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夜は人を惑わす。コレは生物学的に説明できるのでしょうか?
こんにちは。 質問があります 夜には人を酔わせる何かがあります。 なんというか、昼間では思いもよらぬことをやってみたり(やってみたくなったり)、妙にテンションが高くなったりと。 実際私は夜にちょっとした過ちを犯しました。 あ、ただ他人に迷惑はかけてませんし、変な方向でもありません。 でも今考えるととてもあの行為をしようとは思わないんです。 こういうことって結構あると思います。 なぜ夜になると人は妙にテンションが上がり、人知れず惑わされるのか? コレについて、心理学的な観点で何かわかる方がいらっしゃいましたら、お教えください。 よろしくお願いします。 最後に、私はコレをいろいろな観点から見たいと思い、恐縮ですが既に心理学、哲学カテで同等の質問をしています。この3つです。その点ご理解していただけると大変嬉しいです。 では、よろしくお願いします。
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- ruehas
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こんにちは。 動物である以上、昼と夜の生理的な変化というものはあります。ですが、これは何処から見ても心理的な問題でありますから、それを裏付ける生物学的な要因を捻り出す必要は何処にもないと思います。 これは明らかに身体の生理的な要因によるものではなく、与えられた環境に対応した「情緒の変動」です。そして、この変動といいますのは生活様式によって作られているものでありますから、我々の心理といいますのは弥が上にもこれに従うことになります。 我々は通常、平日には会社や学校に通っています。では、休日に「うきうき気分」や「ゆったり気分」が発生する原因はこれ以外に考えられません。このため、サラリーマンの多くは「月曜病」を体験するわけですが、このようなものはみな全て「生活様式に対応した情緒の変化」であり、ここに生物学的要因との因果関係は一切ありません。 夜に訪れる情緒の変化もこれと全く同じものです。 昼間は仕事をしたり学校で授業を受けたりしますので、どうしても「緊張感」や「やる気」、あるいは「不安」といったものに支配されることになります。ですが、夜にこれから何かしようというわけでないのですから、当然、昼間とは異なる精神状態が現れます。 このように、それは我々の生活様式に従って発生する情緒の変化です。 これ以外の要因としましては、例えば、夜は自宅にいたり、外を歩いても人気がまばらですから、社会行動に対する個人行動の比率は間違いなく高くなります。また、あれこれと物思いに耽るのは、これは行動が制約されることによって思考が内に向くからだと思います。 あるいは、怪談や御伽噺のように、昔から不思議なことは夜に起こりますし、SEXや犯罪計画もたいがい夜です。このため、我々は物心付いたときから昼と夜は異なる世界であるといった文化的な価値観を学習しています。このような意識が働きますと、果たして昼間とはちょっと違った考えや解釈でも受け入れられてしまうという可能性は十分にあると思います。
- 莽翁寒岩 一笠一蓑一杖(@krya1998)
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宇宙線の影響です⇒というお教えをご一緒に拝読しました。そうなかもしれないのですね。どちらかというと、月そのものよりも。 それで月は、日本などでは普通水月というと猿猴捉月とか、猿猴捉月の絵などを思い出します。でもヒンドゥでも水月ということばがあります。しかし猿猴捉月とは関係なく(時には似たこともいうのですが)、月の光を水的なものとして捉えます。宇宙光線みたいな、しかし不可視の、どこにでも入る命の振動波として。もののない振動波なのです。 それが、父なる太陽から投射されてきている母なる太陽の振動波ということです。これは万物に吹き込んでいる生命の波となっているというのです。地上の生命であり、その維持のフォースなんです。月光が。 *参考:なお、日本的水月についてヒンドゥもいいます。静寂静謐なる心、波なき湖面、身体の中に棲む心も、そういうときには、地上的生命としてではない、天界的魂を湖面の心に自覚できる、眺める、という場合もあるにはありますが、これはいわゆる禅的であまりカルト的ではありませんね。 いやそれにしても宇宙線のお教えはもっと知りたいですね。
- debukuro
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宇宙線の影響です 日中と夜間では地表に届く宇宙線に大きな違いがあります 昼は太陽風が直接吹きつけますが夜は地球を回りこむようにゆっくりと吹いてきます こういうところも影響しているかもしれません 高緯度地方の夏は鉄の箱の中にいるのに深夜になっても目が冴えているのです 冬は逆に普通に働く時間なのに眠いのです 夜昼が分からない環境なのにそうなのはたぶんそうさせる何かが降り注いでいるのに違いありません
- 莽翁寒岩 一笠一蓑一杖(@krya1998)
- ベストアンサー率20% (605/2887)
私もそう思います。狼男や吸血鬼などの活動の時間ですね。 中学、高校といっぱしにも哲学あこがれ少年でしたが、夜になる徘徊しておりました。狼男や吸血鬼にならなくても、結構思索的、沈潜的になり、昼間とはことなる自分になれました。 ヒンドゥの思想でも、月をいろいろに象徴させるし、また、現実に私どもラージャの瞑想ヨガ(オーム教でカルト的見方が横行してしまいましたが)では現実に月に一定の力と役割があることを認識しております。(*ハタまたはハサのヨガが皆さんにポピュラーな体操的なやつですね。ラージャはこれもやりますが。また原始キリスト教などはラージャだときいております。仏教が行いや勤行のカルマヨガですね。もちろんラージャはころも大事です。そして叡智のジャニャーナヨガもラージャに入ります。) 日本でも平安の昔から、花鳥風月ですよね。月には信仰ももったりしてますね。 漢詩の常套句は月明らかにして、星希なりですが。降るような星空よりも月のほうが、どちらかというと力があるのかなと存じます。
人間は外の世界のほかに頭の世界を持っています。暗くなると外の世界は小さくあるいは弱くなります。逆に頭の世界は暗くなると大きく強くなります。
原始、夜は大型肉食獣に怯える恐怖の時間帯だったのではないでしょうか。 焚き火をして賑やかに歌い踊れば、野獣も近寄らなかったのかもしれません。 夜の音楽やダンスは本当に気持ちがいいですよね。 さらに酒を飲めば恐怖心は薄れたでしょう。 ということで、恐怖心をおさえるために、ハイテンション(酔ったよう)になるようにできているのではないでしょうか。 私の勝手な空想です。 ちなみに 野生の草食獣は肉食獣が放し飼いの環境にいるわけで、 いつ襲われてもおかしくない状態で草を求めて歩かなければなりません。 危険だからと穴などに引きこもっていては餓死してしまいます。 慎重派であると同時に、ある程度は「命知らずで向こう見ず、ノー天気、自分だけは大丈夫」な性格も遺伝子にインプットされていないといけないわけです。 でも、そういう性格が強いと犠牲者になってしまいます。 人間でも、向こう見ずな行動で命を落とす若者がたまにいます。 その事故を聞いて「そうか、気をつけないと」と思って無事大人になる若者がたくさんいます。 過ちが度を越していなくて良かったですね