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「人生は、何も決断しないうちに終わる」というのは本当ですか?
かなり昔の話ですが、私が学生の頃、食品の配達のアルバイトをしておりました。 その仕事は、はじめの一週間は得意先までの道のりと商品の納品要領を覚えるため、 社員の人が運転して、私は助手席に座り、配達をしました。 その社員の人は、定年前の方でした。 私達は長い時間車の中で2人きりのため、いろいろ話をしました。 いつものように車に乗りながら配達を一緒にしていますと、 その定年の社員の方は、ふと、私にこう言いました。 「人生は、何も決断しないうちに終わる」 当時は、「ふーん、、まぁ、そんなもんかもね。人生って。」くらいにしか思いませんでしたが、 彼の経験からでた一言でしたので、説得力を感じたのか、妙に印象に残りました。 あれからだいぶ時が経ちました・・・。 皆さん、「人生は、何も決断しないうちに終わる」だと感じますか? 皆さんの思うところをお聞かせください。
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30代♂です。 とても深い言葉ですね。 様々な取り方があると思うのですが、私が感じたのは、 何も決断しないうちに終わるほど、人生は短いものだという事 です。 つまり、まだ先は長いと、明日考えればいいが明後日になり、一ヶ月先になり、1年先になり、10年、20年、30年と時間はあっという間に過ぎてしまうから、今できることは、今考えられることは、今やろうという意味でしょうかね。 ですから、どんなことでも恐れず、挑戦することが大事 なのかもしれません。見えない未来におびえて、後悔する事に おびえて、決断出来ないより、失敗しても後悔したとしても いいから、決断できる人でありたい。 私はそう思います。
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自分が思ったところは、「自分を生きれなかった」に近いです。 その定年の社員の方の口から「決断」という言葉が出てくることから察すると、何かやりたいことが、ぼうぜんとでもあったのかな、と思いました。 単純に考えると、仕事を決める時に「自分はこれくらいしか出来ないから」とか、「他に仕事がないから」という理由だったら何か消極的で、何年か後に振り返ってみても何年も働いたのに自分をすり減らすばかりで何か空虚さに近い感じを抱く人もいると思います。もしも最初は自分がそうしたいと決めた仕事だったとしても、思っていたような所ではなく、日々の仕事を何とかやっていくことで精一杯だったということも考えられます。結婚して子供がいたりすると尚更思い通りに生きることは難しく、周りに流されるというか、時代的なあり方に流されるというか、結局はそのうちに定年になり、自分の人生を振り返っての感想だったのかな、と思いました。 何かぼうぜんとした思いから、決断に至るまでの過程は結構難しいと思います。決められたレールがなかったり、前例があまりなかったりすると尚更です。生きている内には今決断しないと一生できないという場面もあると思います。そこらへんが人生の岐路になるんでしょうか。
- doorakanai
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「人生は、何も決断しないうちに終わる」 言い換えれば、他人に決断を委ねていたのでしょうか 私は36年、決断の連続だったけどな しかもその選択がいい結果に転がった事がなかったりする 更に、今無職で次の仕事を探している。 あ、その人 選択を失敗するのが怖かったから今まで流されてきた?
その方は後悔の多い人生なのかもしれません。 決断できれば後ろを振り返ることもないですよね。 一度決めればその事柄への思いを断つ。 あの時あぁすれば、この時こちらに進んでいれば。。。誰でも長い人生の中で一度や二度は思うことでしょう。 そう考えると「決断」は、なかなか難しいことではないでしょうか。 流されてしまう事の怖さもあります。 周囲の意見などでなく、抗えないもの。よく「運命に翻弄される」といいますけど、実のところ自分には何も決定権がなかったのではないかと思う瞬間です。無力感を存分に味あわされた時です。 定年前ということもあり寂しさも加わってポツリと漏らされた言葉でしょうが、人生の先輩の言葉は非常に重いですね。 勉強になります。 私はまだそこまで語れるような年齢でもないですし、出来れば決断していきたいと思います。現実には浮草になってしまっていても。
- Roman0
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けつ‐だん【決断】 [名](スル) 1 意志をはっきりと決定すること。「―を迫られる」「転職を―する」 2 正邪善悪を判断・裁決すること。 [大辞泉] 1の意味でしあら、私は日々、決断してますけどねえ。2の意味でも、大まかな方針を考えるときには、年間で言えば無数に実施していますし。 その人の「決断」というものの定義が、辞書と違うんじゃないでしょうか。
- hariusagi
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私の勝手な解釈ですが、、。 「決断」っていうのは選ぶってことではないでしょうか。 おそらく人は人生のなかでいろんな選択をして、人それぞれの人生を送ります。 いろんな分岐点があり、「決断」があり、選ばなかった未来もあると考えます。 でも結局人生も大半も過ぎ今まで歩いてきた道を振り返ると一本道、どこにも分岐はなく、決断もなかったように見える(えらばなかった道には人生はない)ということだったのではないでしょうか? わかりにくかったらごめんなさい。
43年人生をやってきました。 いくつになっても歳のわりには大したことやってないなぁ。。。と感じますが, 決断はしていないようで小さな決断は結構いろいろやっているものです。 学校受験,就職,結婚,その他小さいこといろいろ。 もっと大きい決断をしたいと思う願望が、「人生は、何も決断しないうちに終わる」と思わせるのではないでしょうか。 その定年社員さんもいろいろ小さな決断はしているのでしょうが,それよりもっと大きな決断がしたい。または,したかったのだと思います。 そう考えると「そんなもん」の意味が少し変わってきますね。