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万葉集の、柿本人麻呂さんの
天(あま)離(さか)る、鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ、恋ひ来れば、明石の門(と)より、大和島(やまとしま)見ゆ これの意味は、 都から遠い鄙(ひな)からの長い道を恋しく思いながらやってくると、明石海峡から、(なつかしい)大和の地が見えます。 ということらしいですが、結局、作者はどういうことが言いたかったのでしょうか???
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質問者が選んだベストアンサー
当方、専門家ではないので、あくまで私見ですが、万葉集ぐらいの年代の和歌だと、心理描写というよりは情景描写の和歌が多いです。なので、この歌も作者の「懐かしいなぁ」という懐郷(ふるさとを懐かしむこと)の念に駆られて詠んだ歌なのでは??と思います。
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noname#37852
回答No.2
人麻呂さんは歌にいろいろ想いを隠しているという説も多いので、額面どおりの意味だけかどうかは・・・・。 私もあんまり知らないので、回答はできませんが。 その歌が出てくるのか来ないのか分かりませんが、梅原猛さんが人麻呂研究なさっているようです。