すべての可算名詞はtheを使った総称表現に使えるか
the 名詞を使った総称表現についてご意見を聞かせていただければありがたいです。
まず、私の考えを示しますから、それについて賛否なり、修正なりをお願いしたいと思います。
The lion is a wild animal. は総称文です。the lionは個々のa lionが持つ差異を捨象して共通項を取り出した結果得られたもので、典型または代表とも言うべきものです。
では、いかなる可算名詞でも総称表現の文に使えるのかということですが、そのものの上位カテゴリーさえ明示すれば問題なく使えるように思えます。というのは、以前の投稿<in the summerは総称表現か>でも述べましたが、総称表現のthe名詞は特定のカテゴリーを表し、同時に上位カテゴリーの成員でもあることを表します。もっと言うと、獲得した知識の効率的な運用のためにも概念間の階層構造を作るために必要とされたものだと思います。ちなみにthe lionの上位カテゴリーはa wild animalです。
ところで、the+名詞を使った総称表現に使われやすいものと使われにくいものがあります。解説書などには動植物とか発明品とか楽器とか職業などだと使われやすいと書いてあったりします。それ以外の名詞だと使われにくいとのことです。
ネイティブスピーカー達も同じようなことを言います。なぜそうなのかを述べた人が少数ながら日本の研究者の中にいました。動植物とか発明品とか楽器とか職業とかは中身が単純なものではなく、複雑で高度な仕組みや枢要部分を持っているからだと言います。そうしたものは、個々の差異を捨象することが容易なのでカテゴリーの中の典型・代表を表すことができるからだというわけです。たしかに一理あります。
ここで問題が一つあります。
the lionの典型・代表たるゆえんは差異を捨象して後に残った共通点を持つことにあります。だったら、共通点は複雑で高度な仕組みや枢要部分といったような大げさなものだけでなく、速く走れることとか、どう猛であることとか鋭い爪や牙を持っていることなども当てはまります。
The lion is a wild animal. と言う時、この文からイメージされるのは、高度で複雑な機能より野生的な外見だと思います。よって、典型・代表であるための絶対条件として複雑で高度な仕組みや枢要部分が特に言及されることには違和感があります。いかがでしょうか?
次の問題点に移ります。動植物とか発明品とか楽器とか職業のような名詞以外のものは総称表現に使えない、あるいは使いにくいということですが、本当にそうなのでしょうか。
そう言う人たちの一人が、theを使った総称表現に使わない名詞としてbookをあげていました。個別の差異を捨象して共通項を取り出そうにも差異がどこにあるのか判断しにくいと主張しています。
ところがbookの場合でも文脈さえ整えれば、つまり上位概念さえ明示すれば難なく使えます。
例えば、When it comes to tools for developing culture, enlightening people and bringing entertainment to life, the book is more easily accessible one than the play and the cinema. といったふうに、上位カテゴリーをa tool for developing culture, enlightening people and bringing entertainment to lifeだと明示して、おまけにbookと同レベルのカテゴリーの他の要素まで並べてしまえば、この文を容認しない人はいないと思います。
the bookを使った総称表現の文を実際に作ることができたということは、booksが持つ個別の差異が捨象されて共通部分が取り出されたことになります。
総称表現のthe 名詞は特定のカテゴリーを表し、同時に上位カテゴリーの成員でもあることを表すためのものであるとすれば、上位概念さえ明示すれば問題なく総称表現として使えるはずです。非常に単純なアメーバやチリや埃などについても上位概念さえ明示すればOKということになります。この考えでよいのでしょうか?
3つ目の問題点に移ります。
なぜ動植物とか発明品とか楽器とか職業のような名詞以外のものが総称表現に使えないのかということですが、動植物はもともと生物学や分類学などにおいて上位概念と下位概念に区分されやすいものなので、上位概念さえ明示すれば問題ないと思われます。
楽器とか職業はその性質上、特定の具体物と混同されるおそれが少ないのではないかと思います。The doctor must always be patient. と言う文において、特定の医者だと受け取る人はいないでしょう。
ところがthe bookの場合、例えばThe book has enlightened and enriched our life long since. といったような文は総称表現としてはなかなか容認されません。the bookに「その本」の読みがありうるからだと思われます(「その~」の読みが可能な場合はそちらが優先されるものと思われます。その方が総称表現より普通の言い方だからだと思います)。
書物(特に古典)の中には何世紀もあるいは(聖書のように)もっと古くから読み継がれるものがあります。楽器の場合は、よほど名の通ったストラディバリウスでなければまずありえません。
例えば、The violin has been used for about 4 centuries to be used in orchestras, and has shaken people's heart. と言う時、楽器として総称的に述べられているとも言えるし、特定のストラディバリウスの名器なのかも知れません。この世には長い歴史に耐える優秀なものがありますから。おそらく、特定のヴァイオリンの読みが優先されると思います。
というわけで、私の結論は、動植物とか発明品とか楽器とか職業のようなものが総称表現に使われやすいのは、それらが複雑な仕組みや統合的機能を持っているからではなくて、単に、具体的や特定物「その~」と解釈されるおそれが少ないからではないかと思います。いかがでしょうか?
4つ目の問題提起に移ります。
先ほど、可算名詞の場合、上位概念さえ明示すれば問題なく総称表現として使えるはずだと述べましたが、たしかに数えられるものであればどんなものでも、原則的に総称表現として使うことができるはずです。それができないのは、原理的に上位カテゴリーを想定できないものの場合です。例えば、objectやthingやcreatureです。
Objects exist in time and space. はOKでもThe object exists in time and space. とは言えません。実際、様々なobjectやthingやcreatureは漠然としすぎて、個別の差異がどこにあるのかわかりづらいように思います。おそらくそれらのものは全体で一つの統一的なものなので差異に言及することに意味がないのだと思われます。この考えでいいのでしょうか?
5つ目の問題提起に移ります。4つ目と関連しています。
objectやthingやcreatureに上位概念を想定できないということは、これら自らが上位概念であって、これ以上の上位カテゴリーが存在しないということだと思いますが、そもそも最上位の概念は何なのでしょうか。ひとつだけ存在するのでしょうか。それとも複数の基幹上位概念が存在すると考えるべきなのでしょうか。ご意見をお待ちしています。よろしくお願いします。