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肯定の国
仮定の話です。創作中の童話のネタなんですが、ストーリー展開に詰まってしまいまして。 ナンタラ王国という国があり、カンタラという国王が統治しています。さて、慈悲深いカンタラ国王は、国民同士が傷つけあうことがない友愛に満ちた国作りのために、ある日次のような法令を制定・施行しました。 1.国民は他人の意見を批判したり否定したりしてはいけない。 2.他人の意見に賛同できない場合は何も言わず無視すること。 そこで質問です。このような法令が施行されたこの国は、この先どうなっていくでしょうか。 ちなみに、このナンタラ王国は立憲君主政体をとっており、一応憲法や法律がありますが、国民の言動を制約するものばかりで国王の権能を制約する条文はほとんどありません。この国には議会もありません。またさらには、カンタラ国王には超能力があり、国民の言葉や国民が語り合う家を消したり、国民そのものを消したりすることができます。これは、この国においては、「歴史」をその元となる痕跡自体からして消すことができることを意味します。 歴史をないがしろにする国がよい国になれるでしょうか。この国をよくしていくには、どうしたらいいでしょうか。いちおうその、童話ですんで、できればハッピーエンドにしたいんです。よろしくお願いします。 ※ この国は仮想の国であり、実在する国や組織とは一切関係ありません。
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「補足」ありがとうございました。なにやら頭ノ悪イ小娘、まだ話し足りないようなので、再登場させていただきます。(作者の目を盗み、恐縮です) 一人で喋るのもなんですので、聞き手役に仲の良い“姉”を設定させていただきます。 * 姉:「コーちゃん、あのお兄さんからお返事来てるよ」 コ:「ほんとだ。ええと……。フーコーさん?どこの国の人だろう。全然知らないけど、言っていることは、なんとなくわかるよ」 姉:「お兄さんが、コーちゃんは、今はもうナンタラ王国を愛していないのかって、それはどうしてかって聞いてるよ」 コ:「…愛スルって、けっこうタイヘンなんだよ!」 姉:「大変?どうして?」 コ:「ワタシはナンタラ王国を愛シテルって、おもってたけど、ほんとに愛シテルのかなって、ある時、わからなくなったの」 姉:「ふーん。それで?」 コ:「それで…ムツカシイことはよくわからないけど、愛スルって、“ほんとう”に近づこうとすることかなーっておもって、でも“ほんとう”って、目にはみえなかったりするし…。とにかく、“ほんとう”を知るのって、“愛スル”って、勇気がいるし、タイヘンなんだよ」 姉:「そうなんだ」 コ:「それに…この国は広くて、いろんな人が居て、揉め事もたくさんあって、そのたびにイロイロ考えて、ご飯を作ってもなんだか味が足りないし、ケンカを見た夜はぐっすり眠れないし…疲れちゃったよ。なにを書いたらいいのかも、わからなくなっちゃったし」 姉:「そうなの」 コ:「でも、久しぶりにナンタラ王国に遊びに行って、頭ノ良イお兄サンのお家をみつけて入ってみたら、みんなイロイロ考えてて、ベンキョウになるなっておもった」 コ:「それと…」 姉:「それと?」 コ:「頭ノ良イお兄サンが建てたお家の土地は、ナンタラ王国とはすこし違う国みたいで、でもシンケンに考えてお話してる人が多くて、スゴイなっておもったし、ナンタラ王国のハッピーエンドまで考えてるなんて…ちょっとびっくりした」 姉:「そうなんだ」 コ:「きっと…愛シテルんだね」 姉:「ところでコーちゃん。あのお兄さんのお家に行くには、ハッピーエンドのお話しなくちゃならないんじゃないの?」 コ:「そう。それを話さなきゃ」 姉:「なにか考えついたの?」 コ:「あれからちょっと考えたけど…やっぱり国民が“気づくこと”と“反省すること”しか思いつかないの」 姉:「それは、どうして大事なことだと思うの?」 コ:「たとえばね、最近もこのお家の近所で、お家が突然消えちゃったみたい。ワタシもお家が消えるのは残念だし、反対だよ。でも、ずっと前に消えちゃったお家のこと、もう見ることはできないけれど、ワタシ、今でもよく憶えているよ」 姉:「…それで?」 コ:「頭ノ良イお兄サンは、カンタラ国王がお家を消さなければ歴史も記憶も残る…みたいな感じで言っていたけれど、お家が残ってても、記憶されないことが沢山あるとおもう。それは気づいたり、反省したりしないから、そうなっちゃうとおもう」 姉:「ふーん。そうなのかなあ」 コ:「そうだよ。それに、お家を消されていちばん残念におもうのは、きっとお家を建てようとした人だよ。その人は、ずっと忘れないとおもうよ。きっと反省もしてるよ。だからおもったの」 姉:「なにを?」 コ:「反省は、そのお家に入った人、みんながするべきなんじゃないかなって。もし誰かを傷つけていたら…なおさらね。接客が苦手という人もいるとおもうけど、お家に入った人たちが好き勝手に意見をしたら、やっぱり外から見た人が不信に感じる、壊れそうなお家になるとおもう」 コ:「それから…」 姉:「それから?」 コ:「思いきって言っちゃうけど、頭ノ良イ人達にも、ヒツヨウなことかなあって…」 姉:「どうして、そう思うの?」 コ:「うまく言えないけれど、“自分は正しい”(絶対的に)という雰囲気は、なんだか…キケンな匂いがするよ」 姉:「ふーん。どうしてだろう?」 コ:「…ヒハン精神って、すごいモノみたい。ワタシ、ケンカは大嫌いだし、体力もないし、気も弱いし、だからヒハンって、ちょっと怖かった。でも時にはヒツヨウなんだって、この前知ったけど、自分には向けられることのないヒハン精神は、すこし違う気がする…」 姉:「うーん。すこし解かりにくいね」 コ:「うん…。まだよくわかってないから…。でも、ワタシ、浅はかだけど、“完全な人間”などいないってことは、知ってる」 姉:「それはそうね」 姉:「でもね、あのお兄さんは、国王がお家を消さずに、もっと話を続けることができたら、いろんなことが解決できたと、そう言ってるんじゃない?」 コ:「そうだね。可能性として、重要なことだとおもうけど…。さっきヒハン精神のこと話したけど、今まで何度か、ヒハン精神は時にはヒツヨウだと、そんな話を聞いたよ。でも、ワタシにはよくわからなかった」 姉:「それじゃあ、どうして急にわかったの?」 コ:「たぶん、急にではないよ。ワタシ、あんまり本を読まないんだけど、この前、読んでみた本にそのことも描かれていて、その時、ジッカンしたの。気がついたの」 姉:「でも、今までは気づかなかったのにどうして?」 コ:「…うまく言えないけれど、気づくって、カンタンじゃないとおもう。他人にいくら言われても、本を沢山読んでも、自分のなかから引っ張り出さないと、気づけないとおもう。そしていろんなことが関係して、引っ張り出されるんだとおもう」 姉:「…つまり?」 コ:「つまり…いくらコトバやジカンを使っても、気づいたり、解決できないこともあるんじゃないかと…。それに、答えはひとつじゃないし、価値観も多様だから」 姉:「それじゃあ、どうすればいいと思うの?」 コ:「…ここから先が、考えてもわからないの…。持ちモノがあまりにも違う人同士は、ムツカシイなって…。このことは、頭ノ良イお兄サンの意見を聞いてみたいな」 姉:「そうね。なにか知ってるかもしれないわね」 コ:「ワタシは、ムツカシイって言って、諦めちゃったけど、“異国への旅立ち編”じゃなくて、ナンタラ国民のハッピーエンド、あるといいなって、描いて欲しいなっておもってるよ」 姉:「そうね。きっと描いてくれるわ」 * serpent-owlさんお相手に、頭ノ悪イ小娘、ダラダラと話し、しかもちょっと生意気ですね。すいません。 小娘が行き詰まってる箇所に、ご意見いただけたら幸いです。加えて、ご不明な点はご指摘いただければ、答えられる範囲で、解かる範囲で、お答えいたします。
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- mori0309
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こんにちは。完全に素人のmori0309です。童話のなかの仮定の国の話なのに、ものすごく高度な内容展開ですね。論客がせいぞろいしてらっしゃる。いつもお世話になっている(←ああ、サラリーマンの常套句。ご勘弁を)serpent-owlさんのご質問なので、身のほどもわきまえずに、ノコノコと出てまいりました。素人の愚見を陳列させていただきまする。本公演の幕間のピエロのパントマイムです。(←自分で言うなってば) ウソの平和とホントのいざこざと、どっちがいいでしょう。そりゃやっぱり、ウソでも平和のほうがいいなあ。たとえば電車のなかで喧嘩が始まったりすると、オロオロして、見ぬフリして、そのくせ自己嫌悪を感じたりして、からだによくないもんなあ。ただでさえ仕事で疲れているのに。ネット広場の喧嘩だって同じように見たくない。礼儀正しい挨拶や、ほのぼのとしたお礼交換がいいなあ。喧嘩はおまわりさんが何とかしてほしいなあ。・・・ぬぁぁぁぁぁーーーんてゆうとるから、みんなみんなダメになるんじゃい!!!自分のことが自分でできない、自分のことを自分で考えられない、自分にふりかかってきた問題を自分で解決できない、間抜け・腑抜け・腰抜けになるんじゃい!!!喧嘩がどうした。それが怖いんかい。場が汚れるのがイヤなんかい。シベリアで死んだ兵隊さんたちの苦労を考えろっつうの。それに比べりゃネット広場の口げんかなんざ・・・(ありゃ、脱線だ・・・)とにかく頭にきたら怒ろう、間違ってると思ったらそれは違うと言おう。恥じをさらしたら素直に笑われよう。でなきゃ国が社会が死んじまう。今の世の中、みんなミョーに優しすぎるんでないかい。傷つくのを恐れすぎちゃいないかい。王にもみ消されてもかまわん。正史だけが歴史じゃなかと。教科書に載っていない事実の厚みのほうが数百倍・数千倍あるんじゃい。正史に載らないことのほうが誇りじゃい。 ちとガラにあわぬことやってしまいました。具体的提言は、また次の幕間に・・・ (またのご登場をお待ちしてやってください)
補足
>とにかく頭にきたら怒ろう、間違ってると思ったらそれは違うと言おう。恥じをさらしたら素直に笑われよう。でなきゃ国が社会が死んじまう。 「ガラにあわない」といえば、たしかにいつもの温厚なmori0309さんにしては「ガラにあわない」ですね。(^^ でも、おっしゃっていることは同感です。「ヘンだぞ、ちがうぞ」と思っても、口に出せない世界って怖いです。ただその、引用部分最初のところにある「怒り」に関しては、物語上は「怒ってる人」にはあまり決定的な役割を果たすようには考えていません。もうちょっと道化っぽいキャラクターで考えています。そう、「ピエロ」みたいな。 さてしかし…「法運用の柔軟化」の方向で寄せられるご意見を期待しているのですが、なかなか…ですね。
- nekoucchali
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>他人の意見を批判したり否定したりしてはいけない わけで、黙って聞いてたら勝手なことばかり言いやがる身勝手な人間がはびこり、巧みな屁理屈による利益誘導でmamearaiさんの冒頭みたいに一時大混乱に陥りますが、 まもなく口先三寸に巧みな人間が国と社会の要所を牛耳るようになり、また国民も巧みな屁理屈による処世術を見に付け、安定に向かいます。 そして近隣諸国から「屁理屈の王国」と呼ばれ、当初この国に旅行したり商売しに来たりする外国人は屁理屈の習慣に悩まされることになります。しかし、この国の屁理屈文化は世界に発信され、わざわざ屁理屈を学びに来る外国人も大勢います。 ナンタラ王国はちょっと変な文化のある普通の国として落ち着きました。 めでたしめでたし。
お礼
う~ん、なるほど。「批判したり否定したりしない」話し方を国民がこぞって洗練していくと、屁理屈文化が成立していくというわけですか。なるほどなるほど。物語の中盤あたりを思いつく限りの屁理屈で満たしてみると、滑稽味が出せるかもしれません。むちゃくちゃな論理が飛び交う世界。面白そうです。そうか…そのまま終わらせてもいいかもしれませんね。ある意味でハッピーエンドです。最後の方で狂言回し的にソクラテスみたいな人を登場させて、皮肉に満ちた「産婆術」で他人を否定しまくらせて、あっさり消えてもらうというのも趣向としては面白いかもしれません。
- littlekiss
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裸の王様のときは、一人の子供が王様を指差して「王様は、裸だ!」と、群衆のいる場で少年が言葉を発したことからそれまで、みんなおもっていても口にしてはいけないという暗黙の了解があった、また、罪に問われるという罰が怖くてだれもそのことを口に出さなかったが、「みんなで言えば怖くない」じゃないけど集団心理が働いたのか、その場に居合わせた人々が、顔を見合わせ各々「そうだよ!やっぱりはだかなんだよ」「王様は裸だ!」「そうだそうだ、裸だ!」ひそひそ声が、またたくうちに大合唱するかのごとく言葉を発しだした。いままで、胸をはって裸かのまま馬に乗っていた王様は、群衆の前で自分が身になにもまとってないことを気づかされとても恥ずかしくなったことはいうまでもない。そのご、王様は自分の過ちを認めそれまでに設けた罰則も撤廃した。そして、正直に「王様は裸だ!」と、教えてくれた少年に感謝した。その一方で、王様をだました仕立て屋の二人組みにはとてもとても重い罰をあたえた。 一国の国王(=力の強いも者)が、わけわかんないことを言い出すとそのとばっちりを受けるのはきまって庶民!(=力の弱い者)。このときの力ってなんだろう~?王様は、広大な領土を有してる。そして、庶民はそこに住ましてもらってる。まず、この時点で対等ではなくなってるよね。力関係でいくと王様の方が大。そう、そういったことが長く歴史的に続いてきてると「さからっちゃいけない」って常識?慣習?としてひとつの流れがおおきく流れているんだろうね。それは、目には見えないけれど庶民の心の中に埋め込まれてしまってるんだろうなぁ~。王様がいつしか絶対君主になっちゃって、王様の仰ることはすべて正しく、王様にそむくことは悪である。いつの間にか、その国の国民もマインドコントロ-ルに近い状態に陥っちゃうんだろうね。イエスマンになっちゃう。だって、NO!なんていった日には、どんな罰がまってるのかわからないもん。家族で仲むつましく暮らしていた大事な家を王様の発言に意義をほんのちょっぴり唱えただけで爆破されたのを横目で見ちゃうと・・・ああはなりたくないと思うのもわからなくはない。要領よく「ハイ、ハイ、仰るとおりでございます。」と、いってる方が安泰だから・・・。安泰というか安全を選ぶことで、自分の意思や考えってものを同時になくしちゃうことになるよに思えるんだけど・・・フラストレ-ションたまんないのかなぁ~?そんでもって、王様は自分の考えにゴチャゴチャ意見してくる者もいくなることで本当に満足しちゃっていいのかなぁ~?そら、耳の痛いこと言われるよりも耳障りのいい言葉をきいているほうが気分的にはいいかもしれないけど・・・いまの自分ていうものからは何の進歩も発展ものぞめないんじゃないのかなぁ~。王様は自分がル-ルだから、発展も進歩ものぞんでいないかもしれないね。この国の中にいる限りは、王様と比較する対象がないからこの状態を疑問にもかんじないんだろうなぁ~?王様も旅に出ればいいのに・・・いろんな国に訪れて見聞してくれば、いろんなものの見方できるようになると思うんだけど・・・。裸の王様に関して言えば、見栄や体裁にとらわれて自分の判断でものがみれなかったこと、その、見栄や体裁のために国民が辛い日々を強いられた。力の強い者が物事を判断するときは、必要以上に慎重にかつ冷静にことにあたってもらいたい。与える影響が絶大だから・・・誤りに気づいたらだれになんと言われようが、王様の面子なんかにこだわらずに素直に謝ろう。そして、誤りを修正したらいい。王様の肩書きをしょってるがために面子へのこだわりすてにくくしてる。 あぁぁぁ・・・支離滅裂です。よい国づくりまでまだ書けません、また、でなおします。失礼しました。
補足
>目には見えないけれど庶民の心の中に埋め込まれてしまってるんだろうなぁ~。…いつの間にか、その国の国民もマインドコントロ-ルに近い状態に陥っちゃうんだろうね。イエスマンになっちゃう。 はい。こういう「自ら進んで服従する主体」の成立について、ミシェル・フーコーが「パノプチコン(一望監視監獄)」をモデルにして説明しています。円形に配置された独房の唯一の窓が中心にある監視者の塔に向いていて、その塔の中には本当に監視者がいるのかどうかわからないようになっています。が、囚人たちはそこに監視者がいるものと思い込んで、常にその視線を意識して行動するようになります。その視線を、いわば内面化して自分の行動規範にする。「自ら進んで服従する主体」になるわけです。これをフーコーは「権力の自動化、非個人化」と呼んでいます。そして、学校や職場など、効率を求められる社会組織には、多かれ少なかれこのような構造があるのだと分析しています。 ナンタラ王国にもそういう構造はあるのでしょう。カンタラ国王は滅多に国民の前に姿を現しませんが、国民は常に国王の「目」を意識しています。その「目」を一人一人が内面化していきます。権力が自動化され、再生産されます。自ら王になりかわって他に「従え」と命じる人まで現れてきます。むろん、そうした人たちも平穏な秩序を保つ役割の一翼を担っていますので、一概に悪いとは言えません。が、そうした笑顔の善意ですら、ときとして「悪意」に変じてしまうのです。ナンタラ王国の国民も、時には立ち止まって考える必要があるでしょう。
- north073
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私は昔『ウォーターシップダウンのうさぎたち』という物語が好きで、何度も繰り返し読んでいました。 ご存じですか? 新しい自由な環境を求めて若いウサギたちが旅をする物語です。 似た話になってしまうかもしれませんが、御容赦ください。 ナンタラ王国には、このような法令のもとで(またはこのような法令も知らずに)幸せに暮らす国民がいる一方、このような法令に疑問を感じるという血気盛んな若者たちがいました。 「どうもこの国にはよくない臭いがするんだ」、と、たとえば若い国民Aが言います。 「ほら昨日あったはずのあの家が消えているのに、誰も気にかけていないみたいじゃないか」 「みんな臆病者なのさ」吐き捨てるように、腕っぷしの強そうなその仲間Bが言います。 「変なことは変だって、王様にでも直訴しなきゃあ、みんなわかりゃしないんだ。何なら、俺らが暴れてこの国をめちゃくちゃにしようぜ」 「それはだめだ」さっきまで本を読んでいた顔をあげて仲間Cが応じます。 「暴れてみたところで、国王の手で全てが消されてしまうだけだ。それに、我々だけが直訴したところで、国王の気が変わるはずがないだろう」 「どうしてだよ」Bが近くの壁を殴りました。 「国民の大多数はそんな疑問を持っていないからさ。それに、国の中で国王に対する批判なんてできないから、我々の意図を国民に説明することもできないよ」Cは至極冷静に答えます。 「C、そんなに落ち着いている場合じゃないよ。このままじゃ、僕達だっていつ消されるかわからないんだから」 「ここで生きたいなら、この国の法令に従うしかないんだよ、A」 「いや、一つだけ生き延びる方法がある」部屋の後ろで聞いていた仲間Dが言います。 「なんだい、それは」 「あの国境を越えて、みんなで暮らす国を作るんだ。そこには王様も窮屈な法令もない」 「国境を? 越える? 正気か、D。国境を越えたら、誰がメシを食わせてくれんだよ。それに国民もぐっと減っちまって、淋しくなるぜ」 「いや、でもそれしかないのかもしれない」冷静なCが言いました。 「この国の国民じゃなくても、よその人々もその国に集まってくれるかもしれないし…我々が食べるくらいならなんとかなるだろう」 「ここに残る奴らはどうするんだよ」情に厚いBは大心配です。 「それは彼らが気づくまで待つしかないね。自己責任だよ」Cはあくまで冷徹です。 「いや、新しい国が栄えるようになれば、きっと国王も気づくはずさ。どうすれば、本当に国民が幸せなのかということをね」とD。 Aは、さっと部屋の戸を開けました。「さあ行こう! 僕らの新しい国へ」 そんでもって、すったもんだの移住劇があり、行った先での問題もあり、ひょっとしたら国王の改悛があり、の一大ドラマが繰り広げられるわけです。 ハッピーエンドにしようと思えばできるし、バッドエンドにもできますけどね。 童話ということなので、童話に似つかわしくない問題はすべて先送りにしています。 ○ どうやって仲間を募るのか。誰がリーダーになるのか。 ○ ナンタラ国の国制とは違う新しい国制を生み出せるか。 ○ 新しく作った国で、リーダーは国王の苦悩を繰り返さずにすむか。 ところで、補足の中で >「いきなり国民や語り合う家を消す前に、いろいろと段階を設けて柔軟な法治状態を実現できないかな」と提案するとか というところがありましたが、これだと童話的に面白くないので、あえて革命的な話を作ってみました。 悲劇仕立てにするのなら、 「薬屋の言うとおりにしとったら、ばあさんが死んじまった~。そこの医者、お前向かいから見ておったはずだろう」 「見ていましたが、薬屋さんの意見を批判しては法令違反になると思い、黙っていました」 「うおお、これというのも国王の作ったあの法令のせいじゃあ~」 「ううむ、このようなことになろうとは。わしがすべて悪かった。あの法令を直して『間違ったことを言っていると知ったときは、批判をせぬ範囲で直してあげること』としようぞ(さめざめ)」 てなことになるのでしょうか。これじゃあ、いくらなんでも手遅れか。
補足
north073さん、「全知全能part2」でも回答を寄せていただきましたね。ありがとうございます。mamearaiさんの回答に続き、わざわざストーリー仕立てで書いていただきました。しかも一人一人の個性が書き分けられていて、血が通っている感じがします。このような人物描写はぜひとも参考にさせていただきます。 なるほど、『ウォーターシップダウンのうさぎたち』ですか。なつかしい。それで「国外脱出・新国家樹立」という方向になったわけですね。y2a2さんのところの「補足」にも書きましたように、たしかにナンタラ王国の国民は国外退去を自由にすることができます。が、多くの国民は、カンタラ国王とナンタラ王国を愛しているのです。できればこの国でのびのびと暮らしたいと願っています。ですから、例えば「法運用に柔軟性を持たせて」などの方策で良い方向にもっていきたい。しかもストーリー的にも面白くなるように、と。難しいでしょうか。
- y2a2
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考慮すべきあるいは整理しておかなければならない点として、 (1)カンタラ国王の所信 ○この国をどのような国にしたいのか ○その所信は国王一人の考えによるものなのか ○カンタラ国王の所信は本当に国または国王の考えによるものなのか (役人だけで密室で考案されたものではないのか) (2)国家予算 ○国家を運営していくための予算はなにによって賄われているのか ○国民の納税義務の有無 ○労働対価 (3)国家権力の行使 ○それを行使することによる効果の分析(無政府状態を放置することが本当に得られる ものよりも失うものが多いのか否かの検証) (4)国家の独立 ○特に国家権力の行使がなされやすい地方については独立を認めることはできないのか (5)虐殺された国民の知的所有権 ○他国での発言に対する自由 などがあろうかと考えます。 (ご提案) 三権分立制度の確立がなされない限り、この国の専制主義はなくならないと思われます。 国民の地道な自由解放運動によって、その制度を確立していくしか方法がないのではないでしょうか。
補足
No.7 わざわざのお運び、ありがとうございます。たいへん貴重なご指摘をいただきました。物語の世界を膨らませ、骨太な骨格を与えるために必要な要素ですね。では一つずつ。 (1)国王の所信 「対立のない友愛の国」を求めているのでしょう。作者としても、国王のその気持ちは尊重したいのです。だから「慈悲深く徳の高い王」としました。ただ、カンタラ国王にはちょっとした欠点があるのです。それは、知能水準がかなり低く、思慮深さに欠けるということです。また、文章能力も低劣を極めており、詔勅文書にすら2箇所3箇所と誤字脱字が見つかるありさまなのです。これは、王の政務を輔弼する官僚団にもロクな人材がいないことを如実に示しています。そういう、ほんのちょっとした欠点です。 関連して、先に回答を寄せられた方への補足で触れた「無差別爆撃的な言葉の虐殺」について国王の弁明をしておきますと、カンタラ国王はそのように愚かですので、自分がやったことの罪深さを自覚できないのです。そして、その超能力をもって抹消した「歴史」が、深刻な対立の芽を生み出しつづけていることにも気づいていません。 そういうことですので、「所信」は一応カンタラ国王自身の思いです。が、その理念の高邁さにもかかわらず、官僚団も国王自身も、あまりにも愚かなのです。 (2)国家予算 童話ですので、「累進課税」とか「直間比率」とかそういう話は持ち込まないつもりですが、およそ世にあるいかなる国家もそうであるように、ナンタラ王国も「国民のはたらき」なくしては国家運営が成り立たないことは確かです。国民の身体からして「言葉の束」であるこの国では、言葉が通貨の機能を果たしており、国民の言葉はすべて王国に捧げられています。 (3)国家権力の行使 この点がまさにストーリー展開の上で重要なのです。今までいただいた回答では「友愛二法はナンタラ王国にとってマイナス」という方向のものが優勢ですが、このマイナスをどう表現していくか、そしてどうやって克服し、国王に伝えるか、それで頭を悩ませているのです。 (4)国家の独立 「独立」までいかなくとも、「地方ごとに微妙に法令運用を変える」という考え方もあるかもしれません。No.6のDASSさんのご意見のように、ブレインストーミングが向いている地方や「家」もあり、向いていない地方や「家」もあるわけですから。 それから、No.4のhidamariさんの御回答に付した補足からもおわかりのように、設定上「国民は国外退去可能」ですから、別天地に新たな国を作ることは可能です。カンタラ国王の超能力は、ナンタラ王国国内にしか及びませんから。しかし、「ナンタラ王国をよい国に」していくハッピーエンドという方向からすると、ちょっと…。 (5)虐殺された国民の知的所有権 お分かりのように、ナンタラ王国の憲法や法令はかなり時代遅れですので、ご指摘の知的所有権の問題も、国外の国際的な法廷に持ち込めば訴訟に勝てる見込みは高いでしょう。「権利濫用の法理」ということで。 それから、最後の「三権分立」のことです。これは裁判所や立法府(議会)の設立を含みますが、カンタラ国王がこれらの設立を認める可能性はほとんどないでしょう。いちおう、設立の建白を国王の奏聞に達する価値はあろうかと思いますが、批判されたり否定されたりはしないものの、「無視」される公算が高いと思われます。 あっと、もう一つ。y2a2さんの「お笑いモード」でのご参加も歓迎しますよ。「笑い」は被抑圧者の抵抗手段、庶民の武器ですから。o(^o^)o
- DASS
- ベストアンサー率38% (116/304)
「ちなみに」の部分と、「歴史をないがしろにする」の部分が、「仮定」とどうつながるのかよくわかりませんので、本題であろう「法令施工後のハッピーエンドな国の行方」だけを考えます。 「他人の意見を批判しない」だけなら、「ブレインストーミング」に似ていると思います。 つまり、「他人の意見に賛成できないなら、より良い(より大勢に賛同される)別の意見を出す」ように、国民みんなが考えるようになったとするとハッピーエンドになりませんか? 新しい意見がすばらしい物なら、先に古い意見を出した人も、「納得」して賛同してくれるのではないでしょうか。 国民の向学心も上がり、国全体が豊かになるといいですね。
お礼
御回答ありがとうございます。なるほど、ブレインストーミングですか。何かに悩んでいる国民にブレイクスルーのヒントをつかんでもらうためとか、そういう場合にはとても有効ですね。参考にさせていただきます。ただ、国民同士のどんな対話にもブレインストーミングの手法が適しているかどうか…。ストーリーにふくらみを持たせるために、「相手の意見を批判したり否定したりできないと困るような場」も盛り込もうと考えているのです。例えば、大学とか。表面的な言葉のやりとりしかできなくなって、この国の諸科学が停滞してしまって、国力の衰退につながって…と。 よろしかったら、またご意見をお聞かせください。
- littlekiss
- ベストアンサー率14% (98/698)
『裸の王様』のようなお話ですね。考える時間下さい。すぐに締めないで下さい。
補足
ご発言をお待ちします。いろいろな問題点がありますが、一つには回答No.3の「補足」に記したような「法運用の硬直性」があります。ナンタラ王国では「放置」の次の段階が「死刑」と言ってよいほど、問題に応じた段階的な柔軟性が欠落しているのです。残しておくべき言葉まで含めて、まるで無差別爆撃でもするように「家」ごと消してしまうなど、まさに沙汰の限りと申せましょう。 「放置」と「死刑」の間にどのような段階を設ければよいのかというのが問題の一つです。 それを如何にして国王の奏聞に達するかという問題も、その次には問題になりますが。
- hidamari
- ベストアンサー率37% (25/66)
哲学のカテゴリーは私には場違いだと分かってても ついつい、面白そうで・・・(^^ゞ 難しいことは分からないけど童話!と言うので来ちゃいましたぁ~ いろいろ考えたけどぉ、どれも中途半端になるぅ(T_T) だから~もう少し情報が欲しいな~! ・ナンタラ国民は憲法や法律を踏まえて国民になったの~?(自分から望んで) それとも、強制的にナンタラ国民にならされた? ・国民はナンタラ国がイヤだと思ったら自由に 国外退去や亡命が出来るの?出来ないの? (^^ゞ生意気にも補足要求になっちゃってるけどぉ 「場違いバカなお前は回答しなくて良し!」 と思ったら、ハッキリそう言ってくださいね~!
補足
こんにちわ。回答(補足要求)ありがとうございます。個性的な文体、いつも楽しませていただいています。「場違い」などとおっしゃらず、どんどん参加してください。 さて、お尋ねのことですが、まず前の方。 ナンタラ王国の国民になるには、カンタラ国王が決めた憲法や法律に同意することが求められます。同意しさえすれば、誰でも国民になれます。つまり、この国の国民は強制的に国民にさせられたわけではなくて、一応自主的に国民になっているわけです。しかしその一方で、同意を求められた憲法や法律をよく読んでいない国民が多いのもまた事実です。 後の方です。 国外退去や亡命は自由です。そうするとその国民の名前は失われ「名無しの番号」に付け替えられます。また国外退去や亡命をすることなく、つまり名前を残したまま、この国で生きることをやめることもできます。何も言わなければいいのです。 どうも、質問文は長くなりすぎてはいけないと思って、本当は提示しなければいけない「設定」を省いてしまったところがまだまだあります。またお尋ねください。
- mamearai
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ナンタラ国の西のはずれにある村では、ちょっとした騒ぎがおきていました。 小川のほとりにある水車が、ゴロゴロと回っては、収穫した麦をひいていたのですが、見回りにきた農夫がそこで見たのは、上流の村からやってきて、こっそり小麦を頂戴しようとしたどろぼうさんでした。 「コラっ!」と一喝したら、どろぼうさんが言いました。「こっちは今年は洪水で麦がダメになったんだ。この小川の水は、うちの村からだって流れているんだから、ちょっとぐらい分けてくれたっていいじゃないか。」「なに言ってるんだ。こっちだって被害はあったんだ。少ない麦でみんな生きていかなきゃならないんだ。勝手に盗むおまえの方が悪いんじゃないか!」と怒号で追い返しました。 そんなことが起きているとは知らないカンタラ国王は、友愛二法を宣言しました。 膝で手を打ち、やった、と静かにほくそ笑んだのは、くだんのどろぼうさんです。 今度は、堂々としています。たくさんの麻袋を荷車に積み込んで農夫を訪ねました。 「ひいた小麦を水車小屋から持っていくぞ」と声高らかに宣言すると、あっけにとられた農夫は「このやろう、また懲りもせずに!」と、持っていた牛のための鞭を振り回しはじめました。 「おっと!そりゃ、カンタラ国王の友愛に反するけど、いいのか!俺の意見をあんたは批判したり否定したりできないんだぜ」「どこか意見なんだ、ただのどろぼうじゃないか」「この小麦が育つには、うちの村の水が不可欠だ。だからこの小麦を持っていく権利がオレにはある、という意見だ」「口で批判しなければ、いいんだろう。こうしてくれる!」と鞭を振り下ろそうとしたとたん、カンタラ国王の超能力が発揮されました。農夫が消えてしまったんです。「そうれ言わんこっちゃない。無視する以外はしちゃぁいけないんだ、っていうことをわかっていないんだから。」 こうして国中にどろうぼうがはびこり、みんな働くのがイヤになり、今日を暮らすのがやっとの国になっていきました。 ナンタラ国の東で、ある二人が出会いました。一人はおばぁちゃん、もうひとりはやっと馬に乗れるようになった少年でした。 「ぼうや馬に乗るのがうまいねぇ」「馬には乗れるようになったんだけど、いつもおなかがすいているんだ。いつもこの馬と一緒に草を食べるんだけど、おいしくないんだ。みんなも、いつもおなかすいているんだ」「わたしもおなかがすいているよ。だけどそれは誰が悪い、なんてことを言えないから、しょうがないねぇ」「誰かが助けてくれないかぁ・・・」「し~~ィ!!それ以上言ったら、批判したことになっちゃうんだから、気を付けなきゃだめだよ、ぼうや。今まで生きてきたけど、ここ数年、突然知ってる人が何人もいなくなっちゃっているだから。」「だけどその人たちは、たくさん食べられるところに行っちゃたのかもしれないよ。その人たちがどうなった誰も知らないんだから」「誰も知らないっていうことは、いなかったことと一緒だからねぇ。わたしの勘違いで、もしかしたらいなくなっちゃった人なんていないのかもしれないぇ。ぼうやが言う通りだ。」「そうだよ。おなかはすいているけど、みんな仲良くしてるじゃないか」「ぼうやのまわりはみんな仲良くしてるかい?」「してるよ。家の中でもおじいちゃんとおかぁちゃんと、ちっちゃい妹でなかよくしてるよ」「おばぁちゃんやおとうはどうしてるんだい?」「えっ!そんな人知らないよ」「ともだちのところには、おばぁちゃんやおとうはいないのかい?」「いるよ。どうしてともだちのところにはいるのに、うちにはいないの?」「おなかがすいたねぇ」 どうして自分にはおばぁちゃんやおとうちゃんがいないのか、おじいちゃんやおかぁちゃんに怖くて聞けずに、そのままずっと過ぎていきました。 どうしてだろうと思い始めて1年ぐらいがたったある日、学校の教室で全てがわかりました。 先生が教室に入ってくると、目を赤くして、少しふるえながら、しかもぎこちない動きで教壇に立ちました。「みんなよく聞いてほしい。この国の王様は間違ってい・・・」そこまで言いかけたとき、先生の姿がみるみる消えていきました。 謎はわかったものの少年はいてもたってもいられず、ナンタラ国王に会いに行きました。 剣を携えた近衛兵と侍従が見守る中、少年は国王に謁見しました。 「僕は思います。みんなが仲良くするには、みんなが消えてはいけないんです。みんなが消えたら王様だって、国民一人もいないのに王様のままでいられないと思います。」「かわいいぼうやだね。法律はわかるかい?君のその意見に私が批判してはいけないとでも思っているのかい。法律は国民が守るものだが、私は国民ではないのだ、国王だ。国民が一人もいなくても、私一人が国王で良いのだよ」「では聞きます。王様は、国民が一人もいなくなったら、何を食べるのですか、次の王様になるこどもはどうするのですか。奥さんもいなくなっちゃうんですよ。」「おもしろい意見だ。考えてみるがよい。私には超能力がある。この国がもともとない国にもできるんだ。過去がなければ私だってつらいことはない。それに、過去が無ければ、未来があることだって気が付かないのだから、次のことを考える必要もない。今が良ければそれで良いのだ。国民が消えたくない、ただそれを思っている間だけだろうが、それで私は十分国王でいられるし、国民はちゃんといることになる」 「みんなが、過去のことを覚えているうちに、他の国に出ていってしまって、この国のことを批判したらどうするのですか」「よその国から批判されたって、この国の中では、批判ができないんだから、誰一人そんなことを聞くことはない。それに、よその国に行く前に、私の超能力で消してしまうだろうよ。」 「ではもう一つ聞きます。」「質問をする、というのは良いことだな。おもしろい、聞いてみなさい」 「批判したくても無視する人たちが多くなって、どんな批判があるのかもわからなくなっていく国民がいて、それに超能力があって批判する心を読めるあなたは、それがわかったところでその人を消してしまうのであれば、王様以外の人には、世界に批判というものが無いことになるのではないでしょうか」「その通りだ」「それなら、そもそもこの法律が意味をなさないのではないでしょうか」「しかし法律をなくせば、批判する国民が出てくるのも自然だろう。そうしたら、国民の友愛が崩れるではないか。それはイカン」 「では他の質問です。王様はいつから王様なんですか?」「最初からだ」「生まれたときは赤ちゃんじゃないんですか」「それはそうだが・・・それがどうしたと言うのだ」「誰かがあなたを王様にしない限り、あなたは王様にはなれなかったんじゃないのですか」「その通りだ」「だとしたら、あなたを王様にした人たちは、他の人と王様とを区別して、あなただけを王様にしたのではないのですか。そうだとすると、その人たちは他の人が王様になるのを、批判はしなくても少なくとも否定したのではないですか」「否定を前提に私が国王であることが成立しているとでも言いたいのか」「その通りです」「堂々めぐっりだな。私は今が良ければそれで良い。否定を前提にしていても今は国王だ。」 「最後の質問です」「そろそろ消える覚悟ができたか」「消えたくはありません。」「よい心がけだ」「今でも、国民は王様以外の人を王様にすることを否定していることになるのではないのですか。それはずっと続かなければいけないのではないですか。」「それこそ無視すればよい。それ以上のことはできないのだから」「ならば、否定することができないのであれば、ある人が、私が王である、と宣言したら、みんなは批判も否定もすることもできないで少なくとも無視することしかできないのではないですか、そしてその人が法律を作れば、それを批判することも否定することもできないのではないですか。」「それこそ瞬時に消してやる」「皆が同時に宣言すれば、王様が仮に皆を消してしまっても、その瞬間は、王様は既に王様ではなくなるではありませんか。次の瞬間に皆が消えても、王様が王様で無い状態だけが残るのではないですか。王様を批判して皆が消えても、それは王様は王様のまま皆が消えますが、王様でないまま王様一人残ることは、王様はそれでも良いとおっしゃるのですか。そもそも王様は一つの国に一人しかいないことに矛盾するようになっていくんですから」「やってみるが良い」 「私は王である」少年が宣言しました。近衛兵や侍従はそれを否定しないのは当然ながら、自分たちも「私は王である」と宣言しました。その宣言は城の外まで瞬時に広がっていきました。宣言した人たちは次から次へと消えていきました。 王様は王様でなくなって一人ぼっちになってしまいました。「私は国王ではない」誰も否定もせず、また肯定もしない国になりました。国王ではなくなりましたが、超能力は使えます。国民みんなが王様になって消えてしまった人たちが、自分が王様であると思いこみながら、また現れてきました。唯一自分だけ国王ではなくなった前の国王は、多くの国王に勧められ、自分も国王である、と宣言しました。みんなが国王になって、国王であることと国王でないことの違いがなくなりましたとさ。 国民が一人もいなくても国王は構わない、という設定まで引あげてみました。 けど、国王でないまま一人になるのはイヤだ、という設定を加えました。ツメが甘いのは許してください。 回答欄の制限にひっかからなかったのが私の幸せではあります。
補足
すごい。ちゃんとストーリーになっていますね。しかも面白い。しかもしかも、後半の「少年」の質問は論理的に筋がとおっています。童話でありながら、きっちり「テツガク」のテーマを持っているものと拝読しました。 しかし、あんまりはっきりと「ハッピーエンド」とは言えない気がします。できれば、カンタラ国王に「その法律はおかしいよ」とわからせてあげるとか、「いきなり国民や語り合う家を消す前に、いろいろと段階を設けて柔軟な法治状態を実現できないかな」と提案するとか、そういう方向で考えていただければな、と思います。 それにしても、多大なお時間を割いていただいたのでしょうね。とても読み応えがあります。ありがとうございました。
あふ~~。八方塞がりですねぇ。この設定。 確かにPEPSIさんの言う通り、意志の疎通は成り立ちませんねぇ。 するってぇと、御希望のハッピーエンドまで持ち込む前に 意志の疎通の崩壊を描かなきゃなりませんね。 んで、国王に「これじゃいかん」と思って頂き 崩壊した意志の疎通の復興をはかる努力をさせ、 大団円を迎えるしかなさそうです。 さて、問題はここで意志の疎通の崩壊を描かなあかんということですが、 これはどう描くべきもんやら? まず、「批判」や「否定」ってどういうものかってことが 法律に触れた人を取り締まる上で定義として必要とされます。 そして、その基準がだんだんエスカレートして厳しくなっていくさまを 描いていくようにするしかないでしょうね。 箇条書きでどんどんエスカレートしていく順番に書いていきましょう。 ・誰がいる前でも、目の前で、誰かの言ったことに「それは違う」と言う。 ・他人の失敗を攻める<失敗の否定となる。 ・てんじて、その失敗をしないための対策など講じる。<間接的に否定となる。 ・誰かについての悪い噂を流す。 ・憶測でモノを言う。<事実の否定となる。 ・いやいや、本人のいないところで誰かのことを話題にする。<本人に言えないようなことは本人の否定とつながる。 ・誰かの嘘を指摘する<嘘の否定となる。 ・犯罪を発見、防止する<犯罪者の行動の否定になる。 ・犯罪者を捕まえ、処罰を与える。<犯罪者の人権の否定になる。 ・何かについて、意見をする。<ある意見には必ず反対意見というものが存在するのであるから、 なにかについて意見をすることは自動的に反対の意見に対する反対意見となる。 などというような過程を追って、国民はしだいに必然的に使用すべき 語彙をどんどん消失していくことになるでしょう。 そうなれば、国王の意に反して友愛どころじゃなくなります。 言語を失いながらも国王への鬱積した怒りが言葉に出来ぬまま、 蓄積されていかざるを得ないでしょう。 そのなかでは、国民は黙って国外逃亡したり、暴動がおきたりしそうです。 (ああ、童話っぽくないなぁ。) しかし、誰にも国王のその法律が失敗であるとか、間違いであるとか指摘 することもできないわけですから、国王が自分でそのことに気づかなければ 法律の改正はされないわけです。 問題は国王に気づかせる方法ですよ。これ。 う~~~~ん、むずかしいなぁ.............. すいません、まったく思いつかないので、顔洗って出直します。
補足
そうなんです。「否定を禁じたら言葉のデフレ・スパイラルが起きて言葉の意味が失われていく」、これは必然なんです。「AはBである」という肯定すら、「AはCではない」という否定を潜勢的に孕んでいます。スピノザが言うように「規定は否定である」ということです。カンタラ国王の「友愛の法」は、ナンタラ王国を崩壊の危機にさらすことになるでしょう。 問題は、おっしゃるとおり、「どうやって国王に気づかせるか」です。その方法が問題です。その方法さえ見つかれば、ストーリーも展開できると思うのです。 これから少しずつ、質問文で省いてしまった「設定」を小出しに追加していきます。まず「革命」や「暴動」はありえないということです。ナンタラ王国には軍隊がありません。だから軍事クーデターはありえません。また、国民はフルーツナイフ一本たりとも、武器を持っていません。ジャッキー・チェンのように「肉体そのものを武器に」するのもナシとさせてください。そもそも、どうやらこの国民の身体は「言葉の束」で出来ているようで、私たちが普通に考える肉体とはちょっとちがっているようなのです。 ただ、そういう国でも唯一国王だけは「暴力」を行使できます。国民が語り合う「家」を、事前警告なしに消滅させることができるのです。これは「言葉の虐殺」です。この国の国民は言葉の束でできているらしいので、言葉の虐殺は確実に国民を傷つけます。しかも、そのような国王の暴力は歴史に残りません。ナチスに焼かれ虐殺された村が、地名ごと地図から消されたのと同じように、歴史を編む痕跡そのものから消されてしまいます。ほんの一握りの生き残りの証言から、その事件が「あったらしい」ことがうかがえるだけです。 問題は、カンタラ国王にどうやってその暴力性を自覚させるかということにもつながるようです。
お礼
No.30 回答ペースが少し減速したため、2巡目に入ろうかと思っていた矢先です。しかも、2巡目の最初はkojoさんの御回答にと思っていました。本当に丁度よかった。 では、主要なところに入る前に「異国への旅立ち」編について。 これは念のためで、もしかしたら余計なことなのかもしれませんが、「異国へ旅立って新世界を」という趣旨の御回答を「王国内の異分子よ、文句があるなら出て行け」という意味には受け止めていません。事実、そうは読めませんでした。むしろ彼らを励ますような気持ちが感じられました。仮に「文句があるなら…」という気持ちで書かれた方がおられたとしても、作者としてはそうした意見が出されるであろうことは予測の内ですので、覚悟はできておりました。 ですから、並行して「異国への旅立ち」編も書きます。ただその、作者自身が「国の作り方」を知らなかったりしますので、大まかなプロットは出来ていても実際に書き上げるには時間がかかりそうです。 さて、では可愛らしい「小娘」さんの疑問について作者の考えを。これは物語内でもとても大事な要素になります。そっくりこのまま使わせていただきたいくらいです。 ただその…少し遠回りな話になります。「権力」の話から入ります。 endersgameさんやoni_ocさんの回答に「国王への手紙」という設定が盛られています。「カンタラ国王は、実は国民からの手紙で動いている」との。すると、こういうことが言えるのです。カンタラ国王という目に見える「権力者」と、彼が行使する「権力」とは分けて捉えることができる、と。「権力」は国王の外、国民を源としているからです。 ここで対比材料として一つ例を挙げます。ソヴィエト共産党による「ボリシュビキ化」です。「うっひゃ~」って、引かないでくださいね。そんなにややこしい話ではないですから。 手短に言うとですね、1924年にレーニンが死んでスターリンが後を継いだのち、フランスやイタリアなど各国共産党の「ソヴィエト出先機関化」が進んだことです。ソヴィエト共産党に対して批判的だったり、少しでも独自の立場をとろうとする党員をどんどん除名し、「自分の頭で考えないソヴィエトの言うなりになる人間」だけを残していった。これが「ボリシュビキ化」です。 この場合、「上から」積極的に働きかけて批判的精神を排除しているわけです。しかしこの事例は「対比材料」です。ナンタラ王国の設定とは事情が異なります。ですから、本当に「小娘」さんが言っているように、「国王の問題ではなく、国民の問題」なのです。その意味で、kojoさんの回答No.19は僕にとってのターニングポイントになったのです。 ナンタラ王国では、権力は「下から」生まれます。国王の「目」を内面化し、一人一人が自他を律するものとして。ここで言う「権力」というのは、pyonkotanさんと僕のやり取りの中で出てきた「許容範囲」「丸の大きさ」のことと考えていただいてけっこうです。すると、可愛らしい小娘さんが疑問を抱いた「絶対に自分は正しい」というのは、この「許容範囲」「丸の大きさ」を固定化し絶対化すること、と言い換えられるでしょう(「1+1=2だ、絶対正しい」とか、そういう正しさの問題ではありませんから)。この「丸の大きさ」に照らして国民は他人の言葉を評価し、時には「あの言葉は消すべきだ」「あの家は消すべきだ」という手紙を国王に送ることになります。 そういう国民に由来する力が国王を動かすわけですから、もちろんこれは必要なものです。不可欠のものです。が、だからこそ時々「反省」することも必要なのです(小娘さんが考える通り)。 要するに「固定化しないこと、絶対化しないこと」ではないでしょうか。自分の持つ「丸の大きさ」を自覚し、必要ならいつでも大きさを変えられるように準備しておくことです。たとえそれが、古き良き時代の「丸の大きさ」であったとしても。 ではそのためにどうすればよいか。自覚化するために。自分を知るために。 ゲーテの言葉に「他国語を知らぬ者は自国語をも知らぬ」というのがあります。語彙や文法が全然違う外国語に触れることで、逆に自分の言葉への理解が深まるということです。これを今の話に応用すると、「他人は自分の鏡」ってことになるでしょうか。 とりあえず「一歩退却すること」です。ある相手、ある言葉をみたときに、いったん「内と外を区切る線」を外すように努めてみて、それから「自分には相手がどう見えているか」を見つめる、そして次に「相手をそう見ている自分はどんな考えを持っているのか」という順に考える。例えばそんな仕方で、自分が持っている「丸の大きさ」とその構造は自覚できるのではないでしょうか。 ただ、作者としては、登場人物の誰かに上記のような考え方を国民全体に「教化」させようとは考えていません。「自然にそうなっていく」形にしたいです。 そのためには自他の相違を「表明できること」が大切なのです。「ちがい」のやり取りが他者を理解すること、自分を理解することには欠かせないのです。たとえそれが「対立」という姿をとったとしても、ぶつけ合い、許し合う過程を通さなければ自他の理解には至りません。対立のまま終わることも、時にはあるにしても。 ですから、カンタラ国王の「友愛の法」は、むろん深刻な罵りあいを避けたいという慈悲の心に発するものですが、それが拡大解釈されて一切の批判・否定を禁じるものにされたら(国民自身がそうしてしまうことも考えられるのです)、それは逆に国民の心を堅く閉じたものにしてしまいかねないと思うのです。形は違うものの、ソヴィエト共産党の「ボリシュビキ化」と同じ結果が生まれてしまうように思うのです。 …というのが、作者の考えなのですが、どうでしょう。(作者が登場人物に語りかけるというのも、ヘンな話ですね。) * それにしても、皆さんには大作・力作を寄せていただいて嬉しいかぎりです。質問者冥利に尽きるというものです。kojoさん、このNo.30の最初の段あたり、ちょっと涙腺がうるっとしました。ありがとうございました。