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自己責任という言葉が嫌いですか?
自己責任という言葉は私自身は好きなのですが、 それが嫌いな人が結構いるみたいですね。 皆さんはどうでしょう。
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質問者が選んだベストアンサー
「自業自得」と言ってくれれば、まだ腑に落ちるのですが・・・。 キリスト教や、それを背景とする概念(「社会」「個人」「公共性」等)や、仕組み(議会制民主主義や資本主義等)が完全に根付かない日本の中で「自己責任」を叫ばれても、「絵に描いた餅」というのが、正直な気持ちです。 従いまして、本来の意味とは逸脱した使われ方をしていると日頃から感じてますので、嫌いです。 http://www.jotc.jp/blog/2007/11/post_904.html http://d.hatena.ne.jp/yu-koba/20090315/1237125626 http://okwave.jp/qa/q4432666_2.html
その他の回答 (6)
- 漢字の苗字☆ 平仮名の名前☆(@minaotehon)
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ふっかけられた事が要因での自己責任以外ならば普通☆ 好き嫌いと選択する意味すら解りませんけれど☆
お礼
りっぱですね ご回答ありがとうございました。
- KoalaGold
- ベストアンサー率20% (2539/12475)
子どもの自立に欠けているもの、それが自己責任だと思うのです。 体だけ大人になっても過保護の中身は変わらず、何があっても社会のせい。 電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、自分の部屋が汚いのも、夏休みの宿題が終わらないのも、ぜーんぶ誰かさんのせい。 私は同じ意味で「自制心」「自律心」「セルフコントロール」が好きです。 ウサギとかめの、ここで昼寝したら結果は自己責任です。そりゃそうでしょう。
お礼
自分で自分の行動を決められるというのは素晴らしいことだと思います。 それに責任が伴うのは当たり前ですよね。 ご回答ありがとうございました。
- Nannette
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自己責任・・・ 好きとか嫌いという以前に、あって当然のことですし、なんとなく過保護国家のこの日本では、もっともっと国民個々がしっかり意識すべき感覚だと思います。 「電車がまいります、白線の内側へ下がってお待ちください」…、毎朝聞くこの言葉、電車が高速でホームにさしかかれば、ホームの前の方に立っていら危ないのは誰でも分かっているはず。それでも車体に触れて死亡したり大怪我をする人が絶えない・・・。 そりゃ中には身体のどこかが不自由で…といった人も居ることでしょう。ですが、それと、こうした警告アナウンスとは直接の関連はないはずです。 電車が進入してきたなら、風圧などで身体が動いて接触しないようにと、一歩下がって適度の距離を置く・・・、それは自分自身で考え行動すべき常識の問題、そしてこれこそが自己責任。 電車もそうですが、自己責任に関係するトラブルの例は、もし挙げようとしたら幾らでも挙げられます。 たとえば大地震が原因で液状化した海沿いの高級住宅地、一部の評論家などは、開発会社や地方行政、ひいては国土交通省の怠慢だと言っています、そうなのかもしれません。 でも、たとえそうであったとしても、その前に、海岸沿いの埋め立て造成地を買おうというのであれば、地震による液状化とか津波、高潮、そんなリスクがあることぐらいは自分の頭の中で考えて想定しておかなくてはならないはずのことではないでしょうか。 このように、なにかにつけて、まるで幼稚園児のようにさまざまな外部の保護や補助に守られて、それに慣れ親しんで甘えきっている今の日本人、こんな甘えきった日本人には、個々の自己責任が大変大切なことなのだと、一般常識として広く認知されることがまず必要でしょう。 と同時に、自己責任の感覚をもってこの社会で生き抜くためには、それ相当の知識や常識、判断力といったものが欠かせません。ただぼんやりと人の言うなりになっていたのでは、到底まともには生きて行けないのです。 そして、そうした自己防衛のための知識や常識、判断力こそが「知恵」というもの。自己責任と知恵とは表裏一体のもの、日本人はもっともっと自分を磨き、知恵を身に着けることが必要だとわたしは思います。 そして、そうした意識が一般に定着したあかつきに、はじめて、身体の不自由な人への、真の思いやりと、愛のこもった目を向ける余裕というものが醸成されるのではないかとわたしは期待しているのです。
お礼
自分のことが自分で出来て初めて人のことを考えることができるということですね。 ご回答ありがとうございました。
- cucumber-y
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私が私に対して使うのは好きです。 私が他者にそれを求めることは私が責任逃れしているように感じて好きではありません。
お礼
すばらしい ご回答ありがとうございました。
- kanakyu-
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こんにちは。 外国に住んでるので、それが普通です。 日本でも、もともと自己責任派でしたが、こっちへ来るとさらにすごく、もう慣れてきました。 もはやお客さんは「売ってもらってる」みたいな立場だとよく感じますし、 質問の答えが間違っていることもホントに多いです。 外から見ると、日本のサービスは、まるでお客さんを赤ちゃんみたいにオンブにだっこで、 自己責任能力をわざと育てないでいるようにも見えます・・。 逆ギレされて、悪くもないのに謝ったりするのも、やりすぎだなぁと見えます。 ここの掲示板でも、自分の注意不足なのに、 業者に逆ギレしている人とか、お子様みたいでビックリします。 その影響なのか、対等なはずの関係(友達・恋人などに対して)でも、 どこかお客さん気分で、受身で無責任な人が、気のせいか増えているような気もします。 自分の責任の分を、友達や恋人に持ってもらおうとしすぎるというか。 基本的に、リスクを背負うことができないタイプだと思うので、 死ぬ間際に人生の選択をあれこれ後悔する人ではないかと。そのころに後悔しても遅いんですけどね。
お礼
そうですね、結局は同じ日本人同士が首を絞めあっているという構図なんですよね。 ご回答ありがとうございました。
- もこ猫ミクにゃん(@miku-chi)
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私は嫌いな方です。 本来責任を負うべき立場のものが責任逃れのために使う印象があります。 たとえ想定された使い方をしないで怪我や死亡した場合、「想定していなかった」「自己責任だ」と逃げるのは間違っていると思います。 絶対に怪我や死亡しない正しい使い方をわかりやすく表示する義務を怠っているからです。 怪我や死亡する可能性が高いこと、あるいは法を犯す行為だと認識しての行為ならば「自己責任」だと思いますが、認識していないのに「自己責任」を連呼するのはどうかと思います。
お礼
そうですね、責任逃れの道具になるなら意味はないですね。 ご回答ありがとうございました。
お礼
>「自業自得」と言ってくれれば、まだ腑に落ちるのですが・・・。 それを「業」と呼んでしまうのも日本人的な考え方(世間から見た視点)かもしれませんね。 リンク先にある意見はなるほどもっともだと思います。 しかし、いま「自己責任」という言葉が良くも悪くも使われだしたということは欧米のそれとは違うとしても日本人に必要なものとして認知されつつある証拠ではないかと思いました。 ご回答ありがとうございます。