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難関大学を合格する人はどちらが多いのでしょうか?

僕は今高校2年生です。   進路は国公立の難関大を考えています。 なので、入試に使う科目ばかりを勉強し、その他の教科をまじめに勉強していません。 先日、面談がありました。 そこで、すべての教科を真面目にするやつが難関大に受かるんだ! 俺の同級生はすべての教科を頑張って、東大京大に受かってたんだ! だからおまえも全部頑張れ、と言われました。 しかし、本当にそうなんでしょうか? 全部頑張る人が大学に受かるのでしょうか? 僕はそうは思えないんです。 そこでみなさんに質問です。 実際、全部頑張ってる人と、入試科目しか頑張らない人、どちらが難関大に受かってるんでしょうか? 回答よろしくお願いしますm(__)m

みんなの回答

回答No.6

ANo.2で答えたものです。 ANo.3、4,5さんの意見を見てなるほど的確だなと思います。 私自身も参考になりました。

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回答No.5

調べたわけではありませんが、回答No. 4でいわれているように、要領よくやっている人が多く、入試科目以外をふくむ全教科で結果を出している人は少ないでしょう。というか、入試科目でも効率よく点をとっている人が多いのでは。 先生の挙げた友達の例ですが、当たり前といえば当たり前のことですね。その先生の口ぶりからは、その友達が全教科でがんばり、なおかつ全教科でかなり(もしくはそれなり)の結果を出していたのでしょう。そうなると、全教科でよい成績を収めている人が東大京大に受かるのは当たり前のことです。全教科でがんばったところでかならずしも全教科でよい成績を収めるとはかぎらないし、さらには入試科目の成績にも支障が出そうだから、生徒は苦悩しているわけです。全教科がんばればかならず全教科でよい結果が出るなら、誰もサボりはしません。もう高校生なのだから、どう勉強するかは自分で決めましょう。 ただ、その先生のおっしゃることは、生活態度の指導として重く受けとめるべきだと思います。入試に必要のないものだからと、サボリの姿勢を正当化していませんか。しかたなくサボるからといって、それが正当化されるわけでもありません。また、反対に正当化されていないからといって、サボっていけないわけではありません。仕方なくサボらなければならないわけです。不要な勉強を避けるために、そのサボリの理由を求めるのはやめたほうがよいだろうと思います(この質問を含めて)。受験生がそもそも不要な科目に時間をかけるのはできない話なので、いまさらそんな理由を見つけようが見つけまいが関係ないでしょう。 そうやって理由を求めることをやめて、要領よくやっていきましょう。実際のところ入試に不要な科目に時間を割くことはできないとしても、せめて授業はまじめに聴くなど、何らかの心がけをすることはできるでしょう。ただ、聴くに堪える授業をしている先生も少ないとは思いますが、そればかりは仕方ありません。授業をまじめに聴いて(内職は最小限に)、一夜漬けでテストもこなしていれば、先生も文句をいわないと思います。それでもなお、入試に不要な教科について日々の予習や復習を求めてくるのであれば、もしそうだとしても反論するのではなく、口で「がんばります」くらいにいっておけばよいだけです。これも要領のひとつでしょう。 また、家庭や保健などは、たいてい実践的に学ぶことが多いと思います。一方で、これらについて体系的に理論的に学ぶことは、ほとんどありません。これを「実践的なものだから理論的に学ぶ意味はない」と捉えるのではなく、「理論的に学ぶ機会の少ないものだから、高校でそれらを学ぶのは貴重な機会を大事にしよう」と捉えていってはどうでしょうか。こう考え直すことは、上で述べた心がけの向上にもつながってくると思います。

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  • laulun
  • ベストアンサー率49% (215/434)
回答No.4

なかなか興味深い内容ですね。 こう言ってしまえばおしまいかもしれませんが、難関大学に合格する人って結局要領がいい人が多いのです。ですからくそ真面目でも科目を絞るでもどっちでもないです。要領よく勉強できるので入試に必要のない科目(保健体育や家庭など)のペーパーテストを捨てません。捨てたら赤点レベルになり損なので(将来の評点には全科目が入ります)、そこそこ(学校のレベルにもよりますが70点以上くらい)を取るように勉強します。これは一見「真面目に勉強している」ように見えますが、本人たちにとってみれば「最小限の努力で体裁だけは保てるレベルに仕上げる」というある意味合理的な考えのもとにやっています。 結局、難関大学に合格する人は策略家なんです。力を入れるところと入れないところをはっきりさせているのです。これは「科目を絞る」ということではなくて、「穴を作らない」ようにしていることです。結果として国語が入試に必要のない理系の人でも、国語の基礎はしっかりしているので他の科目を論理的に考える力がついているのですね。(何もマニアックな漢文や古典まで知っている訳ではありません。) そういう訳で極端に「全部頑張る人」「入試科目しか頑張らない人」のどちらでもなく「バランスの取れた策略家」なのです。 ただその策略家も努力はしますよ。時間が限られた中でその努力を自分の目標に対して最大限の効果で挑むためのバランス感覚を持っているのだと思います。

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  • yuu111
  • ベストアンサー率20% (234/1134)
回答No.3

こんばんは ちょっと両方とも極端な意見だと思いますが、先生の意見も少し心にとどめておくとよろしいかと思います。 例えば、英語でカタカナ語になっているような単語なのに、全然分からない子っているんですよ。 別に、入試にはいらないのに理科や社会の教科書を読めとは言いませんが、志望校の英語の本文訳や現代文の本文を読んで知らない言葉があるというのはものすごいハンデになります。 逆に言うと、そういう教養を効率よく身につけられる環境にあれば、受験に特化して勉強するのは悪いことではありません。

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回答No.2

>そこで、すべての教科を真面目にするやつが難関大に受かるんだ! >だからおまえも全部頑張れ、と言われました。 たぶんその先生はあなたの能力に期待しているのでしょう。 入試科目だけを勉強するのではなく、幅広く勉強して物事を知ることは 長い目で見て役に立つと思ってそう言われたのではないでしょうか。 また、入試に受かりさえすればいいのだから、入試に関係ない科目は切り捨ててかまわないという 姿勢が気に入らないと思ったのかもしれません。 >実際、全部頑張ってる人と、入試科目しか頑張らない人、どちらが難関大に受かってるんでしょうか? 難関大に合格した人で本当に入試科目しか頑張らなかった人というのは少ないのではないでしょうか。 少なくとも高2までは入試にかかわらず勉強することが必要でしょう。 かといって入試に必要ない科目に力を入れる必要もないでしょうが。 私は文理に関わらず、入試の形式にとらわれず、国語と数学の力をつけておくことが大事だと思います。

K1201
質問者

補足

僕も数学国語は大事な科目だと思っています。 ですが必要ない科目が、保健、家庭科などでも勉強すべきでしょうか? 僕はこれらは教養として机上で勉強することもあるかと思いますが、社会に出て自分で体験して学ぶことだと思っています。

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  • chisami
  • ベストアンサー率0% (0/1)
回答No.1

高校1年の者なので参考にならないかもしれませんが、もしよければと思い投稿しました。 僕も同じく学校柄で国立の難関大を目指しています。 はっきり言ってしまうと、その先生は間違っていると思います。 そもそも、先生が仰っている「俺の同級生は~云々」というのは、昔の話なので、今の大学入試には通用しないものだと思います。科目数が少なかった昔ならば通用したかもしれませんが、特に今は科目数が増える傾向にあるので、やたらめったらと多くの科目を勉強する科目を増やすのは得策だとは思いません。 正直、高3の先輩から話を聞くと、「学校の授業は自分で勉強するより効率が悪くて無駄だから、高3の授業はなるべく少なくした方がいい。」と言っていました。学内の実力試験でも学年5~10番を推移していて、東大理1・2なら余裕(模試ではA判定)と言われているので、信憑性はあると思います。そこまで言うのですから、必要ない科目を勉強することは効率が悪いかもしれません。 少なくても、科目が多い学校を受験される予定ならば、受験に必要な科目しか勉強しなくても良いと思います。 ただし、理系に進む場合の文系科目や、文系に進む場合の理系科目に関しての教養は高校時代が最後に学ぶ機会である、というを考慮すると少し悲しいかもしれませんけれども。

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