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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:親を許したい)

親を許したい

このQ&Aのポイント
  • 自分自身を許すというか認めることが出来るようになりました。幼少期における親(特に母)の行いが、私の今までに影を落としてきたことに気付きました。思春期から対人恐怖症を抱えるようになり、低い自己評価と、完璧主義になってしまいました。親を恨まずに謝罪しろとは言えませんが、心の整理をしたいです。
  • 親を恨まずに謝罪しろとは言えませんが、過去の色々なことを思い出すと、どうにも心に引っかかります。母と会って話すこともありますが、本人にはないという反応をされることもあり、さらに心の整理がつきません。親を許し、気持ちに整理をつける方法をお教えください。
  • 自分自身を許し、認めることが出来るようになった一方で、幼少期における親(特に母)の行いが私の今までに影を落としてきたことに気付きました。思春期から対人恐怖症を抱え、低い自己評価と完璧主義になりました。謝罪しろとは言えませんが、心の整理をしたいです。どうすれば親を許し、気持ちに整理をつけることができるのでしょうか。

質問者が選んだベストアンサー

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noname#217538
noname#217538
回答No.3

>ふと「ああいう育て方をされなかったらこんな生き方じゃなかったのにな」と思ってしまいます。 人のせい(親のせい)のせいにはしたくないのですが… それはありえますね。ゆりかごを揺らす手が違えば揺れ方すら違ってきます。 あなたの心の葛藤、私にはよく理解できます。子供にとってどれだけ親が大事で頼りたい存在か、愛されたい存在か。世界中がそっぽを向いても母親だけには守って愛してもらいたい、それが子供心でしょうね。 大人になったら自己責任だという意見もあるでしょうが、その心の葛藤は簡単に拭いきれるものではないと思います。毎日の生活の中で同じ思いを抱き続けるからこそ、記憶にしっかりと刻まれます。一度や二度の通りすがりの人の言動ではない、一緒に暮らしている大好きな親だからこそ、なおさら記憶に残るのです。 でもお母さんにとってその時の言動は単なる日々の一こまに過ぎないのです。あなたを育て忙しさに追われ、いちいち覚えていない、残念ながらそう思います。あるいは覚えていても固体が違えば感受性は違う。あなたが傷つく言葉とお母さんが傷つく言葉は親子でも同じとは限らないのです。 まず、もうその時のあなたの心情に無理に触れない事です。返ってくる言葉を聞けば再度傷つくのはあなたです。あなたはあなたの生活圏で立派に生きてます。お母さんにはお母さんの生活がある。時々互いの生活からちょっと抜け出して食事を取る程度の関係に今はとどめましょう。あえて楽しく食事したら良い。それだけでも成長した自分を自分で褒められます。 まだ30歳なら人生のデザインがいくらでも可能です。まだ若い。これから何をしたいのか、将来に目標を持って下さい。もっと成長したときに、きっとゆとりが生まれて自然に許す日が来ます。それまでは過去のあなたの心の話はもういったん止めましょう。将来に成長してから大きな気持ちで彼女を一人の人間として客観的に見れる日が来ます。気持ちに整理をつけ何とか自分を変えたいと思った今の自分を高く評価してください。誰もがそう思えるわけではありません。でもあなたは確実に親をいつか許せる路線に乗った気がします。あせらないで自分を成長させる事に重点を置き、ゆっくりと進んでください。

vuvu0305
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 拝読しながら、胸が詰まりお返しする文が出て来ません… より自分を成長させることにします。

その他の回答 (12)

回答No.13

NO10です。 そうです。 その本です。 私たちは未熟なのです。 許しても、直ぐにまたその事(あるいはその人に)に対して、怒りがこみ上げます。 それで嫌になりません。 一度許したからと言って、完璧に許しなどできない・・のです。 ですから、また、許す事にチャレンジします。 何度も、何度でも許すのです。 何度でも許していると、段々とその間隔が開くようになります。 つまり許していた期間が長くなります。 その内に気にならなくなります。 ある日、気付きます。 許しとは・・・相手を変えるのではなく、自分を変える・・のだと。 本当には、「自分を変える」のではなく、「自分の考え方」を変えるのですがね。 この区別が分かる様になり始めると、許しは簡単になるでしょう。 心の平穏へ向かって。

vuvu0305
質問者

お礼

ありがとうございます。 仰っていました本を注文しましたので 届き次第、読んで糧にしたいと思います。

  • syoukei77
  • ベストアンサー率39% (13/33)
回答No.12

私も似たような経験の上育てられたので他人事とおもえず失礼して回答させて頂きます。 >母はとにかく世間体を気にし、私の行いに対して否定から入る人でした。 わたしの親もそうでした 何度となく自分が出来損ないと思いましたよ >また自他ともに認める低い自己評価と、完璧主義になってしまいました。 お気持ちわかります。わたしは対人的になにか悪いことがあると すべてなにかしら自分に悪い要因があったからだとか ほめてもらっても「自分なぞの良いとこをみてくれていい人だな」と 社交辞令としてしか受け取れませんでした(いまだに若干はあります) こんな風にそだてられていなければと思いつつも 親に感謝しているというこの気持ちなかなか回りの方には理解して頂けません。 質問者様はお優しいなと思いました。 私の場合は学生時代に限界を超えて親に怒りをぶつけ しばし家を飛び出しました(汗 逆に親からするとそれほどまでに辛い思いをしているとは 思っていなかったのかな?と思います。 それからは「親も人間」万能ではないと理解するようになりました 一概に自分のためにそうしてくれていたわけではないでしょうが 悪意でしていたのではないとは思いませんか? 友人からほめ言葉を頂いたときにいつもどおり 「いやいや~そんなことないよ~」と謙遜していたところ 「謙遜も美徳かもしれないけどそれは周りの人が言ってくれている長所やギフトを 受け入れていないと感じる。悲しい」といわれたことが目からうろこで 他人がほめてくれる部分を素直に受け取って大事にしていこうと思えました。 いくつになっても親の考えとか目線がきになってしまうのは 昔うけた束縛や否定におびえてしまうからかなと思っていますが 親の評価が全てではないですよ~~

vuvu0305
質問者

お礼

遅れましてすみません。 ご回答ありがとうございます。 >わたしは対人的になにか悪いことがあると >すべてなにかしら自分に悪い要因があったからだとか >ほめてもらっても「自分なぞの良いとこをみてくれていい人だな」と >社交辞令としてしか受け取れませんでした 私にも大いにあてはまることです。。。 なので、「気にしすぎ!」「自己評価低すぎ!」と言われます。 不思議なことに、自分を許し始めると人から褒めて頂けることが増えまして とても有り難く、かつとても新鮮な気持ちになりますね。

  • 96183327
  • ベストアンサー率17% (95/536)
回答No.11

はじめまして。 今の葛藤はとてもよくわかります。 親というフィルターを通すと、気持ちにケリをなかなかつけられないんですよねぇ。 親だから・親なのにの繰り返しで、期待と落胆の繰り返しで私もボロボロになりましたが、人としてみて納得でき、そういう人が自分の親というだけで仕方がないと、他人に対する距離の取り方をして、心が楽になり、許すとか許さないではなく仕方がないけど忘れないという心境になっています。 私の場合は、理解したことによって、自分の人生では、これ以上親ということで受け入れることはできないという結論ではありますが、自分が成長して親を理解することで、やっと自分の人生が歩めていますので、結果、受け入れられる理解なのか受け入れられない理解なのかは、それぞれで違うとは思いますが、やはり、自分が精神的自立することで自分の人生を生きられると思いますので、今の葛藤は決して無駄ではないですし、途中過程で必ず道は開けますから、頑張って下さい。

vuvu0305
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 「精神的自立」 これはこの件に限らず、今の自分に必要なものなので わずかにでも成長していきたいと思います。 これは漠然と思っていることなのですが ある点を越えると「そんなこともあったよな」と 自分にケリがつけられるような気はするのです。

回答No.10

NO4です。 お礼ありがとうございます。 さて、 「ゆるすということ」と言う本があります。 これを熟読される事をお薦めします。 一寸古い本なので、アマゾンでしか手に入らないかも。 私・・100回は読みました。 今でも、時々読み返しています。 許す・・と言う事の概念が変わることと思います。 私・・許せる感じが掴めるまで・・7年かかりました。 今も、許しを学んでいます。 許しは、一寸思いついてできる様な事でもないです。 しかし、一度許す事が実感できたなら、瞬間的・・にも可能となります。 それまでは結構長い道程がありますが。 許すとは、他人を許す・・事も含まれますが。 本来は、自分を許すことでしょう。 囚われている自分を・・ 開放とも言いますね。 許した先には・・心の平安、平穏などと言う言葉で表現される・・世界が展開します。 それは、穏やかな・・としか言いようのない世界です。

vuvu0305
質問者

お礼

遅れましてすみません。 ご回答ありがとうございます。 「ゆるすということ―もう、過去にはとらわれない」 というタイトルの本でしょうか? 読んでみたいと思います。 そうですね、その意識の囚われからの開放(解放?)をしたいのです。

  • kjgjgkjg
  • ベストアンサー率16% (5/30)
回答No.9

同じ悩みを抱えています。 書いてある事が自分の事かと思いました。 許す、、、私も何度も試みましたが難しいですよね。 許したいと思っているのか、許さなくてはいけないと思っているのか、、、悩み過ぎて分からなくなりました。 結果的に、“母は好きだけど、その事は許せない”で落ち着きました。 でも今はそれで良いと思っています。 感情には逆らえません。 もし、自分に言い聞かせて無理に納得して許す事ができたとしても、それはまた自分に負荷をかける事で、、、 それって昔と同じように我慢する事と同じな気がするんです。 無理した結果が今の私なので、これからは自分自身を労わる事にします(笑) 時間が解決して、すんなり自分の中からモヤモヤが抜けていくのが理想です。

vuvu0305
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 遅れましてすみません。 >“母は好きだけど、その事は許せない” どうやら今の自分はこのような状況のように思っています。 普段は気にならないけれども、 何かをきっかけに許せてない部分が湧き上がる、という感じです。 自分の成長も含め、時間に任せることなのでしょうか。

回答No.8

何か「ねばならない」に拘ってませんか? 母親を「許さなければならない」みたいな、、、? 許したくなかったら許さなくてもいいのでは? 許さなくてもいいけど、恨んではいけません。 もう、30歳なら、親から離れたらどうですか? お勤めなさってるのでしょう? 親と、距離をもちましょうよ。 世界中の親が、全ての親が「完璧」ではないのですから。 貴方だって、結婚されてお子さんが生まれたとき、自分では何気に発した言葉が 意外に子供が傷ついてしまう場合もあります。 完璧主義! いいじゃないですか!! いい加減な人も多い中、完璧って大事だと思いますよ。 対人関係のことですが、相手の良い処だけをみましょうね。 相手の悪い処が見える、、、ということは、「貴方」の中に同じものがあるからみえるのですから。

vuvu0305
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 >30歳なら、親から離れたらどうですか? 私がウツになったのを機会に、都度、生存確認の連絡をしてくるようになったので これをどうにかしないといけないですが。。。 (心配してるというのは分かるのですが。。。さすがに) >相手の良い処だけをみましょうね。 これは今の自分の課題でもあります。

  • 1976a
  • ベストアンサー率41% (473/1135)
回答No.7

親と合って不安定になるなら縁切ってしまえばどうですか? ちなみに虐待受けて育ち、その人(親とも思ってない)は、私の目の前で服毒自殺しました。 幼いながらに「これでもうこんな目に合わなくていいんだ」ってほっとしたのを覚えてます。 お陰で、その幼い頃の記憶がほとんどありません。 心療内科の医師、曰わく、「覚えてたら耐えられない記憶を脳が本能的に封印して自分を保とうとしてる状態」と言われました。 別に嫌なら許さなくていいのでは? 許そうとするから自問自答して辛い、嫌いなら嫌いでいいと思いますよ。 ただし、「20歳越えたら自分の人生、人生の責任」なので自分の人生を誰か(この場合親)のせいにするのもみっともないと思います。 そのまま受け入れた方が楽ですよ。 「仕方ない、これも自分だ」ってね。 今の自分を「仕方ないか」と受け入れたら楽になりました。 ある意味開き直りかな? だって、いくら考えても過去は、変えられないですから。 嫌なら嫌、キライならキライでいいと思いますが。 辛いのは、まだ無意識にどこかで親の愛情を求めてるのでは? きっぱり見捨てたら楽になります。 今の自分をそのまま受け入れてからまたこれからの人生を自分の生きたいように生きたらいいと思いますよ。 鬱経験もありますが、脳の機能障害、誰でもかかる可能性のある病気です、最近は、偏見も減ってますし。 生きたいように生きて先の幸せ探した方がいいと思います。

vuvu0305
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 決して親のことは嫌いではありません。 細かい言い方になるのですが、 現在の親ではなく過去の親を許したいと言うのがいいでしょうか。 現在からみて「もう過去のことだし、仕方ないか」と 開き直るにはどうしたらいいのか?ということです。

回答No.6

こんにちは。 自分も似たような体験があるので、お気持ちが分かります。 自分は、分かってもらうことを諦めました。そのかわり、親の望みを叶えようと無理することもやめました。 vuvu0305さんの職場の人や、お付き合いした女性のことなど考えてみてください。中には、親御さんと同じような言動を取る人がいませんか?そういう人たちに対し、信頼したり、もっと深くお付き合いしたい、と思ったりしますか? 自分には、この現実は残念でした。要するに、自分の親は、人から信頼されたり大事にされたりするような人間ではなかったのです。 同時に、さらに残念なことに、そんな親の言動をかなりの部分、コピーして育ってしまった自分も人から信頼されたり大事にされたりするような人間になれていませんでした。 そしてやっと、親の行動を手本にしてはいけないのだと分かりました。親が言うとおりにしたり、親が喜ぶように行動しても、社会的に歓迎される行動とは一致しないことが多いことが、やっと分かりました。 なぜ気づくことができなかったのか。やはり、親は優れた人であると思い込んでしまっていたのでしょう。 さて、どうしても付き合わざるを得ないけれども、信頼できない人、もっと深くお付き合いしようとは思えない人に対し、vuvu0305さんはどのように接するでしょうか? 世間というものは、親を大事にすべきだと考えるものです。親は大事ですねと口だけは言っておくのです。実際にどうなのかは人それぞれです。まともな人は他人のことを詮索したり批判したりしません。そういう、公の場で不特定多数の人に不快感を与えないための演技のようなものを、仕事のスキルのようなものと捉えて、罪悪感なくこなせるようになれば、かなり楽だと思います。

vuvu0305
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 自分を認めることが出来るようになった最近は 他人に(意識として)依存することがほとんどなくなったように思います。 深くお付き合いしようとは思えない人には社交辞令でなんとか立ち回っています。 傍からみて自然かどうかは分かりませんが。。。

  • mini011
  • ベストアンサー率18% (21/111)
回答No.5

私は対人恐怖症ではありませんが、四十代で 気が付き、今距離をおいています こんな親は愚かな人間です 許すということは、 相手を愚か者で哀れと思えたときです 親子でも魂は別です 愛、情、感謝とかとまったく別次元で 自分をしっかり持ってください 今まで親に影響された人生であったことは間違いないし 運命として受け入れるしかないです でも、親を意識しない人生こそがあなたそのものの人生になるのでは あなたが自分の力で親の嘘を見抜いていけたのでしたら 「許す」ということを「怒っていない」と処理する行動でなく 「過去の自分と関わってきた事柄で終わった」と処理して 今から、明日からは親はどうせ保身に走るけれど相手にしないと 母親を見れるようになれば 母親は哀れな老婆でしか見えません 「許す」とは強い人間が弱い人間にできる行為と思います

vuvu0305
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 >親を意識しない人生こそがあなたそのものの人生になるのでは 親うんぬんではなく、私が私自身に精神的に自立出来ていないと感じています。 先にご回答された方が仰られていたように、自身の成長に努めようと思います。

回答No.4

>>最近になってようやく、自分自身を許すというか認めることが出来るようになりました それは素場らしい。 >>どうすれば、親を許し、気持ちに整理がつくのでしょうか。 自分を許した如くに許しなさい。 それで気持ちの整理はつきます。 自分を許した如くに許せないと言うのであれば、自分を許したとは、偽りです。 自分が許せたなら、他人(親も含めて)など許すのは簡単。

vuvu0305
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 >自分を許した如くに許しなさい。 ゆっくりと客観視出来るよう深追いしないようにします。

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