Jagar39です。
stripe-kさん、指摘を寛容に受け止めて下さってありがとうございました。
ちょっと基礎的な話をします。
ウイルスが他の生物と決定的に異なる点は、「細胞を構成要素としていない」という点です。他の生物はヒトから最近に至るまで、細胞をその構成要素としています。細胞とは簡単に言うと、遺伝子が格納されていて、かつその遺伝情報を発現するための機能を持っているもの、です。
例えると、細胞はいわば1つの「工場」です。
設計図が格納されていて、オペレーターによってその設計図が読まれて機械があるものを生産しているわけです。もちろん材料を搬入するためのドアも、余ったゴミや生産物を搬出するためのドアもあったりします。
それに対し、ウイルスは「設計図だけがダンボール箱の中に入っている状態」です。当然そのままでは、自己複製どころかただ存在することしかできず、それも時間と共にダンボールが壊れればそのまま消えてしまうようなものです。
ですからウイルスは、「工場」の中に侵入してオペレーターに自分の設計図を読ませ、工場内の機械によってダンボール箱を組み立ててもらって初めて「増殖」ができるわけです。
で、ウイルスがどうやって「工場」の中に入るか、が問題なのです。たかがダンボール箱ですから、工場の壁をぶち破って入れるわけもありません。
それは工場には搬入や搬出のための「ドア」があるということは上に書きましたが、ウイルスのダンボール箱には、それらのドアに対する「鍵」が付いているわけです。鍵が合えば、あとは工場側がドアを開いて中に持ち込んでくれるわけです。この「ドア」をレセプター(受容体)と言います。
つまり、どんな工場にもあるドア(レセプター)に合う鍵を持っているウイルスは、どんな動物にも感染することができるわけです。ドアと鍵が合って感染することができる動物を「宿主」と呼び、このようなどんな動物にも感染できるウイルスは「宿主域が広い」などと言います。狂犬病ウイルスが宿主域が広いウイルスの代表でしょう。
それに対し、ある特定の動物しか持っていないドアに合う鍵を持っているウイルスは、その特定の動物にしか感染することができません。これを「宿主域が狭い」と言います。天然痘ウイルスが代表でしょうね。
それでドアと鍵がマッチしていれば、その動物は「宿主」になるわけです。で、自然な状態で宿主となっている動物を「自然宿主」と呼んでいるわけですが・・・
>自然宿主というのは特定の一種ではないという事でしょうかね。
そういうことです。
鍵が合えば感染することは可能ですし、感染した動物で存続することができれば、新たにその動物が「自然宿主となった」と言えます。
ただ、そのウイルスは今までの自然宿主動物に適応してしまっているので、別の動物に感染した場合には鍵がマッチして感染することはできても、工場の機械やオペレーターの勝手が違えば、今までと同じような増殖ができるとは限りません。ほとんど増えることができなかったり、逆に増えすぎて片っ端から工場を破壊してしまっても「存続」することは難しいですから、それは「自然宿主にはなれない」ということになります。
>自然宿主ではないというのはウィルスがその種の中で生きていけないということでいいんですかね。
そういうことではないです。上に書いたように生きていくことはできても、その動物種の間で効率的に感染を繰り返すことができないと、自然宿主にはなりにくい、ということです。
例えば高病原性鳥インフルエンザウイルス(HPAIVと略します)を例にとると、このウイルスは"狂い咲き"ウイルスなのでもはや「自然宿主」と呼べる動物はありません。
このウイルスはヒトに感染することがありますから、ヒト→ヒトの感染が容易に起きるように変異すれば、新たに「ヒトを自然宿主にする」ことができるわけです。これが「新型インフルエンザウイルスの出現」として恐れられ、阻止しようとされていることです。
ではなぜ今のHPAIVがヒト→ヒト感染を起こせないかというと、「感受性と排泄量」が関係しています。
このウイルスは元々鳥のウイルスですから、ヒトに対しては感染効率は良くありません。レセプターの形が少し違うのか、はたまたヒトにはそのレセプターの数が少ないのか私はよく知りませんが、とにかくヒトに対して感染が成立するためには非常に多くのウイルス量が必要です。
そうやってようやくヒトに感染してヒトを発病させても、ヒトはヒトに対して感染させるだけの大量のウイルスを排泄しないのです。なのでヒト→ヒトの感染は容易には起きず(1例だけ報告されていたと記憶しています)、ヒトはこのウイルスの自然宿主にはまだなり得ないわけです。
こういう現象は、異種動物に感染するウイルスではわりと普通に起きる現象です。
天然痘に対する疑問ですが、相当な致死率のウイルスであっても「感染したら即皆殺し」というような病原性でない限り、生き残る個体はあるわけで、その個体を通じてまた別の個体に感染することが可能です。
なのでその動物の集団規模が大きかったりすれば、存続することは不可能ではありません。
HPAIVにしても、鶏に対しては感染実験すると24時間以内の致死率が100%という激烈な病原性ですが、防疫活動をせずに放置するとたまたま病原性が弱く変異したウイルスに感染した個体が生き残り、その個体がまた別の個体に感染させ・・という経緯を経てウイルスが存続してしまう可能性はあります。そうなれば、鶏がHPAIVの「自然宿主」になってしまうわけです。
天然痘にしても、致死率が高いと言ってもそれほど激烈ではないので、ヒトの間で存続するには十分だったわけです。エボラの強いウイルスでも60%だったか70%だったかの致死率だったと。
スペイン風邪のように激烈な病原性を持つウイルスでも、十分大きな集団の中で感染を繰り返すうち、病原性が弱くなっていくことが知られています。つまり、あまりに病原性が強いとその個体をすぐ殺してしまい、次の個体に感染するチャンスが減りますから、そういうウイルスは自然に淘汰されて病原性が弱い方向に変異したウイルスが存続していくわけです。
ただ、完全に「無病原性」になってしまうと、あまり増殖できなくなってしまうので(病原性と増殖はある程度比例する)、これまた次の個体に感染するチャンスは減ってしまいます。
まあ長い時間を経れば、結局はカモにおけるインフルエンザウイルスのように、ほとんど無病原性というあたりに落ち着くモノも多いのかもしれませんが。あまり増えることができなくても確実にその動物で存続できるのなら、結局はその方が有利かもしれませんし。
お礼
こんなに長い文章を作ってくださるのは、とても大変だったと思います。ご解答に、大変感謝します。 基礎知識のない私に、こんなに分かりやすく丁寧に教えてくださって、本当にありがとうございます。嬉しくて仕方ないです。 ウィルスの構造やどうして感染するかなどを、「工場」や「ダンボール」など身近なものに例えてくださったお陰で大変分かりやすかったです。 読んでいる間中、なるほど。なるほど!の連続でした。 そして私の出した新しい質問へもお答えくださり、さらに新しい知識を与えてくださってとても感謝しています。 間違っていた部分にもお答えくださったお陰で、間違えたままにならないですみました。 Jagar39さんはただ質問に答えてくださるだけでなく、関連したお話もしてくださるので、知ることを楽しいと思うことができました。 今回この質問をして、本当によかったと思いました。 ここでこうして質問しなければ、私の疑問はもうとっくに私の中から消えていたと思います。 それを、他のお二人やJagar39さんに3回もお答えくださったことで、私は多くのことを学ぶことができました。 文章を作るのが下手で申し訳ありませんが、とにかく私は今感謝の気持ちでいっぱいです。 見ず知らずの私の為に、貴重なお時間を割いてくださったことを心の底から感謝いたします。 これを期に、ウィルスや病原菌などについて自分でもどんどん調べていきたいです! 本当に、本当に、本当にありがとうございました!!!