絵巻物の顔は置いておいて。
二つの点で意見を言います。
1.上下関係の始まり
2.上流階級の人と庶民との風貌の違い
まず、1について
数十人が集団生活をすると上下関係が
できますね。旧石器時代はわかりませんが
縄文時代には長老(リーダー)が指導して
他者はそれに従う関係があったようです。
ただし、その長老はしっかりしなければ
失脚しただろうし、また受け継ぐべき、
財産もあまりないので世襲化はしなかった。
ところが縄文の末期から農耕がはじまり、
弥生時代へと移行すると財産(収穫物・土地
その他)を集団のリーダーが蓄えるように
なり、その財産を守るためと世襲する為に
支配層(上流階級)ができあがる。彼らが
互いに争い、一定の決着をつけたのが、
卑弥呼が「治める」邪馬台国といえる。
2.について
江戸時代後半の徳川将軍家の顔立ちは
明らかに庶民の風貌とは違い、現代で言う
イケメンでした。
また、現代人の風貌は戦前日本人の
風貌と明らかに違う。
間違いなく同じ日本人なのにこれは
どうしたわけか?
答えは明らかに、食事と労働にある。
昔、イギリス人ウェルズが描いた小説
「タイムマシン」で上流階級のなれの果て
が大人しい美男美女で、労働者階級の
なれの果てが地下生活をする化け物と
したことは荒唐無稽ではない。現実に
人間は過酷な労働と粗末な食事で、やせ
衰えて凶暴なサルのような面相になる。
反対に軽作業と十分な食事をすると、
面相は美男美女になる。
江戸時代、上流階級である大名や将軍
の息子・娘どうしの交配が続いたのだか
ら彼らがおっとり顔の美男美女になるのは
当然だろう。僕の手元に明治初期の屯田兵
に志願して地元を出発する下級士族たちの
写真があるのだけど目は落ち窪み眼光鋭く
頬はこけて着物はボロボロ。華族となった
旧大名や明治維新功労者と同じ日本人とは
とうてい思えない面相に驚く。