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ミャンマーの軍政権
http://www.asahi.com/international/update/0605/TKY200806050246.htmlなど一定の報道だけなのか、ミャンマーの軍政権という呼称で、民主化運動や僧侶さへも弾圧している報道があり、ビルマの竪琴以来親しみのある民情が心配です。 軍事政権が国民を抑圧しなければならない事情や理由の主なものは何なのでしょうか。歴史を勉強すれいいといわれるかも知れませんが、敢えてお教えを請うしだいです。どうかよろしくお願いします。
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廃仏毀釈 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%83%E4%BB%8F%E6%AF%80%E9%87%88 オッペケペー節 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%9A%E3%82%B1%E3%83%9A%E3%83%BC%E7%AF%80 120年ほど時間軸をズラしてみると、日本も同じようなことをしている。 現在のミャンマーの軍事政権が云々ということは渡しも分からないが、明治初期の日本の政権は、明らかに軍事政権
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- negitoro07
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独裁政権がいつまでも権力の座を譲ろうとしない現象は、ほかの国でもよく見られます。 権力欲もある音もいますが、下手に譲歩すれば、自らの存在が危うくなるからです。暴力をふるった以上、報復の可能性もあります。それを国家の安定の維持が必要だという口実で、民主化を拒む背景ではないでしょうか? 問題は、なぜ世界に背を向けているかのような国家が、生き残れているのか?ではないかと思います。答えは中国の存在です。そのほかにも色々要因があるかもしれません。 詳しく知りたいようでしたら、参考URLの本を読んでみてください。
お礼
ありがとう御座いました。 ことの本質をみる上でとても啓発されました。 継続と維持欲、そして権力の魔力。更には退き方の難しさ。 維持と継続もこうしてみると、一つの欲であるかと認識して、勉強しているヒンドゥのブラフマ、ヴィシュヌ、シヴァが象徴するもう一つの内容を理解できるかのようです。 味方する国もあるのは、利用なのでしょうが、けっしてミャンマーのためにはならないのではないかと、存じます。まぁ時の事情も左右するのでしょうが。国内の力関係の問題もありましょうが、国民性、民族性からのなせるところも覆いのでしょうね。過渡期とはいえ、内外に開かれ、ソフトなやさしい政治を早く確立するように、見守っていきます。 ありがとうございました。
お礼
ありがとう御座います。どうしても何か理解できなくて、味方する報道などないかとか、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BCで、軍事政権を支持して来た元ミャンマー大使(任期1995年 - 1998年)山口洋一氏のご見解の証左になるものはないかと、期待していました。 でもなにせ今は過渡期なのである、という産みの苦しみともいえるものかもしれませんね。中国もそうでしょうが、社会主義は理想や理論、そして運動としてはともかく、維持と継承というのは適さないのかなと、かの隣国半島の北国、あそこは王朝の趣(きれいではないが)がありますが、考えておりました。 明治維新は、敗戦の処理よりも上の仕方(変身)だと思っていましたが、やはり国民政体を組織していくことは、並大抵のことを経過するのではないのですね。 いろんなところで、軋轢が避けられないのですね、行き過ぎも。 ありがとう御座いました。