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多世界解釈と人間原理の解釈について

量子力学における多世界解釈では、可能性の数だけパラレル世界があるということになります。 つまり、自分自身もほかのパラレル世界に多数存在しているわけです。 とあるパラレル世界では私はすでに死んでいるかもしれません。 でも、この世界での私はまだいきています。 私の意識が数あるパラレル世界のうち、この世界に存在しているのはなぜなんでしょう。 人間原理的な考え方を個人に置き換えて解釈すると、自分に都合のよい世界に私の意識があるということでよいのでしょうか。とすれば、わたしはこれから先、私の意識は自分が存在するために都合のよい世界にあり続け、思いのほか長生きするのではないだろうかと思えてしまいます。 この考え方は物理学における多世界解釈と人間原理の考え方に一致しているのでしょうか。

みんなの回答

noname#204885
noname#204885
回答No.4

ANo.2です。 「それでは、なぜ、私の意識は私が生きている世界にきてしまったのでしょう。」 これはもう、神様がさいころを振ったからとしか言いようがないと思います。なぜ自分は日本に生まれたのか、何故自分はこの時代に生まれたのか等等・・・全ての事象に対して理由をつけることは難しいです。 もしかしてホーキングだったら、「今あなたの意識が存在している世界は、他の(あなたの意識が来ていない)世界と比べて、やや安定している(=存在確率が高い)のかもしれません。」と答えるかもしれませんね。 多くの犯罪者も世に生を受けているので、世界の安定に貢献しているからと言って善人であるとは限らないと思いますが。(^_^

noname#160321
noname#160321
回答No.3

パラレルワールドを極端にすると。 「今生きている(意識のある)あなたのいる世界も無数にあり、干渉し合わない」「あなたの意識が生まれたところにある世界」も「死につつところにある世界も無数にあり干渉し合わない」となります。 これらの理論は物理学的には「無意味です」「干渉し合うものだけしか計れない」からです。 計れないものは科学ではありません。

noname#204885
noname#204885
回答No.2

人間原理を当てはめると、「あなたがたまたま生きている世界に来たから、あなたは意識を持つことができている。」と言うことになるのではないでしょうか? 自分の都合のよい世界に意識があると言うよりは、「意識の無い世界は生死を認識しようがないので、意識のある世界には全て生きていることがついて回る」と考えるべきだと思います。あなたが死んだ瞬間、あなたは意識をなくしますので、「自分は意識のある限り生きていることができる。」と言う命題は真です。もちろん、このことはあなたが永遠に生きることを保証するものでは全くありません。

noname#22681
質問者

お礼

ありがとうございます。 「あなたがたまたま生きている世界に来たから、あなたは意識を持つことができている。」 非常によくわかります。 それでは、なぜ、私の意識は私が生きている世界にきてしまったのでしょう。 物理学ではなく哲学のカテで質問するべきでしたね。

回答No.1

同じような質問がありました。

参考URL:
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=2177017
noname#22681
質問者

お礼

たしかに、同じような質問がされていたのですね。 よくしらべもせず質問してしまい申し訳ないです。