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92歳、転院して回復の見込みはあるでしょうか。

はじめまして。 92歳の祖父の件で、どうすることが最善か知識がないため相談をさせてください。 足腰がままならず田舎の老人ホームに入所している祖父が昨年9月中旬に熱がなかなか下がらず、 病院に行ったところ誤嚥性肺炎で、また片手を骨折していたことがわかりました。 おそらく発覚する前から体がきつく痛みもあったと思いますが、我慢強い人なので堪えていたのだと思います。 (同居の話もありましたが、その場所を離れたくないということで老人ホームから1時間半ほどの場所に祖父の娘である母と私は住んでいます。祖母も祖父と同様、車椅子生活で2人は同じ老人ホームに入居しています。) 入院してからも、 なかなか抗生物質が効かない状態で、 物も食べられず肺に水が溜まり、翌月危篤状態になりました。 親族も集まり、あと何日持つかという状況でしたが、 なんとか奇跡的に持ちこたえ、 11月に入ってからは、寝たきりではありましたが食欲も戻り、 週に一度様子を伺いにいく程度で安心できるほどに回復していました。 昨年最後に祖父の元を訪ねたのは12月22日で、そのときも変わりはありませんでした。 なんとか新しい年を迎えることができ、新年の挨拶に元旦に伺ったときのことです。 明らかに痩せていて、痰が絡んでいたこともあるのでしょうが声もか細く、元気がないように見ただけで感じました。 山の麓にある田舎の病院で、 年末年始は担当医師がいないことがあり、処置や検査などができず、看護師さんが頻繁に様子は見てくださっているようでしたが。。 数日前から食欲がなく、 食べても入らないような状態でしたが、点滴もされていませんでした。 本人は気力があり、ミキサー食を頑張って食べようとするのですが、食べたと思ったらおそらくほとんど戻すような。。 食事中は感覚的に3分間に1度くらい、ティッシュに戻していました。 翌日、病院から電話があり、 看護師さんが祖父の片足の色が悪いことに気づいて下さって、やってきた医師に確認したところひざ下の脈がないと。 血栓ができている可能性があるが、その病院での検査が来週月曜8日しかできないとのことでした。 私は前から思っていたのですが、 病院はよくしてくださっていますが、決して大きな病院でないため、転院してもっとちゃんと診ていただいた方がいいのではないかと思っていました。 本人に気力があったからです。 ですが、親はこの状況で転院しても同じだと言います。 また今日、病院から電話があり、足の色が想定より早いスピードで悪くなっていると。壊死している可能性とあると。 この状態ではいつ何があってもおかしくない。と。 意識も今日あったりなかったりすると、昨日とは全く違う連絡がありました。 もっと早く大きな病院で、 年末年始など関係ないような病院にいれば、もっと早く見つかりこんな事態にならなかったのではないかと、何度も思いました。 いま、この状態で転院するというのはもう意味がありませんか。祖父にとってきついだけでしょうか。 どうすることが祖父にとって1番いいのでしょうか。 元旦に、祖母宛のメッセージ動画で「今年もがんばりまーす!」と声を振り絞って言っていた姿を見て、 大好きな土地を離れても私は延命してほしいと強く思っています。 家族のエゴでしょうか。 病状がいまいちわからないのに、年齢が年齢だからと半ば諦め気味の家族に対してこれでいいのかと悶々とした気持ちを抱え、ご相談させていただきました。 最後までご覧いただき、ありがとうございました。 なかなか会話ができないので、祖父にとって1番最善なことが、なんなんだろうとずっと考えています。 アドバイスいただけたら、幸いです。 明日朝一で親戚一同意識あるうちに集まろうとなり、田舎の病院に向かいます。

みんなの回答

  • yaasan
  • ベストアンサー率22% (2726/12281)
回答No.7

何より本人の意思です。今更になるかも知れません、元気な時にちゃんと意思を聞いておくべきだったと思います。聞けるなら聞きましょう。 もし聞けないなら、どうしましょうか。ただし、延命は苦痛です。回復の見込みが体力を含め、大きな割合であるなら、転院でも何でもして回復を目指すべきかと思います。 しかし、回復のために辛い治療が始まって、治る見込みも五分五分以下とかなると結局は最後の最後に苦痛だけ与えてしまうような結果にもなりかねないです。 お医者さんと家族とよくよく相談して方針を決めましょう。そして一度決めたら、それが最善と確信しましょう。 どんな思いがあっても自分の我が先に来ては上手くいかないですよ。

  • tarohkaja
  • ベストアンサー率29% (66/221)
回答No.6

百一歳まで三週間の親と暮らしています。 これから苦しむ病気にならなければよい、眠るように逝ってほしいと思う毎日です。 環境が変わることは、精神に悪い影響を及ぼす恐れがあります。 ご心配はお察ししますが、転院は、肉体にも負担が大きいものです。 経過をよく知ってるはずの医師の意見が重要です。肉親の思いは大切ですが、医学的な判断がなにより重要です。 孫であるあなた、子供であるあなたの親、そこに考えの違いがあるようですが、医学の専門家がどう考えているかを確かめた上でのご家族の判断です。

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11082/34532)
回答No.5

>どうすることが祖父にとって1番いいのでしょうか お祖父ちゃんの望むようにですかね。私は全身管だらけにされて、人工呼吸器と薬と点滴で生きているような状態にさせられるのは望みません。でもそれは私個人の生命観であって、たとえ全身管だらけになって自分の意識がロクになかったとしても1秒でも長く生きたいと生きることに執着する人もいます。どちらが正しいというのもありません。 「もう一度退院するぞ」という気力がお祖父ちゃんを支えているのは間違いありません。その気力が尽きたときが人生が終わるときなのだと思います。 まだ若いうちは分からないでしょうが、人間て不思議なもので、年をとるとどういうわけか「自宅で死にたい」って思う生き物なんですよね。都会の病院に行くということは、それだけ自宅から遠く離れるということにもなるのです。

  • cactus48
  • ベストアンサー率43% (4480/10310)
回答No.4

祖父の方が言われている、その場所と言う言葉が引っ掛かります。 生まれ育った家や老人ホームや現在住んでいる家も、全て同じ地域 にあると考えて宜しいでしょうか。 推測になりますが、祖父の方は生まれ育った地域で天命を全うした いと思われているようです。ですから祖父の方の願いを優先させて 考えた方が良く、それが祖父の願いであり一番最善の事になろうと 思います。生まれ育った地を去って人生の終焉を迎えるのは、祖父 にとっては本意の事では無いと考えます。 祖父の方がまだ対応が出来る状態であれば、祖父の方の願いをまず 聞きましょう。聞いて言葉を尊重し叶えて上げましょう。 もし転院させてしまったら、転院当日に容体は急変して帰らぬ人に なる可能性は大きいです。それじゃ悔いだけが残りませんか。

  • qwe2010
  • ベストアンサー率19% (2193/11074)
回答No.3

老衰ですね。 食事がとれないのは、その為です。 何もしないで、自然に逝かせてあげるのが、一番良い方法です。 悪いところが見つかっても、治療方法はありません。 体が壊れてきているのですから、治る見込みはないのです。 延命することは、本人を苦しめるだけです。 長く生きる、良いと思うでしょうが、とても辛いのですよ。 目も見えにくくなる、耳も遠くなる、今まで出来ていたことが、少しづつ何も出来なくなってくるんです。 トイレなど、自分で行きたいでしょう。 他人におむつでとって貰うなんて、嫌でしょう。 でも仕方がないのです。自分ががんばっても出来なくなるのですから。 そのつらさ、毎日介護をしてきた人にしか理解できないでしょう。

noname#232800
noname#232800
回答No.2

専門家ではありませんが、同じとこに入院できない、期間が決まってると 思いました。新しい病院に転院するには、判定会議の認定がないと病院、老人施設が決まりません。 介護保険の話ですね。 これは自治体によって差異がありますので、詳しくは民生委員などに聞いてください。 ご家族としては、長生きしてほしいと思いますが、この認定会議で介護度が低いと個人負担が多いんです。つまり、生きるのにはコストがかかるということです。 しかし、80にして惑わず、90にして天命を知る、100にして耳順・・・だと思います。 おいそれと「長生きしてね」は「ご家族にお金を出してね」となるので、声高には言えませんが、100歳ぐらいの時代です。100歳になると、広報誌に載ってお祝いをもらえます。 それからで良いと思います。別の世界に行くのは。

  • tracer
  • ベストアンサー率41% (255/621)
回答No.1

お気持ち察します。 しかしながら、あなた、もしくは、周りの方ができる、おじいさんにとって最善なことは、おじいさんにしかわかりません。本人の価値観がすべてだからです。仮に本人が延命を望んでいないのだとしたら延命措置をとることは、病人いじめにほかなりません。 おそらく、ほとんどの人が望むことは、健康で長く生きられることです。寝たきりから回復の見込みなく生きることを望む人は多くはないでしょう。 残念ながら、人は必ず死ぬのです。 そしてできれば幸せに死んでいきたいのです。 長く息をすることが幸せだと感じる人はとても少ないでしょう。 まともに会話ができる内に、真剣に命について本人と語らいの時間を持つことを強くおすすめします。その話し合いの中で、あなた、もしくは周りの方の援助で、本人に強い希望が持てる場合は、結果がどうであれ、転院をして最善を尽くす手段を取るのがよいのでないかと想像します。結果ではなく、本人の意思に沿っているかどうかが本人の幸福感にとって重要だと思います。

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