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発見された事実についての知的所有権
あるメディアやある人が調査して明らかになった事実は、 その後誰かがその事実を著作に表した場合、著作権もしくは何かの知的所有権の侵害になるのでしょうか? 例えば、あるジャーナリストが、ある事実(「●月●日、●は●で●していた」のようなもの)の証拠を入手し事実として公表した場合、 それを自分の著作や論文で「事実」として利用して問題ないのでしょうか? 「誰が入手した情報だ」、というようなことを明記しなければいけないのでしょうか?
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法律的には、2つの論点があります。 (1)何が著作物であるか。 「事実であれば著作権に抵触しない」ということではありません。 同じ「事実」でも、その表現に創意工夫がある場合、表現そのものは著作物として認められます。 たとえば、死亡記事であっても「○○×男さん ○月×日肺炎のため死去。○○歳。連絡先はどこそこ」といった類のものは、まさに著作権法10条2項に該当し著作物とはされませんが、その業績等にも言及したような何段かにわたる死亡記事は著作物と考えられます。前者についてはどの新聞でもほとんど変わりありませんが、後者については新聞によって、書く記者によって、まったく違うものになりますよね。 ルポやノンフィクションは、ほとんどが著作物であると考えられます。 (2)「著作物」とその背後にある「事実」「アイディア」との違い さて、同じような死亡記事でも著作物になる場合があるとご説明しましたが、それでは、著作物である死亡記事を読んで、自分の発表する文章に「■■という業績のある○○さんが○○歳で死亡した」と書くことは、著作物の利用として著作権の対象になるのでしょうか。 この場合、著作物として保護されているのは、死亡記事の表現そのものであって、その背後にある「事実」ではありません。したがって、死亡記事を読んでわかった事実について、自分の表現で書くことは、著作物の利用には当たらず、著作権の対象ではありません。 ただ、注意しなければならないのは、ただ元の記事の一部を書き換えただけのような場合には、著作物の利用(翻案)となってしまいます。元の著作物の創作性などを利用していないかどうかに留意する必要があります。 さて、法律と離れて、ある新規に「発見」された事実を述べる場合、その論拠を示すのは、当然のことだと思います。自分が、第一「発見」者と同様の調査をして、同様の事実に行き当たったのであれば、第一発見者に言及する必要はないでしょうが、自分が元の証拠に当たらず、第一「発見」者の著作だけを元にして論述するのであれば、自分が依拠しているのはその著作であることを示す必要があるでしょう。それが、誠実な論述の方法であり、特に学術分野においては最低限の決まりごとです。
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- patent123
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著作権法は著作物を保護するものであり、著作物について定義されています。 そして、単なる事実の表現は著作物に該当しないことが多いようです。 第10条2項 事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第一号(10条1項)に掲げる著作物に該当しない。
お礼
ありがとうございます。 事実であれば著作権に抵触しない、ということですね。 ということは、ノンフィクション、ルポのたぐいで、証拠をもって証明されている事実であれば、ほとんど自由に使用できる、ということですね。 また、例えば、歴史家が新しく発見した歴史的事実、などはもちろん利用可能であるということですね。
- utama
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「事実」そのものは、誰か一人が独占するということにはなじまないものですから、著作権や知的財産権という観点からは、特に問題ないと思います。 もっとも、法律論ではありませんが、事実として指摘するのであれば、それなりの証拠または出典とともに提示しないと、その著作や論文自体の信頼性が損なわれるのではないでしょうか。
お礼
ありがとうございます。証拠の記載はもちろんです。 ということは、ノンフィクションやルポの類は、その事実を使用することにほとんど問題がないということでしょうか。
お礼
ありがとうございます。 仰るとおりだと感じます。 出典を明確にすることは法律以前の話として理解しています。 重要なのは、ノンフィクションの内容であっても「事実」ではなく「表現」は保護されるものであるということですね。 今回は、私の調査し発表した事実について、第三者が事実の部分のみを抜き出し表現を変えて自明のものとして利用しました。 それはいかがなものか、と思ったのが質問のきっかけです。 結局、新聞記事、ノンフィクションなどの事実と基調とした文章は、表現を変えることで著作の内容を利用されやすいということがわかりました。 それほど複雑な事実でもない限り、表現を修正して事実を抜き出すことは容易ですからね。 ただ、出典を明記しないことで、事実を利用した著作の信憑性が低下することは当然ですが。