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日本発送電株式会社解体
戦後GHQの指令で日本発送電株式会社が分解されたらしいですが、 そもそもなぜ分割されたのでしょうか? 送電会社と発電会社を分解したうえで電力市場を作り競争させるのなら独占会社の解体という意味が分かるのですが、地域一社独占体制では結局独占体制が独占のままですよね? そもそもどういう意図があっての分割だったのでしょうか? そしてその分割は意図の通りに進んだのでしょうか? 国鉄の分割民営化が鉄道どうこうではなく労組解体を目的としたように、なにか電力と関係の無い理由があったのでしょうか?
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ちゃんと研究したことはないのですが ・GHQは当初は「民主化」の方針だったのが左翼運動の盛り上がりを見て「反共」のほうに重点を置くように転換した。 ・日本の経済力を徹底して弱めるという方針から、むしろ強めて反共の防波堤にすることにした。 というのが基調のように思います。 例えば天皇制にたいしても当初は冷ややかであったのが説得されてむしろ利用することにするとか、軍隊は解体の方針だったのが警察予備隊を組織させているとか。 そこから考えると日本発送電の解体も同じ背景があってあのような道筋をたどったと考えるのは根拠があるように思います。 つまり最初は徹底した旧財閥解体であったのが和解的折衷的に転換したように思います。 国家による統制とか調整については合衆国は自国においては否定していたわけではないように思います。 電力の労組は当時の労働運動の最先端であったようですが、確かに日本発送電解体再編の過程で解雇であるとか組合の右派左派への分裂など、鉄道省解体→国鉄への再編などと同じことが起こっているように思います。 関係無いのではなくて一体のものだったのではないでしょうか。
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- pri_tama
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>そもそもなぜ分割されたのでしょうか? GHQが大規模企業を解体させたのって、これ等の大企業が戦争遂行に協力した事に対する懲罰(東京裁判では政治家や軍人が責を一身に背負ってしまい、企業人などを戦犯にする事ができなかった為、財閥解体と公職追放で対応せねば成らなくなった。)ですよ。 (なお分社化で、企業経営基盤を弱体化させ、欧米企業の日本進出を促進させ、日本の欧米への依存度を戦前以上に高める事で、日本が欧米に逆らう事を出来なくする意図も…。) なお電力は、戦争中に連合国軍によって発電・送電設備が破壊された上に、戦争遂行の為に制限されていた民需の復活に伴い、全国で一貫した電力供給拡大政策を取らねばならないにも拘らずです。 (関東や近畿の様に需要に対して、ダム等の供給設備を用意する事が難しい地域がある為、分社は不利益が多い。) 政府や財界は以上の理由を持ってGHQと交渉するものの、そもそもの目的が目的ですから認められず、あろう事かGHQの意に沿わなければ新規電力開発や社債の発行・増資の一切を認めないとまで言ってきています。 (なお新規電力開発はダム等の整備がある為、河川総合開発事業(利水[食料増産]や治水[防災])にも影響が出てしまい、要するにGHQは、日本国民を人質に取った上で分割を要求している。) ちなみに、分社化する際に対象企業が持っていた有価証券を国へ譲渡(第1回有価証券譲受の際には、対象企業の保有高の78%も)させますので日本政府としては此方が目的と言えるかもしれませんが…。 (対価として国債を発行すると成っていますが、この時期の国債の価値なんて…。) >そしてその分割は意図の通りに進んだのでしょうか? 分割された各電力会社は資本的に非常に貧弱で、復興のために必要となる電力を満足に供給・開発できず、結局「電源開発株式会社」を半官半民の特殊会社(国が66.69%の資本負担をして)として設立するはめになっております…。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%BA%90%E9%96%8B%E7%99%BA
お礼
ご回答ありがとうございました。
何やら独占は悪というお考えをお持ちになられておられるようですが、電気エネルギーという独特のものを過不足なく平等に供給する所謂公益に資するためには、自由競争では統制がとれない部分がありますので、誤解無きように願います。 事実、日本発送電が作られる前の状態は完全な自由競争でしたが、結果として需要の少ない地方都市や山間部などでは町営や私営のものを作らざるを得なくなっていました。 参考 戦前における市営電気事業の展開と特性 - 高崎経済大学 www1.tcue.ac.jp/home1/c-gakkai/kikanshi/ronbun16-2/06nishino.. 抜粋 .戦前の電気事業は、端的にいえば自由競争の下で発展し、その最初は1887(明治20)年に開業した東京電灯であった。 電気事業者数は、1910(明治43)年では316であったが、1920(大正9)年では834に急増し、最も多い1932(昭和7)年では850を数えた。しかしながら、地域の隅々に電気が行き渡ったわけではなく、農山村地域は収益性が低いことから電灯会社の配電区域から除外されることが多く、そのため山村地域では町村営電気事業が設立された。 GHQの意図は電力会社の解体だけを目的としていたのではなく、巨大財閥の解体を目的としていたものです。 その中に日本発送電が含まれていたということです。 参考 日本発送電 - Wikipedia ja.wikipedia.org/wiki/日本発送電 持株会社整理委員会が設置され、同年9月以降5度に渡り、83社が同委員会を通じて政府から財閥(トラストを含む)指定を受けた。この中には四大財閥(三井・三菱・住友・安田)の他、電力管理法の適用を逃れた王子製紙、そして日本発送電が含まれていた。 >国鉄の分割民営化が鉄道どうこうではなく労組解体を目的としたように 単なる陰謀史観の考え方です。 国営では財政上も法制上もニッチモもサッチもいかなくなっていたので、国営を止めてしまうことが目的でした。 国の債務の軽減です。 身分が保証された役人まかせの経営では、運賃が限りなく上昇し、尚且つ国の借金が増えることがあっても減ることが無いためです。 同時に電電公社もやり玉にあがって民営化されました。 結果として国鉄関係の労働組合が弱体化しただけです。 ゴシップ週刊誌に惑わされないようにして下さい。 参考 国鉄分割民営化 - Wikipedia ja.wikipedia.org/wiki/国鉄分割民営化 蛇足 電気エネルギーというものは、使用されてはじめて供給されるという性格を持っています。 石油のように蓄えておいて、必要な量だけを使うということが出来ないものです。 今回の原発事故でもお分かりの通り、必要になってから供給源(発電所)を捜し回るということが起きたのはこのためです。 最近流行りのソーラー発電も誰かがどこかで使わない限り空き地にただ置いてあるだけの代物です。 消費が減る夜間電力が割安なのは、巨大な発電所が稼働していて発電機が日中と同じように動いていて、使わなければ空回りしていることになるためです。 電力の自由化、送配電分離などが議論されていますが、一朝一夕に簡単にいかないのはこの為です。 自由化で中小の電力会社が作られ、それがボコボコ潰れたのでは安心して生活ができなくなります。 常に日本列島全体の消費量を把握して時間単位の需要予測をする必要があります。
お礼
政治的な話ではなく歴史的な話をお願いしたいものです、ご回答ありがとうございました。
補足
だから独占が悪という発想でなければ何が悪とみなされて解体されたのでしょうか?
お礼
ご回答ありがとうございます。 当初の目的が失われて漂流した結果ですか。 ありそうな話です。