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三八式銃と菊の紋章

 三八式銃には菊の紋章がついていたと聞きます。菊の紋章がついていた銃はそれだけでしょうか。ついていたとしたらいつ頃、どんな契機でついたのでしょうか。典拠等ご存じの方がいらっしゃったら教えてください。よろしくお願い致します。

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  • 460230
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回答No.2

廃藩置県後、各藩より政府に所有権の移った各種小銃に陛下の兵器であるという意味で 十六弁の菊の御紋章を打刻し支給したとあります。 (それまでは当然、無刻印だの、大名の紋だの所有者を示す各種刻印になりますね)。 国産小銃第一号「村田銃」が制定された際、東京砲兵工廠より陸軍大臣宛に 銃への刻印内容の答申がありその中に御紋章が含まれてます。それ以後は因習的に小銃のみに 刻印されていったようです。 また大正3年に小銃やその廃品を払い下げや譲渡の際に御紋章を削り取ることが定められました。 これは明治13年に宮内省より菊花御紋章のついた物品を民間に譲渡することを禁じたことに 由来します。よって輸出用小銃などには御紋章は入っていません。

  • k-i-r
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回答No.1

小銃は天皇陛下のものであり、陛下から下賜されるものであるので、その持ち物である証しとして菊の紋章が付いていたわけです。 三八式の他に少なくともその前後の三十式と九十九式には付いていました。 それ以前の村田銃には付いていたかどうか判りません。 (私が判らないだけで、歴史的に判らない、というわけではありません。なのでいつから付いていたかも判りません) こういった質問は、“ 教育 > 歴史” カテで聞かれた方が詳しく答えてもらえると思います。

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