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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:天皇制について論議したいです。)

天皇制についての論議

このQ&Aのポイント
  • 改憲論議をするのであれば、天皇制廃止についても論議すべきではないか
  • 歴史は過去の事実の積み重ねにすぎず、その事実を尊重しない自由や権利は私たちにあるから
  • 天皇という象徴の立場を置く合理的理由はないと考える

質問者が選んだベストアンサー

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  • dragon-man
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回答No.22

ANo.20です。 >回答者さんの意見で私が一番気になった点としては、「相対的幸福度」という概念が一般的に受け入れられるかどうかという点です。 ボキャブラリ不足で上手い言葉が見つからなかったのでこういう言い方になりましたが、確かにこなれていない表現でした。大いに誤解を招きそうです。 表現が難しいのですが、単純に言えばA国とB国のどちらの国民が“より幸福か”と言うことです。一般化が難しい概念です。良い靴かどうかは履き潰してみないと分からないと言いますが、この幸福度の比較も“履き潰す”、つまり歴史になってみないと分からないと言うことです。残念ながらまさにその歴史の中で生きている国民にはそれが見えていません。悪く言えば後講釈です。それ故、世界中の国民と政治家、支配者が誤りを繰り返すのでしょう。進歩が遅々として進まないのでしょう。 それでも今現在の国のあり方が国民にとって相対的に、つまり他の国に較べてより幸福かどうかは推し量るすべはあるでしょう。それを助けるのは歴史観に裏付けられた理性でしょう。政治家に最も必要な資質です。 こういう観点で天皇制を考える場合、継続するのと廃止するのとどちらが国民の相対的幸福につながるかが大事です。どちらが国益、つまり国民の利益に合致するかです。今の天皇制に関する議論には、この点についての冷静な思考、判断が欠けていて、平等原則のような情緒に流れがちなことを危惧します。いくら憲法に書かれていても、「平等」は現実ではなく抽象的理念に過ぎないことを忘れがちです。国家運営は現実です。現実にそぐわない憲法を金科玉条に扱うのは、国家にとって問題があるでしょう。憲法は国家国民より上位にあるものではありません。国家運営上の便宜にしか過ぎません。

shiomaneking
質問者

お礼

コメントありがとうございます。本回答者さんの真摯な態度が伝わりました。これまでの議論における本回答者さんの積極的な参画ゆえに、本Q&Aが充実した内容になりました。本回答者さんの熱意に敬意を示して本回答をベストアンサーにします。 このQ&Aを初めてアクセスされた方は、他の人の回答を読んでみてください。いろんな意見が提示されており、それなりに面白い内容になっています。 本Q&Aに参加された皆様にこの場を借りてお礼を申し上げます。

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その他の回答 (21)

  • rikukoro2
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回答No.11

無論天皇制の議論は大いにするべきだか、  天皇制が存続・廃止はそれが国益にどう影響するかの議論になると思う。 あと『憲法14条をでもあるように』とあるが天皇はこれに含みませんよ  そもそも天皇には国籍がありません、参政権も投票権もなく憲法14条に該当しません

shiomaneking
質問者

お礼

回答をいただきありがとうございました。以下に私見を記載しました。よろしくご検討願います。 (1)国益について (1)天皇制の存続・廃止について、それが国益にどのような影響を及ぼすかは国民的議論がほとんどなされていない状況なので、法律論は脇において国益という実質的な観点から改正すべきかそうでないかについて個人的な見解をを呈示します。  まず、国益につき、国外的影響と国内的影響をわけて考えてみます。 (マイナスの影響について)  国外的影響は諸外国の来賓との親善活動等ができなくなる点が考えられますが、国王制などの制度をもたない国々が親善活動に支障がでているかというと、必ずしもそうとはいえないので、天皇制廃止による国外的影響はあったとしても一過性のもので、例えば国交断絶などの重大な影響はないと思われます。 国内的影響は、天皇制が廃止される状況とは、少なくとも憲法96条の要件をクリアしないといけませんので、国民の大多数が天皇制を廃止すべきと考えている状況です。少数の利害関係者がデモ活動等を行うかもしれませんが、分離独立運動まではハードルが高いため、社会的混乱も限定的なものだと思われます。また、経済的観点からは、皇室関連行事で一定の収益を得ている地域住民・自治体にとってはマイナスになります。 (プラスの影響について) 国外的影響は、王制の国々の民主化運動に波及する可能性はありますが、独裁者の失墜のケースとは事情が異なるので、アラブの春のような効果までは期待できません。 国内的影響は、国家の皇室関連費の予算の削減、宮内庁の廃止による人件費の抑制、警備・交通規制などの費用の削減が考えられます。 以上をまとめると、外交関係については一過性のものであるから、対外的な側面よりも国内的側面をより重視すべきであり、国内的側面からは、憲法の改正による天皇制廃止の国民の圧倒的支持があると仮定した条件下では、治安面はそれほど重視すべき項目であるとは思えません。となると、とどのつまり、経済的効果の側面を天秤にかけることになり、(天皇の親善活動等によるプラスの経済的効果)と(皇室関連の直接・間接費用削減の経済的効果)の天秤にかけることになる結論に至りました。 (2)では、国益中心で考えることが象徴天皇制擁護派によって有利なのか、私見の方が有利になるのか検討してみます。 (天皇の親善活動等によるプラスの経済的効果)が大きい場合、一見すると天皇制擁護派によって有利なように思えます。しかし、私見では「天皇公募制」を呈示しました。すると、現在の天皇よりも、例えば、芸能人や人気アイドルなどが天皇になった方がはるかに経済的効果が大です。それは現在の天皇より人気があるのと、キャラクターグッズをはじめ間接的な経済的効果のすそ野が広いからです。そうすると、天皇公募制が支持されるわけで、私見の方が有利な見解となります。  逆に(皇室関連の直接・間接費用削減)の経済的効果が大きい場合、天皇制が廃止されるべき根拠が与えられるわけで、私見の方が有利な見解となります。  以上をふまえれば、国益を中心に考えると、天皇公募制か天皇廃止かに結論が分けれるものの私の見解が支持される結論に至ります。 (2)14条に天皇が含まないことについて(参政権・投票権がない点も)  確かに現行憲法の解釈としては、宮沢や芦部(*)が指摘するように、現行憲法の14条がそのまま天皇に適用されないことは同意いたします。 (*)「天皇および皇族も日本国民であるが、憲法は、天皇の地位について世襲制を認めているから、皇位の世襲制に必要な最小限度においては、天皇や皇族について、法の下の平等の例外をみとめ、一般国民とはちがった取扱いを定めることは、憲法の容認するところと解されている」  ただ、現行憲法は象徴天皇制とはいえ天皇制を存続させ、不十分なままに平等原則との整合性をはかったことより曖昧な点も多いため、私自身は天皇制自体を廃止した方がいいのではないかというあるべき論を主張する立場に立っております。 (3) 天皇の国籍について 確かに天皇の国籍を明記した憲法や法律はありません。しかし、憲法学説において、 天皇が日本国籍を有する前提で、天皇が「主権者としての国民」「人権享有主体としての国民」に該当するか否かが論じられており、憲法論の皇統譜についての箇に「日本国籍を有するものでも戸籍に記載されない唯一の例外に天皇および皇族がある」という記載があることから、天皇は日本国籍を有すると考えます。  素朴に考えて、日本国籍を有しない人をなぜ日本国の象徴にする必要があるのでしょうか。アメリカ人が日本国の象徴になるのでしょうか。 以上です。 *回答者へのお願い: お礼の入力は、私の生活で余力があるときに入力します。そのため、なかなか入力がされないことがあるかもしれませんが、その点はご了承ください。なお、私は弁護士・学者等権威のある者ではなく、一般人の趣味としてコメントを入力しているだけです。ですので、くれぐれも私の意見が法律論として一般的に通用しているとは思わないてください。あくまで議論を楽しみたい方だけ回答をお願いします。

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回答No.10

>歴史は過去の事実の積み重ねにすぎず・・・ 隣の国では、「過去」がないのか知りませんが、「事実」を捏造してまでアイデンティティーを構築しようとしていますけど。 >人間の本質的平等を重視すれば・・・ 人間社会が無機質なものに見えてきます。歴史は文化であり文化のない社会では人間として生きていけないと思います。 文化の連続性こそが日本の良いところであり、皇室は世界遺産にしても良いくらいです。

shiomaneking
質問者

お礼

コメントありがとうございました。以下に私見を記載します。 (1)隣の国とは、おそらく韓国のことだと推測されますが、ロシアや中国も隣の国ですので、このような幅のある表現は誤解のもととなるのであまりよくないと思います。 (2)歴史的事実は、時間の経過とともに証拠や人々の記憶が希薄化するので、そのことを利用して自分たちの主義主張に都合のいいように解釈する傾向は、世界的にみられます。アイデンティティーの構築もその目的の一つであることは認められるでしょう。 (3)ただ、平等原則と人間社会が無機質なものとは、必ずしも関連性があるとはいえません。論理の飛躍があります。法原則は法規則の規範たる存在であるから、客観的であるべきです。無機質という意味を客観的という意味にとらえるのであれば、そこまでは論理はつながりますが、「人間社会の無機質」には論理はつながりません。単に「無機質」という言葉をブリッジにした詭弁です。 (4)文化と歴史の関連性については、否定しません。 (5)文化の連続性の良さは認めます。ただ、文化というものは時代とともに変遷するものです。時代遅れになればすたれていきます。 (6)皇室を世界遺産にすべきものかは、個人の評価の問題です。

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  • id20000
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回答No.9

ここは質問欄じゃないとかいわれそうですが、 改憲論者で 天皇廃止論者 っているんですか?

shiomaneking
質問者

お礼

ご指摘ありがとうございます。私自身はそのような代表的な論者は心得ていません。したがって、私自身のコメントはどこかの代表的な論者のコピーではなく、自分自身がこれまで得た知識をもとに論理を展開している次第です。ですので、眉唾物だと疑って批判的精神のもとにコメントを読まれる立場をとられることをおすすめします。 また、いただいたコメントから推理して、私の主張する立場を悪くするための解釈を予想すると、現在の主要な政党で、私のような見解をとるものが見当たらないため、議論しても仕方がないという主張に発展させることが可能なため、回答者さんの本心でないかもしれませんが、この点についてあえて検討してみます。 私は回答者さんの思想信条は存じませんが、なんらかの主張をするにあたって、根拠が重要だと考えます。 体育会系のように先輩の言うことに反論するな、では狭い集団であれば可能であっても、とうてい皆の納得が得られるとは思えません。これは、根拠の提示がないからです。そして、まっとうな根拠でなければ、理不尽な意見として受け入れられません。 私の意見なり、コメントが根拠に薄く理不尽であると思われたのであれば、どの点が問題があるかを考えていただき、ご自身の見解の根拠を補強できるきっかけにしてほしいと思っております。 ですので、私自身は頭のトレーニングぐらいに考えてほしいと思っております。コメント希望も「時間があるとき」と設定したのもそのような経緯からです。 現実的な話に興味があるのであれば、現在の与党である、自民党草案の問題点を検討してみたら、いかがでしょうか。たとえば、なぜ自民党草案で「公共の福祉」が増えているのでしょうか。国にとって有利な条項が増えていないでしょうか。9条の集団的自衛権の解釈ははたして妥当かなど、ご自身の考えを整理されたらと思います。 確かに、現時点では天皇制は主要な論点として、政治家・メディアに取り上げられているとはいない状況なので、優先順位の低い論点であることは認めますが、頭の体操になるメリットはあると思います。

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  • hekiyu
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回答No.8

”天皇制を擁護する立場の人は、おもに歴史性を根拠にあげますが、  それ自体は根拠にならないと私は考えます。”     ↑ そうやって歴史や伝統を無視して見事に 失敗したのが社会主義です。 やはり歴史には学ぶべきです。 ”その事実を尊重しない自由や権利は私たちにあるからです”     ↑ その事実を尊重する自由や権利もありますよ。 ”憲法14条をでもあるように、人間は本質的に平等であるわけであるから”      ↑ 憲法14条をあげるなら、天皇制を定めた1条以下 はどうなるのでしょうか。 それは無視ですか? そもそも平等原則も数あるイデオロギーの一つに 過ぎないことを知るべきです。 ”人間の本質的平等を重視すれば”     ↑ 人間が本質的に平等だ、なんて誰が決めたのですか。 平等である、というならその根拠を示すべきです。 ”天皇の地位は選挙などによって公募するのが筋だと考えます”      ↑ 選挙で選ぶとなると政治家みたいな人が選ばれることになります。 そうなると、政治的対立が生じ、全国民の象徴であるべきなのに 例えば、右側の人だけの、左側の人だけの象徴になりかねません。 非常に生臭くなります。 その点、天皇は政治的対立が少なく、全国民の象徴にふさわしい いえます。 ”私は、歴史よりも人間の本質的平等を普遍的原理として優位に立つと考えます”        ↑ 人間は理性があるから理性に基づく政治をやれば 理想的になるとして、失敗したのが社会主義です。 人間の理性は、実はあまり当てにならないのです。 先人達の試行錯誤の結果である伝統の方が信用 できるのです。 ”みなさんの考えはいかがですか?教えてください。 ”     ↑ 平等とかそういう欧米流の価値観など、どうでも よいのです。 大切なことは、どうやったら日本の政治が上手く 行くか、です。 ○天皇制の意義ですが、ちょっと思いついただけで これだけあります。 1,歴史を観て下さい 幕末、天皇がいなかったら日本は列強の植民地にされていたかもしれません。 維新後、政府は国民をまとめるのに苦労しました。 それは、当時の人間は藩人という意識が強かったからです。 それで山県有朋と西周が相談して天皇を持って来ることにしました。 お前等は、薩摩藩人という以前に、天皇が治める日本という国の 国民である。日本国民の誕生です。 これを国民国家といいます。 国民国家は国家の総力をあげて事に当たれますので、強力なのです。 世界で最初に成功したのが欧州です。だから欧州は強かったのです。 アジアで最初に成功したのが、日本です。 イラクやアフガンは、いまだにもめていますが、これは彼らにイラク国民だ アフガン人だ、という意識が乏しいからまとまらないのです。 ああいう国に、天皇みたいな存在があったら、どんなに便利なことか。 2,独自性 中国に対する独自性の発露で、天皇という呼称にしたのです。 天皇では中国の皇帝よりも偉そうだ、というので中国は激怒し 日本討伐の話しまで出ましたが、諸般の事情で取りやめになりました。 現代では、欧米に対する独自性の徴表という意味を持っています。 独自性を持たない国は衰退します。 韓国では、朴大統領が、何とかして自国の独自性を出そうとして 漢字を廃止し、ハングルだけにしてしまいました。 3,公、という概念 国家は、国民という意識を国民に植え付けるのに苦労しています。 米国はその典型です。 米国という国は、人種、出身国、宗教、文化が異なる人間が集まってできて いる国です。だからまとめるのが大変です。 その為、国旗を大切にし、何かというと愛国心をかき立てる行動に出ます。 時には戦争もやります。戦争ほど国民をまとめるのに適したものはありません。 オリンピックや国体とかの催しものはみな、国家を国民に意識させる為に 行われているのです。 だから税金を使ってまでやるのです。 国旗や、国歌などもその類いです。 その中でも、天皇というのは強力なツールです。 天皇は生きている歴史であり、歩く国家なのです。 人々は天皇に接し、想うとき否応なしに日本国家や日本の歴史を 想起します。 米国もこれを羨ましがり、天皇の存在は17個師団の軍隊に 相当する力があると分析しています。 4,汚職だらけのアジア諸国の中で、日本は比較的清潔でした。 それは、刑法学者に言わせると、天皇の存在と関係します。 汚職は天皇に対する犯罪で、絶対に許せない、という考え方が 強かったのです。 その反面、警察などによる職権濫用は大目に見られました。 戦後はそれが逆になっています。 5,かつて官僚は、政治家などは選挙区の代表に過ぎないが 我々は天皇の官吏として、日本全体の事を考える立場である、 と誇り高く仕事をしていたのです。 その活躍が日本をここまでにした大きな要因の一つです。 現代でも、天皇に対する官僚の想いというのは相当強いですよ。 6,戦後、社会主義革命の嵐が吹き荒れました。 その前に立ちはだかったのが天皇制です。 社会主義は平等を理念としますので、天皇制とは相容れないのです。 それで米国も天皇制を残すことにしたのです。 天皇は社会主義に対する防波堤としての役割を果たしました。 7,中国などは易姓革命の歴史でした。 つまり前政権を根こそぎひっくり返し、新政権を打ち立てると いう形式の歴史を繰り返してきました。 そのため、人口が1/3に減ったことが何度もありました。 残りの2/3は殺されたか、死んだか、海外に逃げたかした訳です。 海外に逃げたのが華僑です。 こういう歴史の為、中国人は政府や国家など信じません。 信じられるのは己とせいぜいが一族だけ。 だから、中国人は国家のいうことを聞かない国民性になったのです。 犯罪も多く、まとまりもありません。 孫文も言っています。 「日本人は粘土みたいだ。すぐに固まる。中国人は乾いた砂のようだ」 また、ある中国人学者は次のようなことも言っています。 「中国は靖国を批判しないで見習え。日本人の団結力はああいうところ  から養われるのだ。祖国の為に戦死した人々を中国人は参拝  したりしないではないか。だからいつも日本に負けるのだ」 こういう中国と比較すると、日本の歴史は比較的平穏でした。 それは形式的にせよトップに天皇がいて、その下で権力闘争をやる という形だったからです。 これも有る中国人学者が言っていることです。 「日本は大東亜戦争で、大きな打撃を受けたが、中国はあれ以上の打撃を  600回も受けてきたのだ」 8,権威と権力を分離し、もって独裁を防止するという機能を持っています。 日本に、欧州や中国のような絶対的独裁者が出現しなかったのは どうしてだか、考えたことはありますか?

shiomaneking
質問者

お礼

丁寧に論証していただきありがとうございました。回答者さんの意見の中に学ぶ点は多いにあると思いました。感謝いたします。以下に私なりの反論を書きます。 (1)歴史や伝統を無視してはならない。歴史や伝統を無視して失敗した例として社会主義があげられる。 :社会主義の失敗は、ソ連の崩壊など、明らかです。しかし、社会主義の失敗の根本に政治体制や経済システムの欠陥があげられると思います。歴史や伝統を無視したことが必ずしも第一の理由とはいえません。 ただ、急激な変革は社会的混乱を招くから、着実な進歩をめざすべく、そのよりどころとして歴史や伝統を大事にしようという、保守的な立場であれば、理解はします。 (2)その事実を尊重する自由や権利もありますよ:保守的な立場として尊重はします。 (3)憲法14条をあげるなら、天皇制を定めた1条以下はどうなるのでしょうか。それは無視ですか? そもそも平等原則も数あるイデオロギーの一つに過ぎないことを知るべきです。 :1条も14条も現行憲法上の理念の一つに過ぎないことは認めます。したがって、現行憲法解釈においては、1条を無視することはできません。ただ、私は現行憲法の解釈論を展開しようとしているのではなく、改正憲法のあるべき論を主張しています。 (4)人間が本質的に平等だ、なんて誰が決めたのですか。平等である、というならその根拠を示すべきです :確かに現実社会において、身体が不自由な人もいれば、健康な人もいる。お金持ちもいれば、貧しい人もいる。容姿端麗な人もいれば不細工な人もいる。社会的差別に苦しむ人もいれはそうでない人もいる。そういう意味では平等ではありません。ただ、法制度として何らかの区別を与える制度が合理的に説明できるかが重要だと考えます。一人一票という平等原則に基づけば、説明は容易につきます。これに対して、たとえば、Aさんは2票でBさんは1票の価値しかないという社会制度であれば、それに対する合理性を維持するためには多少のレトリックが必要とされます。参議院選挙である程度一票の格差があっても違憲判断がないのは、地域代表的な制度を反映させるためなどがあげられます。ここで、私が指摘したいは、人間の本質的平等は当然成立するのでその根拠をあえて積極的に提示するまでもなく、むしろ平等原則を修正する立場に立つ方が、なぜその修正した立場が正当なのか、レトリックを提示すべき問題だと考えます。法制度論の合理的要求を満たす観点からは私の提示した消極的立場で十分議論に耐えうると思いますが、もしこの前提で満足されないのであれば、法哲学の領域で平等とは何かについて別途議論を深める必要があります。 (5)選挙で選ぶとなると政治家みたいな人が選ばれることになります。そうなると、政治的対立が生じ、全国民の象徴であるべきなのに例えば、右側の人だけの、左側の人だけの象徴になりかねません。非常に生臭くなります。:この点については、起こりうる事態だと認めます。ただ、適切な選挙規制によって、象徴にふさわしい人を選びうる方法は可能だと考えます。また、不幸にして象徴にふさわしくない人が選出されたとしても、 任期を定めたり、解任事由を厳格にすれば対処しうると考えます。また、象徴天皇には政治的活動が許されていないため、仮に過激な思想を持つ者が選出されたとしても、行動規制をすればすみます。たとえば、江頭2:50が選出されて、海外の来賓の前で裸になりそうになったら、服を強引に着せるか、地位をはく奪すればよいだけの話です。 (6)人間は理性があるから理性に基づく政治をやれば理想的になるとして、失敗したのが社会主義です。 人間の理性は、実はあまり当てにならないのです。先人達の試行錯誤の結果である伝統の方が信用できるのです。:確かに伝統には、文化を維持させる力があります。その意味での価値は見出しますが、伝統に固守すると旧態依然のまま埋没していきます。イスラム過激派は伝統を非常に重んじます。イスラムの伝統に反することは厳しく罰せられます。伝統を信用する立場自体は否定しませんが、それにとらわれすぎると閉塞した社会になるとは思いませんか。 (7)歴史的意義(幕末の天皇の役割):否定はしません。ただ、「幕末」での話です。現時点で、天皇制を廃止したら、日本は植民地にされますか?また、イラクやアフガンは、過去に植民地支配や諸外国の侵略を受けた多民族国家ゆえに、そのような状況でない日本民族が圧倒的多数を占める日本とは状況を異にします。 (8)天皇の独自性:天皇に独自性があり、独自性を持たない国は衰退すると主張されていますが、仮にそうだとしても、天皇制がなくなった場合、日本に独自性は残らないのでしょうか。独自性の例として韓国のハングルを例として挙げていますが、日本のカタカナ、ひらがなは独自性の現れでないでしょうか。 (9)公の概念:アメリカの例をあげていますが、それは単に多民族国家特有の悩みを指摘されただけではないでしょうか。日本にはアイヌや在日韓国人など少数民族はいますが、圧倒的多数を占める日本民族の存在により、多民族国家特有の悩みがあるとはいえないという状況を指摘しただけではないでしょうか。 (10)天皇は生きている歴史であり、歩く国家なのです。:そのような認識を持つ人が多数であるならば、それは社会的事実としては認めますが、私とは見解を異にする主張です。比喩なので、国家がうろちょろしたら困るとまでは言いません。 (11)天皇には国民に国家を意識させる力があります。:国家の象徴のため、そのような力があるでしょう。 (12)戦前は警察による職権乱用は多かったが、汚職は少なかった。戦後は、逆だ。:警察の職権乱用と汚職を天秤にかけること自体に違和感を感じますが、主張の前提が正しいとしても、私は汚職の方が警察の職権乱用よりもましだと考えます。警察の職権乱用で無実の人が死ぬよりも、汚職で国家予算の浪費がされるほうが、人命とお金の比較の観点から、まだましだと考えます。 (13)官僚の天皇に対する意識:私は官僚ではなく、官僚と接する立場にないので、彼らの意識はわかりません。 ただどのような意識をもっていたとしても、仕事をきちんとしてくれたらいいと思います。 (14)天皇制は社会主義に対する防波堤としての地位:冷戦当時はそうだったかもしれません。その点の意義は認めます。しかし、現在は冷戦中ではありません。 (15)中国では、歴史上、革命が多くおこり、そのたびに甚大な惨禍にみまわれた。日本では天皇制のため、そのような惨禍は免れている。:個人的な見解としては、むしろ江戸幕府の参勤交代制度と鎖国政策が効果的だったからだと思います。 (16)権威と権力を分離したため、絶対的独裁者が生まれなかった。:すばらしい発想だと思います。そういう考え方もあるのかとは思いました。ただ疑問点としては、まず第一にはたして絶対的独裁者が生まれなかったかどうかという点があげられます。絶対的独裁者の定義や為政者の人物評価の点にも判断がわかれるところですが、たとえば生類憐みの令をだした徳川綱吉をあげることができるでしょう。第2の点としては、仮に絶対的独裁者が生まれなかったとしても、トラの威を借りたキツネは存在した点です。尾崎行雄が以下のような指摘をしております。「彼等は常に口を開けば、直に忠愛を唱へ、あたかも忠君愛国は自分の一手専売の如くとなえておりまするが、そのなすところをみれば、常に玉座の陰にかくて、政敵を狙撃するがごとき挙動をとっておるのである。彼等は玉座をもって胸壁となし、詔勅をもって弾丸に代えて、政敵を倒さんとするものではないか。」と。なぜ、戦前は戦争がたびたびおこなわれたのでしょうか。 以上、長々書きましたが、丁寧にコメントをしてくれた点につきましては、私自身の勉強にもなりましたので 感謝します。

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  • tohoho2
  • ベストアンサー率23% (16/68)
回答No.7

天皇制はまだ必要か?(http://okwave.jp/qa/q177692.html?from=rfqa_no) の回答 「冗談のようなホントの話ですが、天皇に石をぶつけてケガをさせた場合、罪状は器物破損になります。今の憲法や法律の解釈からいけば、天皇はモノでしか扱えないのです。 また、皇居には住所が存在しないため、天皇には住民票も戸籍もありません。 これってある意味人権侵害だと思いません?人間宣言したのに、未だに石をぶつけられたら器物破損ですよ。引越しも出来ないし、好きな職業にも就けないし、人を愛するにも「皇室会議」で決定されなきゃダメなんです。 *話題の雅子さんの出産も、会議で決められたことでしょう。 もちろん表向きは結婚や皇族からの離脱などを審議する会議ですが、実際は結構プライベートな事柄まで侵害しているようですよ。 天皇が国連に人権救済を申し立ててもおかしくないですね。 ということで、私は権力だとかお金だとかとは違う意味で、天皇制は見直されるべきだと思っています。」 がおもろかったな。

shiomaneking
質問者

お礼

コメントありがとうございました。また、引用文の私的もありがとうございました。以下に私見を述べます。 (1)天皇に石をぶつけたら器物損壊になります。:法律論として本当に正しいのですか?もし正しいのならば、 天皇を殺害しても、殺人罪でなく器物損壊になるのが筋です。検察の立場からは、被害者の天皇を証人として裁判の法廷に立たせたくないという実務的判断があり、石をぶつけた程度ならば、執行猶予付きの傷害罪もしくは暴行罪になる程度であるから、あえて器物損壊で立証しようとするという判断ではないかと推測されます。ただし、傷害や殺意の意思をもって、何度も石をなげつけ、その結果、石のあたりどころが悪くて、天皇が意識不明の重体になられた場合など悪質な場合に、器物損壊になるとは思えません。 (2)引越しも出来ないし、好きな職業にも就けないし、人を愛するにも「皇室会議」で決定されなきゃダメなんです:天皇や皇族の立場上、そのような取り決めになっていると思います。皇室典範の法改正で対応できる範囲かどうかの問題だと思います。 (3)天皇のプライバシーなどをいかに確保するかは、人権問題の一つとして論点になりうる点は同意します。

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  • dragon-man
  • ベストアンサー率19% (2714/13698)
回答No.6

立憲君主制の国は世界にたくさんあります。日本以外にイギリス、オランダ、スペイン、スエーデンなどがそうです。ネパールやブータンやタイもそうです。おおむね穏やかで民主主義的で、安定した国家運営が出来ています。そうではない単なる議会制民主主義や大統領制、共和制、独裁制の国は社会的混乱が多く、好戦的で常に問題を抱える傾向があります。アメリカや韓国、ロシア、中国などです。 世界で最も安定して発展している国の代表は、天皇を君主とする立憲君主制の日本です。明治維新の時、時の国家主導者達がイギリスを見倣ってこの国家体制を作りました。戦争で負けて危うくただの共和制国家にされそうでしたが、運良くそれを免れました。 天皇を選挙制にするなどと暴論を言ってはいけません。それは立憲君主制でもなければ共和制でもありません。選挙で選ばれた君主と首相が二人いる国などあり得ません。あったら国が大混乱して潰れます。もし今の議員内閣制をやめて天皇を選挙で選ぶなら、選挙制度のもとでの独裁制と言うことになります。そんな国のほうが今よりいいとでもお考えですか。天皇制があったとしても日本人の本質的平等性は何も変わりません。天皇は歴史です。歴史は国家にとって最も大事なものです。歴史がないのでうまく行かない国はたくさんあります。アメリカや韓国、中国などです。憲法などと言うものは、国家運営に都合よく作ればいいのです。

shiomaneking
質問者

お礼

コメントありがとうございました。回答者さんに対する私見を以下に述べたいと思います。 (1)立憲君主制の国は、ができているのに対し、単なる議会制民主主義や大統領制、共和制、独裁制の国は社会的混乱が多い :独裁制の国は社会的混乱が多いのは明らかなので認めます。それ以外の国の制度は、社会的混乱が多く、好戦的で常に問題を抱える傾向にあると、社会的事実として一般化できるのかよくわかりませんが、もし一般化できるとすれば、立憲君主制に社会的効用があるとして一定の説得力をもつことは認めます。 (2)世界~免れました:歴史的事実に対する見解ととらえます。 (3)天皇を選挙制にするのは暴論。選挙で選ばれた君主と首相が二人いる国などありません。大混乱します。: 君主の意味づけを、伝統的な意味でとらえた場合、そぐわないであろうという指摘であれば、理解します。 大混乱するかどうかは、もしそのような社会制度になれば社会的事実がいかなる状態になるかの問題なので、 移行期の一定期間はある程度社会的混乱は推測されますが、大混乱かどうかはわかりません。 (4)議院内閣制をやめて天皇を選挙で選ぶ:私は議院内閣制は否定していません。理論の前提として肯定しています。議院内閣制をやめて主権者としての天皇を選挙を選ぶという趣旨ではありません。そのような制度は独裁制につながる危険性が高いので私も大反対です。 (5)天皇制があったとしても日本人の本質的平等は何も変わりません。:現在の憲法の理念に近い見解だと思います。天皇制を平等原則の例外としております。天皇以外の日本人の本質的平等は担保されています。 (6)天皇は歴史です。歴史は国家にとって最も大事なものです。歴史がないのでうまくいかない国としてアメリカ、韓国、中国があります。:まず、この見解で疑問なのは、「歴史」の定義づけをしてほしい点です。 単に何代か続いた王や皇帝、天皇という制度が現在存在している国に対して「歴史」があるという定義づけでしょうか。私がこのように思ったのは、中国に歴史がないという見解を示しているからです。 (6)歴史がないのでうまくいかない国はたくさんあります。アメリカや韓国、中国などです。:これは、(1)の指摘と通じるところですが、もう少し丁寧に論証してほしい点です。これらの国の国家運営がうまくいかないというのであれば、まずなにをもって国家運営ができているのか否かという点、国家運営ができていない原因として複数の要因がおそらく想定されますが、その中でなぜ優先度の高い原因として立憲民主主義国家でないことがあげられるのか、指摘してほしいです。 (7)憲法などは、国家運営に都合よく作ればいいのです。:国家運営に都合よいとは、見方をかえれば、為政者にとって都合がよい憲法を意味します。そうなると、もし為政者に横暴があったとしても歯止めがききません。このような憲法は、回答者さんのいう「おおむね穏やかで民主主義的で、安定した国家運営」からほど遠くなる状態に資するのではないでしょうか。

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  • cse_ri2
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回答No.5

さて、質問者さんに聞きたいのですが、イギリスは民主主義国家でしょうか? オランダは? スペインは? スウェーデン(サヨクのあこがれの国ですね。w)は? 上記の国では、やはり平等がないのでしょうか。 世界を均等に見れば、君主をもつ民主主義の国もあり、また君主のいない民主主義の国もあります。 そういった認識をもった上で、憲法で皇室制度をどう扱うのかの議論は必要かと思います。 サヨクの人たちは、改憲論議と皇室制度(サヨク用語で天皇制)を絡めることを嫌がりますが、あえてそのタブーに触れた勇気には、率直に敬意を示したいと思います。 今後、改憲論議を進めていく上で、憲法第一条に触れることもあるかと思いますが、是非逃げずに議論に加わっていだきたいとものです。 私は、憲法第一条については今のままでもよく、しいて言えば天皇を元首とする文言を加えたいところです。

shiomaneking
質問者

お礼

コメントありがとうございました。以下に私の見解を示します。 (1)イギリスなどの国が君主をもつ民主主義をとっていることは周知の事実だと思います。他国と比較してどうかといわれればどうかといわれれば、日本は立憲民主主義国家の範疇に入ります。ただ、ここからは議論はそれ以上進展しません。 (2)サヨクの人たちが、改憲論議と皇室制度を絡めることを嫌がる点:おそらく9条改正反対を優先順位の高い論点として、政治的立場をとられたことと考えます。 (3)憲法1条で天皇を元首とする案:確かに、天皇が海外に訪問された際に、元首とする国際慣行はあると聞いています。ただし、それは象徴天皇制を前提とした(儀礼的な)元首です。仮に、1条に天皇を元首と明記する場合、記載ぶりにもよりますが、国民主権の原則が怪しくなる危険性が高まります。 私は、右翼の人々がなぜ、自分たちの首を絞めるような提案をなさるのか、はななだ疑問に思っております。

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回答No.4

人間の価値判断は貴方の論理からしても多様です だから天皇制も多様な価値判断の内の一つなのです 貴方の論理は貴方のものです 異論は唱えません 同時に貴方以外の人間が論じる多様性も又貴方は認めなければならないと言う事も 併せて知るべきなのです 貴方の言う本質的平等があって 尚且つそれが普遍的原理であっても 天皇制を論議する根拠とはならないのです 天皇とは天皇なのです 貴方はここが理解出来ていないから こういう議論を好むだけの事でしょう 天皇を公募するなどそれこそ論外です 天皇は公募するべき地位ではありません 天皇はあるかないかのどちらかでしかあり得ません

shiomaneking
質問者

お礼

コメントありがとうございました。回答者さんに対する私の見解を以下に示します。 (1)人間の多様性:否定しません。いろんな人間がいろんな意見をもつのは当然だと思います。 (2)天皇制を論議する根拠とはならない:逆に論議する根拠は何かをご教授願いたいです。また、なぜ根拠にならないのかを合わせてお願いします。私にはまったく理解できません。 (3)天皇は天皇、公募は論外:天皇が代替性の聞かない地位との主張と理解しました。血筋を重視すれば、そのような結論になります。 (4)天皇はあるかないかのどちらかしかありえません:現在の天皇制の天皇と、それ以外との区分でわけるならば、そのような結論になります。 もっとも、天皇の血筋は保存すべき価値があるかというと、はたしてあるのでしょうか。私は、家系図を作っておけばよいぐらいの価値ではないかと思っております。

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noname#185504
noname#185504
回答No.3

96条改正で緩めてしまう前に、考えなければならないものは、たくさんありますね。変えやすいと、論議されずに改正される部分も出てくるし、全体としてのバランスも見えなくなります。300万人の日本人の屍の上に作られた憲法ですから、軽々しく扱うべきではないと思います。

shiomaneking
質問者

お礼

コメントありがとうございます。 96条を先行で改正された場合、憲法議論も十分になされないまま、改正されるおそれは否定できないと思います。その点は同意します。 「300万人の日本人の屍の上に作られた憲法ですから、軽々しく扱うべきではない」:まったくそのとおりで、きわめて慎重な論議が必要だと考えます。 ただ、本論点と少しずれているような気がするのは、私だけでしょうか。

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  • cliomaxi
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回答No.2

>歴史は過去の事実の積み重ねにすぎず、その事実を尊重しない自由や権利は私たちにあるからです。 事実を無視或いは否定する必要は無いし、尊重する自由や権利もありますよ。 擁護を主張する人は単に歴史の長さだけとかそんな単純な理由だけででそう主張しているのではありません。 多くの日本人にとって陛下は心のより所としての象徴だと私は考えます。 例えば被災地の慰問に大臣が何十人行こうと陛下お一人のありがたさには全く敵わないでしょう。 天皇制の論議がタブーだとは思いません。 反対派の方もいるでしょう。 個人的にはあなたの主張は理想論的で現実に則したものには感じられないです。 或る意味共産主義の様の感じます。

shiomaneking
質問者

お礼

コメントありがとうございました。回答者さんのご指摘に対する私なりの意見を以下に書きます。 (1)「事実を尊重する自由や権利はあります。」:思想良心の自由がある以上、それ自体は認めます。ただ、本論点を考えるにあたって、価値判断として(歴史的)事実をどの程度重視するかが問題となります。私は、平等原則を上回る価値を歴史的な事実にあるとは思いません。 (2)「陛下は心のよりどころとしての象徴、被災地の例」:現時点の陛下の人柄なり人望は否定しません。ただし、将来的に人格的に問題のある人物が天皇になった場合、心のよりどころは失われるでしょう。 (3)理想論的で現実に即したものには感じられない:保守的な立場に立てばそう思われるでしょう。もっとも、 地動説も当時は理想論的で現実に即したものには感じられないと教会派は考えたのではないでしょうか。

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