- ベストアンサー
政党はなぜ必要なのか
「政党は議会制民主制における必要不可欠の要素なのである」などというような話を聞きますが、実際に政党がなぜ議会制民主主義に不可欠なのか、その根拠がよくわかりません。 政党の存在根拠を教えてください。
- みんなの回答 (4)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
#3のお礼の中の質問に私なりにお答えさせて頂きます >政策課題1に関してはA党を支持するが、 >政策課題2に関してはB党がいいというような葛藤が生まれてしまい、 >結局選択ができないのではないかと思うのです。 それが民主主義の難しさです。 それでも政党の政策について総合的に評価する能力が民主国家の国民には求められるわけです。 どちらも反対の場合にも、どちらも一部づつ賛成・反対の場合にも、より望ましい方を選択する微妙な能力が投票に必要になってくるわけです。 まあ、でも、それは理想論・原則論であって建前と呼べるものです。 成熟した社会では似たり寄ったりの微妙な政策になりますから、投票率もかなり下がります。 数年に1度の選挙で、今後何年間の問題が全て予想できるわけでもなく、原則として重大な問題や、状況の変化等による公約の変更は解散総選挙を行い国民の信任を取らなければなりません。しかし、頻繁な選挙は国民の負担にもなりますし安定した政策をとれないことにもなります。結果として細かい事柄は国会・政府の判断に委ねられます。また、外交・経済については政策の継続が必要になりますので(急激に変化させると国民の不利益が大きいため)、しばらくは前政権の政策を受け継ぎながら徐々に変化させることになります。公約というのも細かい点まで突き詰めれば曖昧になります。 その中で現実的には二大政党制が固まってくると、支持基盤を固めるためなのか、どの有権者層よりの政党かがかなり明確になってきます。 しかし、だからこそ、浮動票層の選択が、ますます難しくなっていくということにもなります。 議院内閣制での政党政治に限れば、二大政党制には決断力・実行力のある政権を作るという目的があります。実際には政党・政策と言うよりは首相を選択するという感じで成り立っているような気もするのですが。
その他の回答 (3)
- netcatme
- ベストアンサー率20% (76/371)
選挙とは本来、主権者である国民が政策を選択する場です。 一つの政策は複数の政策に関連し単独では成立しにくいため、統一した公約を政党は発表します。 つまり、どの政策が最も多数を得たかは政党がなければ判断できないわけです。 政党がなければ、最終的な政策の総論の決定は選挙ではなく国会の中で決定されてしまいます。ある候補者が複数の公約を掲げても、その公約の中のどれを優先しどれを妥協することになるかは、その議員の恣意的な判断に委ねられ、国民不在の決定になることになります。 このような状況は連合政権の場合にも発生するため、政策の選択権を国民が持つという意味では、二大政党制がより望ましいと言えます。(国によっては第一政党に票を足し単独政権を可能にする制度を持ったりしています) 言い換えれば、公約を絶対的に守る意志がなければ政党としての価値がないことになります。 日本の場合には、イデオロギー対立が長かったためもあり、基本的な思想のみで政党が選択されていました。そのために、保守対立の時代に入り、政党が政策の実行により選択されなければならなくなったのに、旧体質が国民にも議員にも残り、政党の価値が揺らいでいるのです。 国民は選択の幅やイデオロギーの選択を求める体質から脱却し、微妙な政策の選択をする時代になったのだと理解し、その能力を養う必要があるでしょう。
- uoza
- ベストアンサー率39% (326/827)
単純に、国会議員は衆議院と参議院の区別だけでいいと思います。ただ、それであれば、議員の身分が不安定でありますし、また、法案審議がバラバラになる可能性があります。つまり、政党による議員のバックアップと円滑な国会審議ということでしょうか。他に、国民の投票する利便も入れてよいでしょう。 本来は、主義主張を共にする者たちが、会社を立ち上げるように、政党を掲げるものと思われます。しかし、現実的には国家ならびに国会議員の安定性から、議員にとって、国会もしくは政党という職場での世間付き合いが大切になっています。 そういうことで、「政党」は成り立っていると考えます。 ちなみに、戦局悪化を辿った戦中期には「大政翼賛会」がすべての政党を解体し吸収しました。その是非はともかく日本の政治規模では、一党で十分でしょうね。一党であっても中はバラバラだし、それなら多党と実際変わらないわけです。どんな形態であれ、日本社会はまとめるのが難しいということです。
お礼
ご回答ありがとうございます。 国会議員の互助会みたいなものだという話でしょうか? それなら主義主張はなしで互助会に徹すればいいような気もします。国民の投票の利便性というのはすこし納得できるような気もしますが、そういう根拠になると比例代表制のような投票システムは少し行き過ぎのような気がします。
- p-22
- ベストアンサー率21% (69/320)
本来の意義はちょっとおいておいて ワタシ論ということで(その為自信なしにしました) 1党制であると暴走してしまう可能性がるため それを監視する役目を担うという事で 多数政党が存在すると解釈しています
お礼
ご回答ありがとうございます。 多数政党である必要性ではなくて、政党そのものがなぜ必要なのかという疑問です。 議員が個人で活動するのではなくて、政党という組織に参加する意義がなんなのかというか、むしろ民主主義にとってはそういった組織はじゃまなのではないかというか、存在自体は仕方ないにしても法律で積極的に支援する根拠はなんなのかというか、そういった疑問です。 質問の仕方が悪かったかもしれません。 すいませんでした。
お礼
ご回答ありがとうございます。 かなり納得のゆくお話だったのですが、一つ疑問が残ります。すなわち、二大政党制ということになりますと、国民は二者択一で選択を迫られます。しかしながら選挙は(例えば衆議院の場合は)四年に一度であって、政策課題は一つではありません。国民一人ひとりが一つ一つの政策課題について異なる意見をもっていることになります。 そうすると、政策課題1に関してはA党を支持するが、政策課題2に関してはB党がいいというような葛藤が生まれてしまい、結局選択ができないのではないかと思うのです。イデオロギーでの対立であればこういった問題は生じないのですが、政策選択という点では大いに問題があるのではないでしょうか?