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研究室に配属される意義
こんばんは。大学の自然科学系で働くものです。 この時期になると三年生の学生さん達は就職活動に忙しくなりますね。春は企業就職、夏前は公務員試験準備・教職実習、夏~秋は公務員試験、教員採用試験、、、、などなど、気持ちが落ち着くのは秋風が吹く頃でしょうか。1年の半分以上は来年以後の準備に費やし、あわただしく数カ月で卒業研究をまとめる人も多いと思います。 で、思うのですが、いまどき、大学の研究室に配属されて卒業研究をする事は、その人の人生にとって、どれくらい重要な事だと思いますか、または感じていますか?或いは企業のかたで、その学生さんが大学でどんな卒業研究をしていたか、重んじることなどあるのでしょうか?私の分野では学生さんの専門と就職先の職種とは解離していくように見受けられます。「卒論なんてお遊びですよ」といった声もあります。それらも含めて、大学の四年生で卒業研究をする意味を考えてみたくなりました。いろんな立場からの御意見をお願い致します。
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私の出た大学(工学部)では卒研は必須科目でした。最近は選択科目である場合も多いようですね。ちなみに私は、卒研は就職活動のカードであり、就職後には有用なものであると思います。 推察のとおり、就職面接で面接官は卒研内容が自社の即戦力になるかどうかなどおおかた考えていないでしょう。あるモノに対して、どの程度真剣に打ち込んでやっているかの評価になります。まだ、研究室に配属されていない場合や、スタートしたばかりで内容がわからない場合でも、それが悪い評価になることは無いと思われますが、「卒研をしている」「卒論を書いている」となど答えた場合は、それなり解説力や打ち込み具合は判断されるでしょうね。要するにしっかりやっていて、それが証明されれば評価されるでしょうが、やっていなければ格好な突っ込みターゲットになって評価を落とすことになります。そういう意味では、おそらくく同時進行する就職活動において、プラスでもマイナスでも両方のカードになり得ます。 一方、卒研は就職後の仕事の実務的な面に大きく作用すると私は考えます。卒研は文献調査や実験→分析や解析→考察→論文執筆→発表というスタイルになると思われますが、このように複合した実務的な作業(図書館に行く・コピーをする・機器の設営組み替えをする・データを取る・考える・他のデータと比較する・文章にまとめる・発表用の資料を作る・人の前で発表する・論議する・・・・等々)を伴う科目は卒研以外に無いので、これらを一通り経験することで入社後の他の同期より一歩リードできる機会は増えるでしょう。 たとえば、卒論をまとめるにあたって習得したワープロソフト、表計算・グラフ作成ソフト、場合によってはCADソフトは即戦力になります。入社後いきなりプレゼンテーションは無いでしょうが、上司のプレゼン資料をきっちり作れれば評価もあがります。 もともと、日本では大学の研究テーマと企業の望むものがかけ離れているので、卒研の内容で勝負はできないでしょう、しかし、卒研で実務処理能力を付ければ、入社後に一歩リードでき、それを発端にその企業のコア戦力に携わる機会も増えるかもしれません。卒研はやって損はありません。しかしやる以上はしっかりやる必要があるものです。 ちなみに私の居た卒研では、先生は「就職活動中の者は週一回顔見せに来るように」という程度の拘束でした。しかし、卒論の内容(文章力・構成なども含め)には超厳しく、卒業ぎりぎりまで再提出のあらしでした。例えば、文法がおかしいのは論外で、段落のインデントが他の段落とずれていてもアウトです(笑)。フォントや単位に付け括弧、英数字下付上付、斜体などまで厳しいチェックでした。 でも実際就職して思ったことは、そうやって鍛えられたことによって実務処理が早く終わり、空いた時間に本来の仕事ができるということです。逆にそれくらい、実際の仕事には雑務が多いですね(汗)。 やはり、卒研やってて良かったです。
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- physicist_naka
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私は大学で物理関係の仕事をしているものですが、私のところの学生も就職先の職種と卒業研究の内容はかなり違っていることが多いです。研究の技術的なことを教えても就職先で役に立つとは思えません。 私は技術的なことよりも、むしろ精神的なところに注目して指導しています。特に、これまで講義を聴いたり、お膳立てされた実験をやって、どちらかというと追随型であったものを、卒業研究によって、自分から攻めていくという姿勢を身に付ける、あるいは少なくとも経験するという貴重な体験ができるということが大事だと思って指導しています。ですから、「自分で」工夫してもらって、私が見て失敗するなと思っても、むしろアイデアを出したことを大いに誉めてやるようにしています。 こういう体験をしていると、就職したときに今後の姿勢が違ってくることを期待しているのですが、どうですかね。ここは企業の方に聞いてみたいところです。
お礼
ありがとうございます。おっしゃる通りだと思います。が、この頃は、そのような本人のプラスになるような試行錯誤をさせる十分な時間が確保しにくくなってきたような気もします。四年生で全てを盛り込むのは忙しすぎるのでしょうか?。前の方の言われた、研究室配属を前にずらすような対応がよいのかもしれませんね。
- daizunorei
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数年前の話ですが。私の大学は2年生のときに研究室に配属されます。学部の2年生から大学院生までが2、3の部屋に配属され、交流が頻繁です。大学院生同士の会話、先生方との会話、卒論を書いているものへのアドバイス、下級生はそう言うものは日頃から見聞きし、勝手に成長していく感じです。就職活動に関しても研究室を起点にしていました。動くのは個人個人ですが、面接が終わっては研究室に来て、書類を整理したり、その一方で、大学院生や同級生やらは調査や卒論の話を吹っかけてきて非常によい雰囲気で、就職活動も資格の勉強も卒論も進んでいくのです。 あれはよかった。。。
お礼
ありがとうございました。私もそう思います。研究室というのは小規模ながら1つの社会ですよね。身の回りの人と交流し、人間関係を作り,刺激しあう、のはとてもプラスになると思います。ただこの頃は、そのような「交流」を好まない、または苦手な人も増えてきたようです、、-_-;。
- mateki
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もし大学院に行かずに学部までで卒業する人にとって、卒業論文というのは一種の自分の中での大学という場所での学業の到達した一つの地点を示すもの、のような感じだと思います。 対外的(就職先など)にどう思われるかは別問題として、自分の頭を屈指して自分のオリジナリティをそこそこだそうと頑張った一つの作品というのは、あとあと振り返っても誇らしかったりすがすがしかったりするのではないでしょうか。 企業に研究職として就職してそこで高度な専門性を見につけてしまえば、一般にはもう大学で学んだことなんでどうでもいいとなってしまうのかもしれません。しかし自分が定年を過ぎてから大学生活を振り返るような時、一つ自分が文字・文面の形で知的労働の結晶を作るは思い出ぶかいと思います。 だからこそ、手抜きや剽窃はしてほしくないと思います。
お礼
自分の人生の学業のひとつの到達点、ですね。良い言葉ですね。確かに、直接目の前の「次のハードル」には役立たないとしても、その後の長い人生を通してモノの考え方、見方に何がしか影響し続けるような気は致します。ありがとうございました。
お礼
たくさんの書き込み、ありがとうございました。幾つか、啓発される点があります。「就職活動において、プラスでもマイナスでも両方のカード」「実務的・複合的な作業の体験」「やって損はないがやる以上はしっかりやる必要があるもの」いずれも現実的な社会体験からの評価ですね。大いに参考にさせていただきます。