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「切ない」宮崎はやお監督の映画
こんにちは。お時間あれば教えて下さい。 私は宮崎駿監督の「天空の・・」「風の谷の・・」「となり・・」 「魔女の・・」「もののけ姫」「千と・・」「ハウル・・」 「崖の・・」を今まで見てきましたが、最後はハッピーエンドで終わるもので必ず「せつない」気持ちになるのです。 「さびしい」・・ではなく、「切ない」のです。 何故なのですか?どこにそんな要素があるのでしょうか? 教えてください。
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すごくわかります!! 以下は私の場合は、ですが、 宮崎アニメにはどれも独特の世界観がありますよね。 最後、エンドロールが流れるとその世界から切り離され、 観客は自分の世界に戻らなくてはいけません。 だからなんだか切ない気分になります。 ずっとこの世界に浸っていたいのに・・。という感傷です。 浸れる映画や漫画の終わりにはいつも切なくなります。
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- hipotama
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私は彼の作品は、「となり…」「もののけ姫」しか見てないので、それだけでコメントするのはおこがましいのですが、感じていることを書いて見たいと思います。文学や芸術というのは、その人の生まれ育った生育歴が影響していると思います。手塚治虫は小さい頃、病弱で体が小さかったようです。そんな彼のよりどころは、絵を描くことだったそうです。昆虫の絵が好きで特に「オサムシ」が好きで、それで名前も治虫としたそうです。ある時担任から「絵がうまいではないか」と言われ、彼の才能が開花したそうです。 宮崎氏も人間と自然をテーマにしていますが、ちょっとグロに感じるところがあります。「もののけ姫」に赤いウジ虫見たいのがごちゃごちゃでてきたり、「となり…」では「煤」でしたかそれがぞろぞろ出てきたりしています。ねこバスもよく見れば……。自然は人間に対して恩恵を与えてくれます。しかし、それとは反対に牙を向くことがあります。 それを彼は幼いことに何か体験し、それが原体験として残り彼の表現方法になっているのかなと思います。 これは、全くの想像で書いているので、確かなことは分かりません。
お礼
ありがとうございます(^^) 山や川や海、虫や魚、動物達の存在なしでは生きて行けないハズの人間 が、科学の力を持ち、自然を破壊し、生物の最上位に立ったかのような振る舞いに、人類を育ててきた母なる自然に感謝を、欲深く傲慢な人間に謙虚を教える神々には畏怖と敬意を・・といった大まかなテーマがあるのかもしれません。・・勝手な解釈ですが(^-^) ありがとうございました!
精神の世界は永遠に不滅ですが肉体の世界には必ず終りが来ます。宮崎さんは死ぬことのない世界を描くことによって精神の世界が肉体の世界に支配されないということを実行しているのではないでしょうか。私は、テレビの番組の中で彼がきれいな夕焼けを見ながら死ぬとこういう景色も見られなくなってしまうのだなと言っているのを聴きました。私の想像では彼の作品は死を非常にきれいなもので置き換えているのではないかと思います。そのことがせつない感じを与えるのではないでしょうか。んん
お礼
ありがとうございます(^^) 最後の んん が面白かったデス。 宮崎監督が「死ぬとこんな綺麗な夕焼けも見れなくなる・・」 とおっしゃったのを、私は 「だから生きてこそ、意味がある。」という意味に勝手に解釈しちゃいました。人によって受け取り方も様々ですね。 私も魂は続くもの・・と思います。 ありがとうございました!
お礼
ああッなるほど。確かにそうかもデス! 物語の中の世界は続いていくのに、自分は何だか置いて行かれたような気持ち・・なんでしょうかね。 昨日もテレビで「ハウル」を見たのですが、エンドロールで流れる アコーディオンの調べがまた切ない・・・。 ありがとうございます!