんな自分を見つめる事で、少しは変われるのかもしれないですね。 他人を愛するだけでなく、少しは自分も愛してあげないといけないですね。 ありがとうございます。
介護職をしている者です。 仕事上の話になりますが、高齢者の容態が急変した時に、純粋な気持ちから「どんなに苦しいだろう…」と思い、涙を流しながら働くタイプの人がいます。逆に、自分が泣くことによって、その高齢者に不安を与えたらいけないという使命感から、冷静に対応するタイプの人もいます。形は違いますが、どちらも相手を思う優しさゆえの行動です。peko-poco様は、どちらかといえば後者のタイプではないでしょうか? 優しさにはいろんなタイプがあると思います。感情豊かに表現できる人だけが、優しい人ではないと思いますよ。 >子供には優しい心を持った人になってほしいと思っています。 この言葉に、子供を思う優しさを感じました。そんなお母さんに育てられるのだから、きっと優しい人に育つと思いますよ。
お礼
>この言葉に、子供を思う優しさを感じました。 自分では気づかなかったですが、一応これでも子供の事を思っているということになるんですね。 優しさにはいろいろなタイプがある… 私なりに「優しい」人になれるように、少しずつでも努力したいです。 ありがとうございました。
私も、動物を飼う事をできれば、お勧めいたします。
お礼
子供が3~4歳位になったら、一緒に動物を飼いたいとおもいます。 私は動物を飼った事がないのですが、 小さい命を通じて、何か得るものがあるといいですね。 ありがとうございます。
- ash_fxdash
- ベストアンサー率10% (91/856)
動物を飼いましょう・・・ 楽しいことも悲しいことも学べますよ。 >それは子供の頃にそうしなければならないと教えられたから > そんなもんですよ。でも、それを通じてお年寄りは、 体が弱いから労わらなきゃいけないって思うように なったでしょう? 1つの学びから、いろんなことを学べるんですよ。 優しい気持ちだって、生まれながらにして持ってる もんじゃないでしょ?学んで、経験をするから、優 しい気持ちが生まれるんすよ。 無理するこた~ないです。ボチボチいきましょう。
お礼
>無理するこた~ないです。ボチボチいきましょう。 ありがとうございます。 初めての子供なので、こうあってほしいとか、理想の親でありたいとか そういう気持ちが強くなっていたのかも知れません。 子供と一緒にいろいろ経験をして、学んで、優しい人間になりたいと願います。
- hurasuke
- ベストアンサー率18% (191/1056)
ひとつ誤解しておられますね。優しさとは万人にとってひとつの価値観ではありません。あなたにとって優しさが何かということをしっかりと見据えて、それを実行なさったら満足なのではありませんか? 一緒に涙を流す反面、その困った人の人生が何も変わらないのなら、それは単なる同情だと私は思いますね。その人に感謝されずとも、その人がより幸せになったのなら・・・私はそれでいいか・・・と思うのが私にとっての優しさかも知れません。 あなたの理想となる優しさは何なのでしょうか?そこ次第です。それが宗教的な何かなら、それでいいと思います(笑)。
お礼
理想となる優しさ… 自分の事よりも相手の事を思いやるって事が優しいって事なのかな、と 漠然と思っていました。 残念ながら宗教にはまったく興味が無いので(笑)、 まずは身近なところから考えてみます。 ありがとうございます。
- akapontan
- ベストアンサー率27% (121/446)
わたしの優しい人のイメージは寅さんです。 御参考にどうぞ!
お礼
寅さん! あんなに有名な映画シリーズなのに見たこと無いんですよね。 今度見てみます。 ありがとうございます!
- ysko0o0o0
- ベストアンサー率21% (15/70)
優しい人になろうとしてなれるものではありません。 私はとても優しく良く気がつく人だと言われますが、 なにか意識してやっているわけではありません。 自分がしてもらって嬉しいことや、自分がされて嫌な ことなどいつもきちんと判断しているだけです。 困った人がいれば手を差し伸べ、一緒に涙を流すのが 優しい人だとは思いません。 優しくするのは簡単ですが、本当に必要なのは相手の ためにならないと思ったときにきちんとダメだと言う ことなどだと思います。
お礼
>優しくするのは簡単ですが、本当に必要なのは相手の ためにならないと思ったときにきちんとダメだと言う ことなどだと思います。 疎ましく思われそうで「ダメ」と言えない事もありますが、 相手の事を思えばこそ、本当は「ダメ」と言わないといけないんですよね。 真の優しさには「ダメ」といえる強さも必要なんですね。 アドバイスありがとうございました。
こんにちは。 ほかのかたの回答にもあるように、非常に難しいところではありますが・・・。 質問者さまがそのような教育を受けられたことはすばらしいと思います。 でも、ご自身は気が進まない。 その気持ちもわかる気がします。 自分が疲れているときは座っていたいし、 席を譲ったとしても「ありがとう」も言われず「結構です」とつっぱねられれば、なにか恥をかいたような気になるものです。 質問者さまのお母様は、察するに、感受性が豊かで、言葉が悪いことを承知で申し上げますと「助けることで自己陶酔」している可能性もあります。 質問者さまが優しい人間でありたい、そしてお子さんにも優しい人間になるようにお育てになりたい、というのであれば、 「地に足をつけて、そのひとの痛みがわかる人間になりなさい」 というところでしょうか。 自分が傷ついて経験してみないと、ひとの弱さや優しさは理解できないと思うからです。 私もいろいろ傷ついてここまできましたが、いろいろな人に助けられました。ですから自分の知識をもとに「優しい人間」でありたいと願う一人です。
お礼
>自分が傷ついて経験してみないと、ひとの弱さや優しさは理解できないと思うからです。 確かに、自分で経験してみないとわからない事ってあると思います。 若い頃には理解できなかった他者の気持ちが、今なら分かるってこともありました。 人生を重ねていく事で、 今よりも人を思いやることができるようになるかも知れないですね。 アドバイスありがとうございます。
- nikoooori
- ベストアンサー率25% (12/48)
難しいですよね。 なろうと思って、無理やりなることでもないと思います。 もし、自分が相手の立場だったら…と考えて行動できるようになると素敵だと思います。自分がこうされたら、嬉しいから、相手にもしてあげよう。とか。 やさしい人。って思うのだって、とらえ方次第だと思うので…。
お礼
まずは自分がされてうれしい事を相手にする、まずはここからはじめてみようと思います。 そうする事によって、少しずつでも自分を良い方向に変えていけたらいいですね。 ありがとうございます。
- d-_-b_kenken
- ベストアンサー率41% (80/192)
非常に難しいテーマですねえ。 まず優しさとは何かっていうところから既に私には曖昧ですが、 何事も相手の立場・身になって考えることで心豊かな優しい人に近づけるのではないでしょうか。 手を差し伸べるだけが優しさではないと思いますし、時には突き放すのも優しさだったりしますよね。 ずーっと後になって気づく、他人の優しさっていうのもありますから。 結局のところ、思いやり(心)と自己犠牲(行動)だとは思うんですが、 やはり相手の立場・身になって考えるところから始まるものだと思うので、 他者を思いやれる心を持てれば、行動はあとからついてくるものなのでしょう。 ちょっと脱線しますが、日常よく私が迷うのが、誰かが恥ずかしい失敗をしてしまった時の対応です。 見て見ぬフリをするのが優しさの場合もあれば、 一言突っ込んで笑いにしてあげるのが相手によっては救いになる場合もあると思うのですが、 その見極めがすごく難しくていつも迷ってしまいます。
お礼
他者を思いやる心を持つ。 一朝一夕に自分を変える事はできないと思いますが、 自分の事だけでなく、相手の立場に身を置いて考えられるように 少しずつでも意識したいと思います。 ありがとうございました。 ちなみに、自分が恥ずかしい失敗をしてしまったときは、 突っ込んで笑いにしてもらえるほうが嬉しいですが、 各々の性格によるんでしょうね。
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お礼
確かにそうですね。 自分がこうあるべき、とか子供にこうあって欲しい、とかいう思いに縛られすぎたかもしれません。 ちょっと力を抜いてもいいのかな。 私の子供が今後、どういう人間に育つかは分かりませんが ありのままの姿を受け入れていかなくてはダメですよね。 周りの愛情をうけて、健やかに育ってくれることを信じます。 ありがとうございました。