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心の柱

会社員です。 最近、暗いニュースが多いと思いますが、 経済的な理由以外に、日本人が心の柱のようなものを 失ってしまったからではないか・・・と思うことがあります。 わたし自身は、すごく無邪気なのですが、 「武士」「侍」 がかっこいいので、少しでも現代の侍と言われるような存在になりたい、 そんな単細胞な意識で生きています。 サラリーマンと聞くとかっこ悪いのですが、 常に闘争心を秘めながら、誇りを持って、仕事に打ち込んでいたい、 と思ったりしています。 みなさんの中で、 苦しいとき、悲しいときも含めて、 何かを考えたり、決断するときの、 心の柱になっているものはありますか? それは、どんなものですか? 幼稚な質問でお恥ずかしいですが、 日々何が皆様の生きる指針となっているのか、 ぜひお伺いしたいです。

みんなの回答

  • o09080706o
  • ベストアンサー率10% (279/2617)
回答No.6

>苦しいとき、悲しいときも含めて、何かを考えたり、決断するときの、心の柱になっているものはありますか? >それは、どんなものですか?  アメリカの公民権運動とか南北戦争などが、けっこう出てきます。  世の中が自由と平等を失ったらだめだろーと思ったりするので。

回答No.4

心の柱 様々な出来事や状況の中で単細胞な思考回路ではあっても一所懸命考えて行動することかな…。安易に逃げたりしない事です。

回答No.3

武士や侍って3つありません? 武士道って本にあるやつ、五輪書などにあるやつ、菊と刀にあるやつ。 日本人が外国人向けに書いた本、日本人が日本人向けに書いた本、外国人が外国人向けに書いた本にと、各々違っていて、なぜか日本人が日本人向けに書いた本が一番功利的に思います。 私は小さい時に剣道が盛んな市にいたので、武士道って本にあるものがしっくりきます。大阪夏の陣の真田幸村や、関ヶ原の三成の周りの人たちに通じるやつですね。 「利」が判断の参考になるとしたら、「知」は把握と分析、で、判断の基準にあるのが「理」だと思います。 武士の多くがこうだ、という話ではなく、尊敬する人が武士の中にいて、その人の行動原理が武士道だということだと思うんですね。 理を行動に繋げる判断規範です。 私はなので、何となくではありますが、考えるときに「理」はどこにあるかで決めるようにしてます。 いろんな本を読んできたんですが、この手の理の話で実践した人として一番面白いのはウィンストン・チャーチルの第二次世界大戦回顧録でした。 この人、自分勝手なんだけど、こと政治に関しては理を優先させた人です。 日本の「武士道」は、判官贔屓という言葉があるように負けると分かって加わって負ける美学になってしまっています。 この人は、理を通して勝ちに行く判断をしています。 知や利を優先してたらイギリスは10回歴史を繰り返しても10回負けてたと思うんですよね。 日本語訳があまりにも酷いもんしかないんですが、ノーベル文学賞もとったおもしろい本ですよ。 武士道、孫子、戦争論などが愛読書に含まれていたそうです。

  • nekosuke16
  • ベストアンサー率24% (903/3668)
回答No.2

「武士」「侍」。いいですねえ。 私の心にいつもある風景は、整然とした日本間に床の間と掛け軸。それに一振りの日本刀です。そして、そこに静かに佇む一人の侍でしょうか。 「武士」「侍」と言っても、所詮は人間。不正もすれば横領もします。ただ、それは組織あってのものです。 私が「武士」「侍」に求めるものは、組織人としての存在ではなく、たった一人という存在です。 宮本武蔵は、実在なのか、清廉潔白なのか、それとも卑怯者なのかは、分かりません。 しかし、彼の「我、神仏を尊び、神仏を頼まず」という一説は、最終的に人間は一人であるということを如実に物語るものです。 かっこいいですねえ。 よって、私にとっての心の柱とは、いつも何処かに「我一人」という感覚があることでしょうか。だから、私は人を頼りませんね。

回答No.1

心の支えは妻ですね。 よく話を聞いてくれます。 あとは読書。

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