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一度芽生えた絶望感は消えませんか?
- 親との絶縁から生じる絶望感を抱えています。
- 自分の核となる人間関係を放棄して他の人間関係に歩み寄ることができず、絶望感を感じています。
- 淋しさを埋めるために他の人間関係を築こうとは思えず、絶望感は一生消えないのかと感じています。
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質問者が選んだベストアンサー
同じ状況でいるあなたなら、絶望感は一生消えることはないと思います。 絶望感を消すためには、あなたからの歩み寄りしかないと思います。 どちらが悪いにせよ、歩み寄りできる人間は、大人で、賢く、そして立派であると言えます。 親がいたからこそ今のあなたがあるのです。
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- darlingpapa
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消えません。 絶縁に至る理由があったのでしょう? 苦渋の決断の上でしょう? 絶縁しなければ生きていけなかったからでしょう? 私がそうです。 親から精神的虐待を大人になってからも受けました。 絶縁しないかぎり、自分の人生を生きられなかった。 母親の死をきっかけに、父親とは関係修復しました。 でも、絶望感はきえません。 親のせいで失った大切な時間を思うと、絶望的になります。もういい歳なんで。 親への思慕で絶望的になるにではなく、親への怒りと憎しみ、自分は虐待を受けたのだ、という悲しい事実に絶望的になります。 来世に幸せになろうとおもってます。
お礼
ご回答有難うございます。 あなたが充実した人生を過ごされますように....。 似た性質の悲しさを持っている方がいることを知れて良かったです。 有難うございました。
- heisenberg
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人間なんて、所詮、独りですよ。 誰でも・・・。 僕も、世間とは、ほぼ没交渉ですが、気にしません。 あなたも、そんなことを気にせず、好きなように生きていってください。
お礼
ご回答有難うございます。 そうですね、人は皆独りですね。 親子関係でも血の繋がりと、個人としての人生がごちゃごちゃになっちゃ良くないですね。 上手く言えないけど、宿命と運命の違いのようなもんかなぁと思いました。 (私の勝手な捉え方の話なので、意味わかんなくてすみません。) 今は、親子関係の亀裂は凄く辛いです、精神的にも社会的にも。 ただ、暫くはいつか歩み寄れる日がくる....と楽観視してみます。 その為にも自分らしく生きていようと思っています。 しかし、いつか本当に歩み寄れたとしても、人は独りであることに変わりはない。 このことは忘れずに、しっかり自律して生きていこうと思いました。 有難うございました。
- nagaineko
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もちろん、家族間が不和より、良好のほうがいいのは、異論のないところです。 しかし、家族間が不和だから、絶望というのは、飛躍しすぎでは ないでしょうか? 家族の関係が不和である。ただ、それだけのことだと思います。 そこへ、いろんなものを持ちこんでくるから、話が大きくなっていく。 それで、絶望だ!ってなってるように思います。 確かに、そのことは、寂しいことではあると思います。 他の人間関係で埋めるようなことでもないし、埋まらないでしょう。 しかし、そもそも、埋める必要があるのでしょうか? 寂しいことは、寂しいこととして、あなた自身が受け止めれば いいではありませんか? それは、それ、でいいと思うんです。 あの話も、この話も、そこへ持ってくるから、絶望になるのです。 家族の話は、家族の話として、決着をつけるべきです。 他の人間関係の話は、別物だと思います。 人間は、どうあがいても、人間関係の中でしか、生きていくことはできません。 核となる人間関係をうまく維持できなかったから、全てがダメだなんていうのは、 暴論です。 世の中には、いろんな人間がいるのです。 うまく維持できる人間関係もあれば、どうやってもうまく維持できない 人間関係だってあるんです。 たまたま、それが、家族だっただけの話だと思います。 あなたが、自分を否定しないでください。 あなたは、あなたらしく在ればそれでいいと思います。 あなたの事を認めてくれる人もいれば、認めてくれない人もいる。 それでいいじゃないですか。 人は、人間関係の中に、自分の居場所を見つけるものだと思います。 あなたらしく、人間関係を築いていけばよいと思います。
お礼
ご回答有難うございます。 今はもっと強くなりたいし、冷静になりたいし、器量を大きくしたいです。 そして人間関係の中に自分の居場所を見つけられる人になりたいです。 今はここが自分の居場所だと思う場所がありませんが、自分らしく生きる事を諦めないで、 いつか見つかるかも知れないし、見つからないままかも知れない。 それが人生なんだなぁと思いました。
ご質問の最後に「この絶望感は一生埋まらないのでしょうか?」とありましたね。 そんなことはないでしょう。 人生は「山あり谷あり」です。一生幸せもありませんし、一生不幸もありません。 ですから、あなたが絶望感に至った原因と経緯を振り返って、自分の間違いが分かったら反省と謝罪を行うことです。 よく謝ることができない人がいますが、それは強いのではなく弱いのです。 粋がったり強がったりしている人をよく見かけますが、自分の弱いところを見られないようにカムフラージュしているのです。 自分に素直に、他人に正直になれば、絶望から開放されますよ。
お礼
ご回答有難うございます。 今回こうして質問をし、皆さんからご回答を頂けてまず、絶望を感じる状態は悲劇のヒロイン気取りなんだという事はは自覚しました。 私は他人に正直に…という感覚が先ず解りません。 両親に対してありのままで接した経験がありません。 私は人間関係が怖いです。 多分一生怖いままです。 けど、私はそんなもんなんだと思いました。 ご回答頂き、有難うございました。
- troml
- ベストアンサー率17% (561/3166)
「絶望は愚者の結論である」って言葉があります。まさに今のあなたにぴったりの言葉ですよね。 絶望感は一生埋まらないのでしょうかという質問ですが、絶望感を抱くこと自体が間違いだし、明るい未来のために最善を尽くさない言い訳をしているだけ。
お礼
ご回答有難うございます。 確かに絶望って愚者の結論ですね。 ちょっと格好付けてました。 ただ自信喪失してるんだと思います。 そっか....このまま、自信喪失したまま死にたくないなら、歩み続けていくしかないんですね。 ご回答有難うございました。
- obrigadissimo
- ベストアンサー率23% (1613/7000)
天涯孤独であっても、 明るく暮らしている人がいます。 《身勝手に放棄》 《上手く立ち回れなかった》 といった言葉の選び方は、ある種の 感情を伝えてくれますが、まぁ それはともかく、とりあえず、 これまでの人生経験を題材にして、 小説を書いてみませんか。 そのプロセスで、質問者さまの 真の心の奥が見えてくるかもしれませんよ。 〈ふろく〉 おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、 他人に存する小なるものの偉大を見逃しがちである。 (岡倉天心) いいことが起こったから笑顔になるのではない。 笑顔だからいいことが起きる。 (中井俊已) 人間って笑ってないと幸せが来ないんですね。 (瀬戸内寂聴) 人は、不幸な出来事によって不幸になるのではない。 そのことを不幸だと思うから不幸になる。 (Viktor・E・Frankl) フランクル博士の『夜と霧』を読んでみませんか。 どんな不幸のなかにも幸福がひそんでいる。 どこに良いことがあり、どこに悪いことがあるのか、 我々が知らないだけである。 (Gheorghiu) 私は、 【人が希望に至るのは絶望に導かれてです】 という言葉が好きなのですが、 【希望がなくなると、絶望する必要もなくなる。(セネカ)】 という言葉も好きです。ということで 質問者さまの場合は【希望】があるのではないでしょうか。 それを見つけに行きませんか。 Good Luck!
お礼
ご回答有難うございます。 ある種の感情とは、どのような感情があると思われますか? 私達親子関係に関しては、なるべく客観的に、多面的に考えているつもりですが、やはり自分本位というか、偏った見方をしていると思います。 ご回答頂けると有難いです。
お礼
ご回答有難うございます。 親とはもう諦めている....という心理状態は甘えですか? 絶縁したと格好付けてますが、実際の縁が切れないのは解っています。 ただお互いに、精神的に絶縁しているんです。 そうですよね....私の絶望感を埋めるのは、親子関係でしかないと解っていながら、訳のわからない質問をしてしまいました。 親子関係を上手く立ち回れなかった人でも、他の人間関係を築きたいと願っていいのか、自信がなくなってしまいました。なんだか人間関係に踏み込めないんです。