>もみ合いの中、必死の抵抗の中で、相手の暴力を止めさせる方法は、自分からその暴力以上の暴力を振るうか、暴力をやめろ、訴えるぞ、という言葉の抵抗しかないのではないでしょうか?
防衛のための必要最小限度の暴力は可能です。
>訴え方は事後処理で十分と考えますがいかがでしょうか?
それとも、日本国民は、このようなことに遭遇しないために、事前に刑法・民事等々頭の中に叩きこんで置かないと、どうしょうもないことなのでしょうか?
このような事に遭遇しないために、人間関係を学ばれてはいかがですか?
相手の様子を見て一歩下がるのも必要ではないですか?
また法律は国民に知らしめるために公布されています。最低限度の知識は必要だと思いますよ。
>そのような所が存在するのであれば、教えて下さい。
ご自身で調べて下さい。
>知らずに言葉を発した場合に於いては、発した側の犯罪等ございますでしょうか。
言葉の暴力は否定されるわけですね。
発言内容によっては酌量されますよ。
>よーく考えてる最中です。
何を考えられてますか? 訴えが可能だから訴えるのではなく、社会人としての対応を考えるべきですね。社内での出来事のようですしね。
>加害者と被害者では、被害者が悪いことと認識した方がよいのですね。
法律的に加害者は犯罪者です。が、道徳的善悪で判断すれば被害者が悪い場合もあるのではないでしょうか?
>貴重なご意見ありがとうございました。
貴重な回答なので是非とも参考にすべきですね。
そもそも、訴えるぞと簡単に言う人間はどうしようもない人間が多いですね。これは偏見ですが、経験上、そう判断します。 何故口論になったのか、相手が開き直る(謝罪無くどうぞ訴えて下さいというのはよほどの事ですね)までに至ったのかをまず考えるべきではないですか?
また、社内での出来事ですから、上司に報告、対応を相談するのが普通じゃないですか?
金銭を請求してやろうという魂胆がミエミエな質問でしたのでそのような回答をさせていただいた訳です。
お礼
金銭の請求が目的であれば、タイトルにそのように書き込むことになるでしょうね。 目的は暴力行為の相手からの謝罪です。 謝罪があれば、ここに書き込むこともないし、民事も警察や検察庁への届け出も必要ない。 例えば、告訴した場合、告訴状の取下げ示談交渉で相手が謝罪しなければならない。 又は、本当に準備しているという情報だけでも謝罪がくる場合もあるでしょう。 相手との論点の立ち位置の違いもあってでしょうし、しかしながら 一歩引くタイミングのズレの善悪はあるでしょう。 暴力至ったプロセスと暴力行為は別物と捉えますし司法の判断でしょう。 人間関係が素晴らしく良くても、いつ何時暴力がやってくる時代ではないのでしょうか。