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長文…対人、視線恐怖症について

病院に行くべきか悩んでいます。 中学の頃から人の視線や集団生活が辛くなりお昼ご飯食べてる時、席替えで前の方の席になった時など、とにかく視線が気になり落ち着きませんでした。 前から歩いてくる人がいると下を向いてしまい、どうしたら良いか分からなくて焦り挙動不審になりそれを見て変な人。って思われてるんじゃないか…電車に乗っても視線が気になり、視線の置き場が分からなくて挙動不審…。 横断歩道を渡る時、信号待ちしてる車の中の人からの視線も凄く気になります。 1つの事が気になり始めると、とことん納得するまで調べたり考えてしまい気付いたら半日…って事もあります。 他はレジに並べない、カラオケに行っても歌えない、人前で何かをする時、視線が気になり緊張してぎこちない動きになる、電話がかけられない…等、色々あります。 次の日、不安な事(出掛けなきゃいけなかったり、仕事に行ったり)があるとずっと考え込んで夜も眠れず30分で目が覚め、また寝ても30分で起きる…って言うのが朝まで続いて辛いです。 家族が一緒だったら、外出は出来ます。(カラオケやレジは並べません) 自分で調べただけですが対人、視線恐怖症でしょうか? ここ、何年かは毎日お酒を飲んで寝ています。 昼間は飲みたいとは全然思わないですが夜になると飲みたい!飲まなきゃ寝れない!と思い飲み、たまに飲んだ後家族に暴言をはいてしまい後から物凄く後悔します。でもお酒を飲んでれば嫌なこと忘れられるし気も大きくなり何でも出来る気になり私は病気じゃない。大丈夫って気持ちになり飲みすぎてしまいます。 楽になるなら病院に行ってみたいと思う反面、この状態を上手く伝えられずこのくらいの悩みは誰でもある。って言われるんじゃないか…とか、家族からも「病気じゃない。普通だよ。病院行くレベルじゃない」と言われてます。 もし病院に行って大丈夫、大丈夫とあしらわれる事はないでしょうか? 宜しくお願いします。

みんなの回答

回答No.5

はじめまして 私も、主さんのようなひと目が怖い、集団が怖いといった内容で実際病院に行き治療を受けています。 病院や先生にも相性があるので一概に、大丈夫とはいえませんが もし、主さんが病院に行くことで何かしら安心できるというのであれば病院に行くこともいいと思います。 私の場合、ひどくなるまで我慢したせいで薬を飲んでいる今も外にでることがほぼ出来ない状態ですが、 病院に行った時は、説明もうまく出来ない上に、原因がはっきりしなくて人目が怖い、人に逢いたくないってしか 先生に言えませんでしたよ。でも30分位時間を取ってくれてゆっくり、それはいつから?じゃあ〇〇は怖い?どう? と先生からも質問してくれて、診断結果は「社会不安障害とうつ・・・はっきりはまだこれから何回か話を聞いて診断します」 って言われました。 なんだか自分のことばかり書いてごめんなさい。 口コミ等でしっかり話を聞いてくれる病院を探していけば、「大丈夫」なんてあしらわれるようなことはないと思います。 実際に病院に行くときのアドバイスとしては、 きちんと自分の状態、辛いこと、支障が出てること、どうしたいか、等メモを書いて持って行ってそれを見ながら話すといいと思います。伝わらないと、先生もどうにも出来ないと思いますし。 この質問内容をそのまま話すのでもいいと思いますよ。 あとは、URLのようなチェックの結果を持って行って相談してみるとか。 薬等が不安なら、カウンセリング重視の治療を行ってくれるところもあります。 こういう心療系の病気は、迷ってないで軽度のうちに治すことだと思います。そのほうが時間もかかりませんし。 長くなってすみません。

参考URL:
http://www.mental-health.org/check2.html
回答No.4

神経症を学ぶと良いと思います、又病院に行く事もお考えのようですが、病院に行ったとしても、時抑えの効果しか期待出来ない「薬」を処方されて、尚更苦しみが深くなる可能性があります。 神経症に付いて詳しく書いて、治るための方法と、治すための心構えも書いてみます。 神経症は「意識する事で」”症状”を自分が頭の中に作り出して、そうして自分が作った「”症状”を追い出そうとする事で、硬く心に固定させてしまう現象です。」 今の精神医学では「神経症の原因は分りませんが、治療をする事で治ります。」という触れ込みのようですが、原因が分らない以上、どうしたら良くなるのかや、どうしたら悪くなるのかさえ掴んでいなくて、「薬の処方によって、時抑え的な、不安の、或は、症状の軽減を主体とした、対象療法が主に行われているようです。」 神経症が完治した経験から、貴方に書いています。 神経症の間接的な原因は貴方の性格基盤からと思います、この意味は不安になり易い性格や、神経質な性格という意味ですが、神経症が治った後ではこう云った性格は、長い人生を送る時「大いに長所になっていますので、悲観する事はありません。」大きな不安を抱えた人には、乗り越える事によって、それ以上の安心が待っていますので、自分自身で学ぶ必要があります。 神経症のからくりを説明するためには、人間の脳内の活動とか、脳の機能を説明する必要が在ります。分り易く説明するなら、心に感情や、考えが沸き上がるシステムを説明するという意味です。 このシステムが理解出来た時、治りに入っています。そうしてこのシステムを体得する時を『完治』と表現しますので、今の貴方には理解出来ないとしても、読んで置いて下さい、そうして私の書いたものが「貴方の腑に落ちた時」貴方はは完治しています。 何気ない気持ちで出来た事が、「意識してしようとする時、自分の意識が邪魔をして、出来る筈のものが出来ない現象があります。」こう云った現象が神経症の直接のきっかけになります。そのきっかけを助長する原因が、先に書いた性格基盤という事になります。 人間の心は「二つ在ります」一つは考えや感情が沸き上がって、それを感じている”心”です。この”心”を、自我意識や顕在意識と呼んでいます。 ですが、自分では分らないとしても、人間にはもう一つ心が在ります。始めに科学的な証拠をウイキペデアから紹介します。 『”ロジャースペリー 分離脳』 ノーベル賞受賞者 受賞年:1981年 受賞部門:ノーベル生理学・医学賞 受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究 ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。” この記事だけでは、俄かには信じる事が出来難いと思いますので、この記事を補強するために、脳卒中になってしまって、自分の経験として、『左脳の自分』と『右脳の自分』とを、別々に体験した『脳科学者』の体験談が載っている動画を紹介したいと思います。 URL:http://www.youtube.com/watch?v=ldSoKfFYKqM もし出ないようでしたら、ジルボルト、テーラ脳卒中と検索して下さい。 この動画は、或る意味では「宗教体験を語っています。」ですが、神経症で苦しんでいる場合では「完治した瞬間」を語っています。 この右脳の意識と出会う体験を、『そうしてこのシステムを体得する時を”完治”と表現します。』と、先に書きました。 人間は『意識する自分』=左脳の意識=顕在意識と『意識していない自分』=無意識の自分=無意識の意識=右脳の意識が、『交替制をキープする事で、毎日の生活が成り立っています。』 この交替制が順調に行っているために、この交替制に『気が付く事が無い人達を』健常者や、メンタルが強い人、と表現しています。 今の逆で『交替制がギクシャクする場合を』不安になり易い人や、神経質な性格と表現しています。 動画にも在るように、自我意識である左脳の機能は『過去と未来』に重きを置いている意識です。過去を悔やんだり、将来に不安を抱きやすくなる原因です。自我意識が出てしまって、なかなかひっ込む事が出来ない事が『自意識過剰や、意識地獄』の原因を作っています。』 動画にも在るように、無意識の自分は『今現在が全てです。』過去も未来も関係なく『今だけを生きる自分です。』 この『無意識の自分』を無視する事が、不安の原因です。右脳の機能は『生命維持機能が全てです。』その機能は『今現在の目の前の真実の有様を、脳梁を通して、言葉ではない情報として送っています。』この情報を遮断するために開発されたものが『薬の効能です。』 不安とは『自分自身が自分自身に送っている情報の事です。』従って、薬による治療が対症療法の役目しかなくて、本当の意味での治療の役割を果たしていない、という意味が此処にあります。 人間の”心”に感情や考えが、沸き上がるシステムの説明をしていますが、一つだけ申し添えておく事が在ります。それは、右脳の意識は『全てを知り尽くして働き続けて居る意識』という事ですが、生まれる時既に、人間の脳に『刷り込まれた情報』を全てに於いて持っている事を意味します。 『命を働かせる情報全て』という意味です。生命体としての身体の生命維持をする機能を、赤ん坊の時から、もっと言うなら『お腹の中で細胞分裂する順番までも書き込まれた情報が刷り込まれていたという意味です。 一言で説明するなら『命の働き』という機能ですが、仏教的に表現するなら『仏性』と言う事になります。桜がその種としての性質を全て備えて生じている事に通じています。蜘蛛でも蟻でも同じです。命あるものが全て備えている、その種としての生命の働きという意味です。 当然人間も生命体としての、一つですので『命の働き』を持っている事によって生きています。人間の場合では、少し複雑に出来ているようです、それは理性や知性があるからです、理性や知性が『命の働き』と衝突をする事があるからです。 人間の苦しみは、この二つの意識が衝突する時です。『生き難い想い』或は漠然とした不安は、二つの意識の間に生じた矛盾からです。つまり人間の心が”苦しい”と感ずる原因は『自分自身の命の源』との仲違いにあります。人間の苦しみは『心の矛盾』の産物という意味です。 このいきさつを端的に表現しているものに、聖書の記述があります。天国に一番近い存在は”幼子”というところです。この本当の意味は、脳が未だ未熟なために『一つしか”心”が生じていないからです。』 見ている自分、という心が在るだけ、という意味です。 思春期頃から、或は”中二病”という現象を通過した後から、心が二つに分かれてきます。自我意識は顕在意識として、『命の働きという機能を司る意識は、無意識の意識として』無意識の中に或は潜在意識として機能を始めていますが、自我意識の前からは『完全に姿を隠すという状態』になっているために、大変分かり難くなっています。 この隠れた意識は『見られている者』として作用しています。『見ている自分』VS『見られている自分』という構図になっています、或は『一念』VS『二念』という構図も同じです。 こう云った構図が『同調出来た場合を、健常者や、メンタル面が強い』と表現しています。この同調出来難い場合が、『心に矛盾を抱えた人』つまり、不安になり易い人や神経質な人や、メンタル面が弱い人と表現出来ます。そうしてその産物が『訴えている事柄』という意味です。 具体的に書くなら『意識した内容』です。その具体的な表現が『症状』に当たります。従ってそれらの症状とは、高いところの情報を嫌う時『高所恐怖症』、狭いという情報を嫌う時『閉所恐怖症』、人に会った印象という情報を嫌う時『対人恐怖症』という風に、『感じている方の”心”』が感じさせられている情報に、違和感を抱いてしまって、その情報の受け取りをしないように『意識して身構えている事を意味します。』 その身構える情報が症状名となって、受け付けたくないようにする事で、”嫌な感じが”何時までも頭の中を駆け巡る事になります。『負のスパイラル』になって悪循環が何時までも続く事を意味します。 もう字数が無くなりそうですので、治るための方法と、治すための心構えを書いてみます。 神経症が治るという意味は『症状が意識に上がって来なくなって、症状らしきものが在っても、苦にならなくなって、気にならなくなる事です。』 神経症の症状とは、考えや感情を湧き上がらせている情報であって、誰もが感じている事柄に過ぎません。簡単に言うなら『その人の個性が、誰でもが感じている普通の,誰の”心”にも湧き上がっている事柄を、”受け取りたくないとして”異常に、又過敏に、又過剰に反応しているに過ぎません。 そうして過剰反応する事で、『異常感にまで高められてしまって、症状らしきものになっています。』 従って神経症の様々な症状は、『人間が意識する力で異常感になっているだけで、本当の意味では”症状”ではありません。』沸き上がる”何か”を受容れたくないとする、”自分の心”が、選り好みをし過ぎた為に、過剰反応している現象です。 治った場合を書いてみます。沸き上がる感情や考えを『素直に受容れる時です。』つまり『症状』と思っている事柄を受容れた時です。症状を治そうとしなくなった時です。

回答No.3

 病院に行くことよりも、自分自身に自信を持つことが大切です。  自分に自信が持てるようになると、心配されている症状も和らいできますよ。  ただ、自分自身に自信を持つことって想像以上に努力が必要になります。  やり遂げる強い気持ちがないと途中で挫折してしまいます。  そんな人を温かく見守れる方が周囲におられますと良いのですが…。

回答No.2

酒乱のような状況を顕現させて しまうのですね。エスプリの奥底に 圧縮されている怒りの感情などの 負のエネルギーが悪さをしているのでしょうね。 視線恐怖、対人恐怖、広場恐怖などは SAD(=社会不安障害)の症状なのですが 質問者さまには、目を合わせても恐怖を感じない 人がおられるのではないでしょうか。なぜ、 その人には恐怖感がないのか、それを 考えるヒントに、極限思考を展開してみませんか。 あるいは、マインドマップを書いて セルフコントロールの参考にしてみることも おススメです。 質問者さまの酒乱は、 暴言だけで暴力がなさそうですので、 救いを感じます。 皆さん、それぞれ自身のことで、手一杯で、 他の人のことなどを気にしたり、見つめたりなどはしません。 視線恐怖を避けるには、たとえば、サングラスを常用して 視線を遮断して、質問者さまの目を見られないようにしてしまう などの方法が考えられます。とりあえず 屋外用と屋内用の2タイプを用意しておけば、大丈夫です。 病院に不信感があるようでしたら、 心の健康センターを訪れて相談して みませんか。心の健康センターであれ、病院であれ、 書き上げたマインドマップを持参して、提示すれば 貴重な参考資料になるでしょう。 恐怖症は、治すのが難しいのですが 早期に戻れると、いいですね。 Good Luck!

noname#244462
noname#244462
回答No.1

病院に行くとおそらく社会不安障害として扱われるとでしょう。抗不安剤などで不安を軽減しながら慣れていくのも一つの方法ですが、抗うつ剤も処方されると思います。対人恐怖などで抗うつ剤を飲むのはあくまでも個人的な意見ですが、お勧めできません。 薬よりカウンセリングの方が有効だと思います。あなたの考えている不安はあなた自身が作り上げた不安であって、そのまま事実ではありません。そもそも周りの人はあなたの言動にほとんど注目してません。気にし過ぎという事です。 心理学を勉強してみたらいかがでしょうか?心理学と言っても「心理学概論」みたいな専門的なものではなく「不安を取り除く方法」みたいな本がありますよね。これらは心理学をかみ砕いて解説してありますので是非読んでみて下さい。 加藤諦三さんの本やブログもお勧めです。神経症の人の本質をズバリ指摘してます。後は自信を付ける事です。私の場合は筋トレをやったり、色々な本を読んで知識を広げたり、コツコツやった事が今に生きてます。私の場合は学校でまったく話せない場面緘黙症でしたし、うつ病やパニック障害も患いました。でも何とか克服し、生き辛さを感じながらも50数年生きてきました。何とかなるものです。病院へ行くにしても行かないにしても「案ずるより生むが易し」です。思い切って飛び込んでみると「あれ?こんなもの?」という事も多々あります。あなたの作り上げた不安は存在しない幻影に怯えているだけです。

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