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謙遜は時としてダメな場合も…?

最近、自分のしていた行為にマズイ部分があることに自分で気付き改めています。 初めに私が、ある物事に対して自分をへりくだった感じ(『謙遜』とでもいうのでしょうか)に話し、それに対して相手がフォロー(良い意味で反論する感じ)してくれて、それをまた私が「そんなことないですよ」や「そうですかねぇ?」みたいに、再度へりくだった(謙遜した?)感じに話したら「せっかくこっちが良いように話してるんだから、少しは自分でも良いように考えなよ!」ってある人から注意されてしまいました。 人から認められるような発言は私にはちょっと恥ずかしいというか照れてしまうものありますし、何より慣れてないからか「本当はそんなこと思ってない」って思ってしまってあまり信用できないんですよね(汗) あと、自分では謙遜のつもりで「僕にはみんなみたいに、あんなにうまくでませんよ(苦笑)」って話したら、その上記と同じ人から「『できない』っていうなよ!初めから『できない』って決め付けるのはやめなよ!」って注意されたこともありました。 『どっちがあってる』とかはないのかも知れませんが、みなさんはどう思われますか? この先の自分の参考にしたいので、みなさんのご意見を伺いたいのです。 よろしくお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

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  • aketone
  • ベストアンサー率22% (217/966)
回答No.4

なんでも程ほどがいいと思いますよ。 その人はポジティブ思考、かなりの自信家なんでしょうね。 ある意味、裏を考えない、真っ直ぐな人かも知れません。 貴方は褒められる事に慣れてないし、照れて素直に褒め言葉を受け取れなくて相手に気を使う意味で自分を謙遜しても、理解出来ないのだと思います。 人間関係は難しいと思いますよ、相手が気を使って褒めてくれた事を真に受けて素直に取ったら取ったで「うぬぼれて」と思う人もいると思いますし。 先にも書いた様に何でも程々がいいと思いますよ。 一度目は謙遜して二度目は素直に受け取るとかね。 あまり自信家も鼻につくし、自信がない人も鼻につくしって所かと思います。

straightlike
質問者

お礼

最後の最後に、自分がどうすれば良いのか分かるような発言をいただきまして、本当にありがとうございます。 程々…一度目は謙遜して、二度目は素直に受け取る。自分にとっては、それこそやってみる価値アリ!って部分です。

その他の回答 (3)

  • tacop
  • ベストアンサー率75% (867/1154)
回答No.3

自分を下に置くことで相手への尊敬を表す「謙譲」は日本人の美しい習慣の一つだとは思いますが、あまりにもそれが過剰になると「卑屈」や「逃げ」のような後ろ向きの考え方に取られる可能性もあるかと思います。 質問者さんに苦言を呈したその方も、質問者さんの言動にそうした感じを抱いたのではないでしょうか。 最初の場合のように自分が謙遜して言った内容を相手が「そんなことない」と否定してくれた場合は、重ねて謙遜すると相手の言い分を否定してしまうことになります。 自分のことを相手がよく言って下さるならそれを受けて、「ありがとうございます。○○さんにそういって頂けると自信が持てます」など、相手の言葉を肯定する回答をするほうがいいのではないでしょうか。 2つ目についても(謙遜だとしても)「出来ません」というのではなく、「自分もあんなふうに出来るようになりたいですね」くらいの前向きさがあったほうがよかったと思います。 (特に仕事の場面だったとすれば) あまりにも最初から自信満々なのもどうかと思いますが(笑)、控え目すぎるのは相手にマイナスのイメージを与えてしまうことがありますので注意されるといいのではないでしょうか。 ご参考まで。

straightlike
質問者

お礼

ものすごく分かりやすい説明で感謝です。 要は『やり過ぎ』なのですね(^^; 相手が良い評価をしてくれたことに対してまで謙遜してしまうと、いくら謙遜だと思ってした発言だったとしても相手の発言を否定してしまう…納得です。 前向きな考え方・発言ができれば良いと。 すぐにできるとは思いませんが、がんばってみようと思います。 どうもありがとうございました。

回答No.2

質問者様のおっしゃっている行動は謙遜ではなく【諂い】ヘツライになってしまうと思うのですが・・・どうなのでしょう? 諂い、つまり【おべっか,ごきげんとり(御機嫌取り】という意味です。 謙遜は【〔控え目にする〕〔へりくだる〕謙遜して物を言う 】という意味ですよね・・・。 ですから、相手の方が自分の事を良く評価して下さった事に対して否定する必要性はないのでここは【ありがとうございます。その様に言って下さり感いたします】と謙遜に他人の評価を認めることが謙遜の意ではないのかとか思いました。 逆に諂うはどこまでも相手の顔色を伺っているために他人の評価を良く思う以前に違った部分に気が回ってしまうのではないのかと思いました。自己が間違った言葉遣いをしていないかが一番の関心事だったために相手とのコミュニケーションがうまくいかないのでは謙遜という語意から誰に対しての対象相手の部分が欠落して意味がなくなってしまいます。 今回の場合、相手は気を使って褒めてくださったのですから、その感情をくんで感謝の意を示すことが正しい対応だったのだと思うのですが、相手の反応を気にしてしまい、諂う形になってしまったため、その意図に相手が気付き感情を害してしまったのかと思いました。 一度謙遜な態度で自分を低く表現するのは効果的ですが、どなたかが褒めてくださった事に対しては感謝の意を表明する事が適当だったのではないかと思います。日本語は難しいですが、常に相手が何を意図して話しているのか気を使うことがコミュニケーションの上で一番大切な事になるのではないのかと思いました。 少しでも参考になれれば幸いです。

straightlike
質問者

お礼

へつらい…。そんなつもりは全くないのですが…相手がそう思われたのならそうなのかも知れません。 相手の顔色を伺いながら、自分が間違った発言・言葉遣いをしていないか?を重点に考えてしまっていたという部分は耳が痛いです。 つまりやり過ぎて、相手に気に入られようと話をしているのがばれたということですね。 良い評価を受けたのなら、それが相手の真意かどうかは別として、素直に感謝の意を表明する方がいいわけですね。分かったとしてもそう簡単にはうまい対応ができるかは分かりませんが、がんばってみます! どうもありがとうございました。

noname#96023
noname#96023
回答No.1

状況のすべてをわかっているわけでないのですが 文を読んでいる限り、あなたのは「謙虚」と言うより「消極的」ですね。 自分で十分できていると思うならともかく、そう思わない無いなら「もっと頑張りますのでご指導お願いします」と言うのが謙虚な姿勢でしょう。

straightlike
質問者

お礼

『マイナス思考』や『ネガティブシンキング』は、結構言われます。 私の説明が曖昧だったようで…少々、イメージされたのと状況が違うように思われるので何とも言えませんが、そのようになった場合の参考にさせていただきます。 どうもありがとうございました。

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