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勧送迎会で寂しい気持ちになる自分の気持ちとは?
- 任期満了により、もうじき今の職場を離れます。今の職場での人間関係が円満であり、みんなへの思い入れもあり、入れ替わりで入ってくる人が羨ましいです。
- 勧送迎会で自分がいないことを考えると、寂しさで胸が詰まります。感謝の気持ちを伝える場という見方もありますが、既に充分と思えるほどの感謝を一人一人に伝えました。
- 同じような経験をされた方々のお話や、送る側の方の意見を聞きたいです。
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質問者が選んだベストアンサー
寂しいけど最後に笑って去りたいという気持ちで送迎会に出たことがあります。 自分が入社する際に歓送迎会があって退社する人と入社する自分が同席したこともありますがその時は退社する人の会みたいになってて場違い感を感じました。 送り出す方としての経験としては、いろいろな事情がありますので感情も色々です。 こんな糞会社早く辞められていいなーとか、もっといて欲しいのにとか。 これは人それぞれでは無いでしょうか。 最後の会で仲良くなって退社後も飲みに行ったりする人も居ました。 なので悪い事だけでは無いですよ。 送ってくれる人が居るだけで幸せな事です。
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- R. T.(@rinritu)
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ご自身の職場での任期満了による退職について、寂しさを感じられる様子ですね。新しい人が入ってくることで、これからの職場での人間関係や雰囲気が変わってしまうことが不安に感じられているのかもしれません。 同じような経験をされた方はたくさんいらっしゃると思います。私も以前、職場での任期満了による退職を経験しました。職場での人間関係や雰囲気がとても良かったため、退職することで寂しさを感じることもありましたが、同時に新しい環境でのチャレンジや成長の機会を得ることができたことも楽しみに感じていました。 送る側の方の意見としては、送られる人が寂しさを感じることを理解し、思い出に残る送別会を企画することが大切だと思います。また、送られる人に対して感謝の気持ちを伝えることで、その人の今後の活躍を祈ると同時に、職場での人間関係をより良好なものに保つこともできます。 最後に、新しい環境でのチャレンジや成長の機会を楽しみにしてみてはいかがでしょうか。
お礼
さっそくご回答いただきありがとうございます。 こうして文字に起こすことで、もやもやした気持ちが言語化され整理されていくのを感じます。 こちらの立場を想像した上でお答えいただきありがとうございます。今回の件では、距離が離れてしまうので、その職場の環境変化は私には影響がありません。 自分への興味が薄れ、忘れられてしまうことへの寂しさを感じているのかもしれません。きっと私は寂しがり屋なんでしょうね、社会人としてはどうかとは思いますが。 ありがとうございます、私も新しい自分に見合ったところに行くとは思っていますので、がんばります。ただ、やはり会に参加するかはまだ悩みます。
お礼
ご回答いただきありがとうございます。 確かに、勧送迎会では入ってくる人より出ていく人の方が仲が良いだけでなく、もう会えなくなりその人と過ごす最後の時間という人もいることから、どうしてもそっちに重きが置かれるでしょうね。入ってくる人とはこれから仲良くなる時間がたっぷりある訳ですし。 寂しいけど最後に笑って去りたい、ですか。そうですね、その人たちに残る最後の印象ですもんね。終わり良ければ全て良しという訳ではないですが、お互いにとって今までの思い出が良いものであればあるほど、それら全体の総括、最後のラッピングも素敵なものでありたい。そうすれば、素敵な思い出というくくりでお互いを思い出せるかもしれません。 私は失うものばかりに目がいっていたかもしれません。表裏一体で、失うものがあれば得るものがある。それに、別れが終着点ならそれは寂しいものですが、ここはまだ一通過点に過ぎないですもんね。ここで終わるわけじゃない、人生は続いていく。 そもそも、自分も含め人は忘れゆく生き物ですから、はなから忘れられることを悩んだり寂しく思うだけ無駄なのかもしれません。それを大前提として、だからこそいつまでも記憶に残る存在となれたなら、それはとても素敵なことだと思います。そして、傲慢ではありますが、そういう人でありたいと思っています。 視点が現在から未来へ徐々に向き始めました、ありがとうございます。