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脳死は人の死なのか?
こんにちは。 僕は、15歳の高校一年生です。 最近、授業で脳死のことについて教えてもらったのですが、 果たして脳死は人の死なのでしょうか? 「肯定」「否定」かを書いて理由まで書いていただけると幸いです。 よろしくお願いします。
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こんばんは 私は脳死肯定派です。 心臓はただのポンプです。 移植で他人の心臓を貰うこともできます。 人間の死に、心臓が動いているか否かは関係ありません。 心臓死イコール人間の死とされてきたのは、 心臓が止まれば数日後には間違いなく脳も死ぬからです。 ですから、たとえ心臓が動いていても、脳が完全に死んでいれば、その人は死んでいると私は考えます。 問題なのは、現在の脳死判定で、完全に脳死状態なのかどうか、確実に判定できているんだろうか、ということです。 個人的には、判定基準をもっと厳しくしてもいいようなきがします。
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脳死は「臓器移植法(行政法.知っている人に限って適応される法律)」に定める条件に成立したときに.例外的に「死亡した状態」と認められる状態です。 死は.強制法(知らなくても処罰の対象になる)である「刑法」に定めた状態にある時の死です。 したがって.「脳死」は「死」の状態ではありません。臓器移植法に定められた条件が成立したときに「死亡状態」として取り扱われる一つの生存状態です。 臓器移植法の成立は.勝手に「脳死」を定義して殺してしまった医師が刑法の殺人罪に抵触しないように(刑法の規定で法改正があったときには軽い罰則を適応するという規定があります。勝手に生きている人間を殺して移植してしまっても.臓器移植法に基づく違反となりますので.3年以下の懲役(罰則の名称は疑問)で.時効が成立し全員無罪となります)慌てて作られたような法律ですから.定義にちょっと問題があります。 というのは.米国の例で脳死状態で適正な治療が受けられれば意識が回復する場合があります。米国で脳死と診断され.心臓移植のための臓器摘出中に意識が回復した例がありますし.小児の場合はとくに.心臓が止まって1時間程度たっても.意識を回復する場合がありますから。
- yamahaseca
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結局、脳死と言う概念を受け入れるかどうかだけだとおもいます。 私は基本的に脳死肯定派ですが、だからといって脳死を受け入れられない人をわざわざ説得するつもりもございません。 そして、それで良いのではないでしょうか?
- Singollo
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始めに臓器移植ありき、で拙速に定義された『脳死』には納得できません 死は生き物がものに還元されるプロセスだと思いますが、単細胞生物でない人間にとって、この瞬間に死んだ、とはっきり決められる瞬間というのは、そもそもありえません かといって、全身腐り落ちるまで待ってはいられないので、感情的に納得しやすい、動きの無くなる瞬間である心臓死が古来尊重されてきたのだと思います これを新たな定義に変更するというのであれば、誰にでも納得できる根拠を示してもらいたいところですが、現状の『脳死判定』では外部から判断できる脳の活動の一部を測定しているに過ぎません 脳の活動のすべてがそれで測定できるわけではありませんし、そもそも、脳が他の臓器よりも尊重される大きな理由である精神活動についてはメカニズム自体がほとんど解明されていないのですから、測定のしようもありません
- takao
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古今東西「体温が下る」「瞳孔が開く」「呼吸が止まる」をもって死と呼びます。 脳死は医者が脳死判定という手続きを元に死を決めています。 カルテや判断経緯を非公開にして結論だけ出す、それは僭越すぎます。 そんな権限を医者に与えてはいません。 人の生き死にまで医者に決めてもらわなくても良いです。
- demio
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立花隆氏の「脳死」を読んだことがありますが、 脳死の判定が難しいので何をもって脳死とする のは間違い無いのでしょうか? 本によると脳死状態で、意識がもどった実例も あるようで体験者によると、身内が集まって自分の葬式の話をしているのが聞こえているのに体がまったく動かず、生きている のを表すことができなかったそうです。 脳死だからといって、死亡か否かはまだ決められない とおもいます。 10年以上前の本ですから今の医学とは違うかもしれま せんが、脳死判定は確実になったんでしょうか?
- SCNK
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反対に質問しますが、死とは何だと思いますか。 実は法律論でも議論がありますし、生物学的には全くと言っていいくらい統一されたものが無いといってよいでしょう。 唯一あるとすれば不可逆的な状態、つまり蘇生する可能性が無くなったときなのでしょうが、これとて死亡したと思われた人が蘇生したことがあるのですから完全とは居えません。 人間という一つの個体が一度にすべて死ぬわけではありません。切り取られた人髪が伸びるということがあるでしょう。 結局のところ人間とは何かという問題に行き着くのではないでしょうか。実在論というのがありますが、自分という存在が実在しているということが永久に認識できなくなったとき、それを死とするしかないのだと思います。霊魂を信じるかという問題まで立ち入ると、まだ実在していると言うこともできるかもしれませんが、少なくとも現段階において、それは科学的には実証できないわけです。逆に実在というものも科学的に実証できないこともまた事実であるので、少々立場が弱いのですが、少なくともすべての人は自分という存在を実在していると思っているようですから、それができなくなったときを死と認めるしかないと思います。 結局科学の問題ではないので、結論は「出すことができない」というのが答えですが、社会的な必要性から脳死を認めても良いと思います。
- sukiyaki111
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身内の方がそのようになった場合を想像してください。多分、脳死した場合、苦しんでいないのですから、心臓停止まで生かしておきたいと思うでしょう。 しかし、実際は人間としての機能が停止するわけですから、死であると思います。 難しいですね。人それぞれと思います。
- eratos
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意見は人それぞれでしょうが、私は死だと思っています 植物状態のように意識が戻る可能性がある場合と明らかに違うからです。 脳死で有れば、生命維持装置によって臓器が動いているだけで 自発的に動こうという生命活動が行われていないと考えられるからです。 以上のような観点から、私は脳死は死だと思いますし 私が、そのようになった場合死として扱って欲しいし、 最後にぐらい、人様のお役に立てればと臓器提供意思表示カードを持っています