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ここ数年で日本は変わったか?やはり支持した国民に問題があるのでしょうか。
格差社会。 成果主義。 自殺問題。 アメリカに追いつけ追い越せで日本が変わってしまった。 支持した国民が悪い と言いますが、やはり支持した国民に問題があるのでしょうか。 お手数ですが、分かりやすく教えてください。
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ここ数年で日本は変わったか?はYESだと思います。 支持した国民に問題は、NOです。 変わってきたのは社会環境の変化によるもので日本の国のシステムのせいである事も間違いは無いのですが、変わる原動力となったという事で言うと我々が指示したことという事は全く関係がありません。 まず第一に日本は民主主義国家ではないという事を認識する必要があると思います。 最近政治の分野で変わったと思う事は1つしかありません。 教育問題のために開いたタウンミーティングに対して阿部総理が調査を命じた事に単を発して、タウンミーティングがやらせであった事がこうになったという事は非常に珍しい現象では無いでしょうか? あらかじめ質問する人間を雇い質問する内容を決めていた事が明らかになり、地方の会場で駅から歩いても5分ほどの移動にわざわざ東京のタクシー会社に以来をして高額な金額を無駄に浪費している事が明らかになりました。 色々な分野において有識者会議などと称したりアンケートをとったという事などいずれもやらせでいままで国民(談合とか利権とかに絡んでいるひとを除く)を欺いてきた方式が一部公のものとなった事はご存知の事だと思います。 かなりの分野において形式だけは形を整えると言った形で自分たちの正当性をあたかも固めた形で法律を作ってきた由々しき仕組みが明らかになった訳でこの方式で運営してきた日本に民主主義などあるはずも無いのです。 問題が発覚するとそれを改善すると声たからかに歌いながらさらに改悪した法律をつくるのは常套手段です。 国を評価するシステムがないし評価されれば実態がばれてしまうのでこういった事は行われません。また運営すること自体も事業であれば必ずシステムをつくり運営しようと奔走するものですがシステムで運用するようになれば業務上横領や利権にからむ不正を行う余地が少なくなるので着手する事もないでしょう。 この結果、何ら必要の無い組織が無駄に金を使い込む税金の無駄が日本全体の産業のコストの上乗せと長年なってきましたがとうとう耐えきれなくなって大企業の国外逃亡や収益アップのためにコストの安いところに外注に出したりする事で労働者の切り捨てを行うに至りました。 指示しようとしまいと日本のシステムを変えるために必要な仕組みは国民はもっていないと言ってしまえばそれまでのことですが、民主主義の気分にしておいて独裁国家になっているんだと思います。 最後に一つ衆議院の選挙の時に最高裁判所の裁判官の信認の投票が一緒に行われますが、あれは自分がよくわからないから白票で投票したいと思った場合は全部の裁判官にばつをつけないとならない方式がとられています。何も書かなかった場合は積極的に全員にまるを書いたと見なされてそうカウントされる方式になっています。 こいつは問題を起こしたとかいう認識でもあれば別ですがよくわからないひとにばつを書くのは気が引けませんか?心理的に信認が通ってしまういかさまだと私は思っています。 私に出来る事はこの話しをひとにする事と自分では全部にばつを書く事しか出来ません。あなたが支持したという意味において私が出来る事はこんなにちっぽけな事でしかないので何も変える事は出来ないと思っています。
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- Katocon
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国民の問題は別として、最近は国民自体が格差容認の人が多いようです。民意を反映してると言えるでしょう。 本当に進んだ国はあまり格差がないようなので、日本は貧富の格差が拡大し、だんだん国や国民ののレベルが下がっているようです。
選挙制度が中選挙区制から小選挙区制になったので弱小意見がとおりにくくなりました。 高額所得者優先の税制になりましたので.下層階級がより貧困になるのは当然です。 消費税が導入になりましたから.下層階級への資金流入が減り.無職者が増えるのが当然。 結局.弱小意見を無視して強行採決ですべて通した結果です。 なお.「資本主義社会」というのは.常に競争が確保される状態でのみ成立します。 大手企業たい中小企業の競争では.必ず(最終的には)大手企業が勝つのです。これは資本主義社会ではなく.独占資本主義社会という社会主義体制です。 近年の動きは.独占資本酒器という社会主義化が進んでいます。
- kb-nike
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ここ数年、と言うことは、「小泉」政権の実施した政策の評価と言うことですが、民主主義国家である以上、最終的には有権者(国民)の責任に帰すると思います。 歴史に「良い」、「悪い」と言うことは、その評価時点での話で、例えば、太平洋戦争当時では日清・日露戦争は「必要な」ことであり、「良い」ことでありましたが、敗戦後では一転「悪」とされました。 現時点で、「安倍」政権は徐々に「小泉」政権のやり方を修正して、従来の自民党らしさに回帰しつつあるように見えます。 このような、自律的な行きすぎの修正は、民主主義の特長であると思います。 もう少し、長い目で見れば、即ち、「小泉」・「安倍」政権を通じた期間で評価されれば、特別「良かった」とは言えなくても「まぁまぁ」なところに落ち着くのではないでしょうか。 当分、自民党に代替えできる「野党」が存在しそうにないので、従来通り自民党内の「党内野党」に頼らざるを得ないのは、「民主主義」にとって不幸なことですが…。
- popesyu
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バブルの崩壊で第二の戦後を迎えてしまった以上、バブル以前に戻るわけにはいかないわけで。というか戻りようがない。 失われた10年以降の数年間、小泉政権の取った政策が満点だったか、及第点だったか、あるいは落第点だったかを今の瞬間に判定しようってのはかなり無茶な話で。 一歩舵取りを間違えればもっと悪くなっていたことも予想されますし、また具体的にどういう政策をとっていればもっと良くなっていたのかなんてのも、明確に示せる人は誰もいないでしょう。 ただ民主主義というのは仰る通り、それら全て含めて国民全員が責任を取るという仕組みです。その判断について、それ自体は別に問題でも何でもありません。正解か不正解だったかは数十年たてばある程度、それなりの答えが出ることがあるかもしれませんが、それすらも曖昧なものでしかありませんし。ただその結果を粛々と享受するのみです。
- PENPENMAKKY
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> 格差社会。成果主義。 日本は共産主義国家ではなく、資本主義&自由経済主義国家ですので当たり前のことです。バブル前の日本は準ファシズム(国家社会主義)体制だったのが、普通の市場原理に従う国になっただけのことです。