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レーテマとレアタの頂上を守るフリース中佐とトンプソン少佐
- レーテマとレアタの頂上を守るフリース中佐とトンプソン少佐。
- 戦闘の結果、ドイツ軍は撤退し、フリース中佐とトンプソン少佐はその地位を維持。
- フリース中佐とトンプソン少佐はその果敢な行動により、殊勲十字章を受章。
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>Lieutenant-Colonel Freeth (with 18 men) and Major Thompson (with 170 men) held onto the summits of Latema and Reata. Tighe was unable to follow the events of the battle and fearing heavy casualties and possible counterattack, ordered a withdrawal at 4:20am. ⇒フリース中佐(と18人の兵士)およびトンプソン少佐(と170人の兵士)は、ラテマとレアタの頂上を死守した。ティグは戦いの成行きが追跡できず、それと、甚大な犠牲や起こり得そうな反撃を恐れて、午前4時20分に撤退を命じた。 >However, as patrols reached the Nek to order the retreat, they found Freeth and Thompson in command of the heights and the Germans in full retreat. Smuts ordered the 8th South African Regiment to the field in order to consolidate the position. ⇒しかし、パトロール隊が退却を命じる(それを伝える)ために山の背に着いたとき、フリースとトンプソンが高地で指揮を取り、ドイツ軍を完全退却に追い込んでいることが分かった。スマッツは、陣地を強化するために、第8南アフリカ連隊をその場に派遣した。 >Following the battle the Germans retreated to Lake Kahe in order to prepare further defences. Freeth and Thompson were both awarded the Distinguished Service Order* for their decisive roles in the engagement. General Tighe retained his command of the 2nd Division as Mallesons replacement. ⇒戦いの後、ドイツ人軍は更なる防衛力を準備するためにカーヘ湖まで退いた。フリースとトンプソンの両者は、会戦での決然たる役割(遂行)のために、殊勲章*を与えられた。ティグ将軍は、マレソンの交代要員として第2師団の指揮官に残任した。 *Distinguished Service Order「殊勲章」:英国の陸海空軍で、戦闘における特別立派な行動を評価して授与される勲章。
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