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ふるさとをとうひとあらば
我が家の掛け軸の一つに、次のようなものがあります ふるさとをとふひとあらば山桜 散りてののちをまてとこたへよ 書かれたのは、ある書家の方です。 出典、正確な意味が知りたいのです。 軸などの整理をしていますので。
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勅撰和歌集の第六番め(八代集の第六)『詞花和歌集』の中の歌です。 巻第一・春の部の28番め。但し、初句は「ふるさとを」ではなく「ふるさとに」です。作者は右近中将教長(藤原教長)。 詞書に「新院の仰せにて百首歌奉りけるによめる」とあります。新院とは崇徳院。 「ふるさとに問ふ人あらば山桜散りなん後を待てと答へよ」 意味は、「もし、私の留守中に、故郷(私の家)に客人があり、私はどうしているか、どこにいるか、と消息を尋ねたならば、私は遠く山に入って山桜の盛りを観賞しているところなので、この山桜の花が散った後に帰るから、それまで待っていてくれるように答えて(伝えて)おいてくれよ。」 家からかなり離れた所で山桜の名所を尋ね、その盛りを鑑賞している所。その山桜の素晴らしさを強調するために、このような持って廻った表現を使ったもの。もし誰か私の留守中に訪ねてきて、私のことを尋ねたなら、今、私は山桜の盛りをめでている所だから、ここをすぐに立ち去ることはできない。せめてこの山桜が全部散ってからでなければ、家に帰る気はしない。だから、客人には、桜が散るまで待っていてくれるように伝えておくれ。ということです。百首連ねたものの一つですから、実際山桜を見ていて詠んだ歌ではなく、観念的に作り上げたものです。
お礼
丁寧なご回答を頂き、本当にありがとうございます。 字を読み違ってしまって お恥ずかしく思います。 実際の軸を見たのではなく、デジカメの写真を見ていて 注意が足りませんでした。よく見ますと、確かに「ふるさとに」です。 意味は、私の考えたのと全く違いました。 私は、「山桜散りなんのち」(ここも間違って読んでいました)を、自分が死んでしまってから、または 自分が隠居してから、というようなことかと、勝手に文学的に(?)考えていました。 このページを印刷して、ノートに貼っておきます。正しい事がわっかて、嬉しゅうございます。 本当にありがとうございました。