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「後」の字が諡(おくりな)に付く歴代天皇の「後醍醐」「後奈良」の違いは?
■「後」の字が諡(おくりな)に付く天皇がいらっしゃいます。有名な「後醍醐天皇」もそうですね。歴代天皇一覧をぼんやりと眺めていたら結構たくさんいらっしゃいました。 ■ところで「後醍醐天皇」「後鳥羽天皇」にあって「後深草天皇」「後奈良天皇」などにないものは何でしょう? ■...といっても、歴史的に有名、無名ということではありません。後者には皇統を辿っても先代に「後」のつかない「深草天皇」や「奈良天皇」が出てこないのです。 ■これはいったいどうしてなのでしょうか? ■今まで天皇の諡に「後」の一字を入れるのはその天皇にとって敬うべき対象となる先代があった場合なのかと思っていましたが、ちょっと考えが違うんでしょうか?史学に強い皆様、どうぞお導きくださいまし。
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天皇の称号には「謚号(しごう)」や「追号(ついごう)」などがあります。 「謚号」は、天皇の生前の業績を称えておくられ、 「追号」は、天皇と縁のある地名などに因んでおくられます。 「追号」と「謚号」がある場合は「謚号」が用いられます。 第58代の光孝天皇までは「追号」の他に「謚号」もおくられていました。 (その後もいくつか例外的に「謚号」をおくられた場合もあります) つまり、天皇にはいくつかの別名がある場合があるのです。 「深草天皇」(追号)=第54代「仁明天皇」(謚号)です。 「奈良天皇」(追号)=第51代「平城天皇」(謚号)です。 他にも第100代「後小松天皇」、第104代「後柏原天皇」、第108代「後水尾天皇」も 同様に「後」のつかない天皇が見当たりませんが、それぞれ 「小松天皇」=第58代「光孝天皇」 「柏原天皇」=第50代「桓武天皇」 「水尾天皇」=第56代「清和天皇」 なのです。
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- o24hi
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こんばんは。 後深草天皇、後奈良天皇に限らず、後小松天皇や後柏原天皇も系図では小松天皇や柏原天皇は存在していません。 これは簡単なことで、天皇には現在の諡号のほかにもいろいろな名前があるからです。 小松天皇は光孝天皇、柏原天皇は桓武天皇なのです。また、舒明天皇は岡本天皇で皇極天皇は後岡本天皇なのです。醍醐天皇は後山科天皇で宇多天皇は朱雀太上天皇です。 ちなみに、後深草天皇は、第54代「仁明天皇」の別称が深草帝だったため、それにちなんで付けられました。 また、後奈良天皇は、第51代「平城(へいぜい)天皇」の「後」なのです。 変に思われるかもしれませんが、奈良では「平城」と書いて「なら」と読むことがあるからです。「平城山(ならやま)」という歌がありますね。
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■詳しい解説ありがとうございました。そう言えば「平城」を「ナラ」と読むことがあることを思い出しました。 ■また教えてくださいね♪
- kyonkichi
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#1さんの回答のとおり、 奈良天皇=平城天皇を指します。
- kyonkichi
- ベストアンサー率31% (12/38)
#1さんの回答のとおり、 奈良天皇=平城天皇を指します。
お礼
■参考URLのご投稿ありがとうございました。勉強になりました。自分でももう少し研究してみたいと思います。
お礼
■丁寧なご回答ありがとうございました。 ■...う~む、なるほど♪ 「追号」というものがあることは知っていましたが、このようにクロスしているとは思い及びませんでした。 ■またお見かけになったらよろしくご指導ください!