これは「あほか」と思うべきではありません。
津波の話があります。
津波が来るぞという注意報が警報になったとして、それで死ぬかというとほとんどそうならない。
でも、軽く考えていて、ときに大ごとになって何人も失われるのです。
場合によっては「津波がきてるかな」と海岸まで見に行って死んでしまった、というひともいます。
海岸の人たちは「まず逃げろ、人にも逃げろといえ」ということを徹底していることがあります。
おかげで、釜石市の人は、あの津波でひとりも死にませんでした。
一方ほとんど町中全員が失われた陸前高田市もありました。
同じ災害に対して、です。
消防のほうでは、大騒ぎをして結果何事もなかったら「よかった」と思ってほしい、と言っています。
大騒ぎもしないで家ごと飲み込まれることにくらべたら、命に問題が起きないことはめでたいことです。
台風は、たとえば朝何事もなく通勤をしたとして午後にひどい暴風がきたりすると帰ることもできなくなります。
ですから、消滅した、とかでない限り、退避するのは間違ったことではありません。
沖縄の島で、今回の台風でほとんどのスーパーマーケットが臨時休業したのに、イオンだけが開店したということがありました。
店員は死に者狂いで出社し、店の用意をしましたが、どうなったか。
停電になり、真っ暗な上エアコンも止まり、当然お客なんか来ない。
基地局が破壊したので携帯もつながらない状態で真っ暗な中で店員はすごしたということです。
天災というのはこういうものです。
軽い判断をしたことが、結論としてサイコロの転がり方で何もないこともあるけど、もしかしたら人名にかかわることもあります。
結果として「ほら、何もなかったじゃないか」はかまわないけど、これをその人材のまじめさの欠如とするのは問題だとおもいます。
非正規労働者がどうだと言う話ではありません。
出勤がなかったら時給を払わなければいいだけで、その程度で人名が助かっているのです。