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☆ 天文のカテゴリかも: 認知できないことが存在することにならない理由
物理と天文は素人です。 動画検索で「宇宙の果て」「山本モナ」を見ると、 大学教授が偉そうに話をして、 その態度にカッときた モナが食って掛かるシーンがあります。 今の時点では、私は山本モナに賛成。 大学教授「認知できていないことは存在することにはならんでしょうが」 山本モナ「それは、存在していることに、気が付いていないだけでしょう」 質問1: 物理の考え方だと聞いていますが、もう少し解説いただければ。 質問2: 例えば、私が今、北海道にいるとします。そして、知人が遠く離れた沖縄にいます(実際にいます:Hさん一家)。そのことは、これを読む皆さんは認知できていません、この文章を読むまでは。だから、この文章を読むまでは、そのHさん一家が存在しないと言っているように、その大学教授の表現あるいは物理の考え方であるというような印象を私は持っています。実際には、Hさん一家は存在しますが。 それは、認知できている私から、認知できていない皆さんに知らせることではじめてわかる、あるいは実際に皆さんを沖縄にお連れして、Hさん一家にご紹介してはじめて認知していただけますが、それ以前はHさん一家の存在自体を否定しておられた状態(大学教授の言葉)は、正しい考え方でないように思います。 もしかして、皆さんのパソコンの下に500円玉がころがっているかもしれません(そうと仮定しましょう)。それを知らない状態(気づいていない状態)において、存在しないと断言する物理の考え方(大学教授の言葉)に馴染めませんね。
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お礼
昔、カールセーガンが生きていた時に その大学教授がよくNHKに出ていました。 聡明な方だと思っていたのですが、 動画検索で、 宇宙ってどうなってるの?(1) に出てくるその教授の態度が悪い。 そのことがとても残念です。品格がない。 ただ、物理の考え方が今は、その大学教授の言うようになっていると聞いたことがあるので、その背景を知りたいなと思いました。 「私は存在を認知できない」≠「存在しない」 NOT EQUALということでいいと思います。