• ベストアンサー
※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:皆がこう行動すれば教委・学校の苛め隠蔽は解消する?)

いじめ隠蔽に立ち向かう神戸の勇敢な保護者の話

このQ&Aのポイント
  • 神戸市内の市立小学校でいじめを受けた男子生徒と女児が人権救済申し立てをしました。
  • 男子生徒は同級生からの金銭要求や暴行を受け、計56万円を渡したと主張。
  • 女児は仲間外れにされ、担任教諭に報告しても対応されず、転校を決意しました。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • kyo-mogu
  • ベストアンサー率22% (3398/15358)
回答No.1

 田舎の地域だからいがいと親身に成ってくれています。大都市圏になると児童数と教育委員会のメンバーの数が足りないんでは?多くても駄目だけどね。  市という単位になるとどうしても見逃しされたり、派閥とか有るように感じられます。このなかで子どもの事を考えろと言うのは難しいでしょうね。  それと、こういった問題が起きたときに批判だけが残されます。こういった方法はどうですか?とか提案があまり成されないし、無視されてきたのも問題でしょうね。解決方法を子供達からの意見も入れて考えて行ければね。でも、考え方を考えれば裁判までしないと行けないと思われて、むしろそこまでは出来ないと黙る保護者も出てきます。  ふと感じたのが、教育委員会を批判し、対策を教育委員会が行う。これでは一向に解決しないのでは?と。いじめ対策の部署を設けて、権限を与える。先生及び児童、保護者に対して攻撃的な事はしない条件で動いてもらう。誰が責任をではなく、イジメの本質を探ることが大切かな。  京都新聞でいじめられる側が笑っていると。

その他の回答 (1)

  • R-bit
  • ベストアンサー率50% (1/2)
回答No.2

昨今の社会の問題は,「問題の解決を迫る」事で「責任という結果」を求める風潮にあると思われます. 具体的に言えば,隠蔽を隠さず社会に公表して当人間の「いじめ」と言う根本的な解決が望めるか?という事実です. 当然,現場の教職員はいじめを良しとしないし,それが教師として当然で,それをそれぞれの裁量で実施しているはずです.(少なくとも自分の幼少期に受けた教育はそうでした.) そして,枝葉ではなく根幹に当たる教育委員会の人間が,その「いじめ」という一つ一つの事例を何処まで(物理的,時間的に)見る事が出来るのかと言う事. 教育を大きな木とするならば,「いじめ」は葉の病気であり,「隠蔽」は病気の枝を切ろうとする幹の防衛本能と言えるのではないでしょうか. 確かにそのままでは木は立派にならず,何時か枯れてしまうでしょう. ではどうすればいいか… それは教育を取り巻く空気や土である「家庭」や「教師への尊厳」や「基本的な倫理観」を社会と家庭がはぐくむ事だと思います. 教育に関する勉学に人生をかけた先生達の教育内容は一般市民よりも当然優れているはずであるし,それに我々は敬意を示すべきです. そして,生活の中での倫理観は家庭ではぐくむものであり,「しつけ」や「親の背中」からは学校以上に得るモノは多いはずです. 長々と長文でお見苦しかったかもしれませんが… 最後に,自分もまだ20代の若造ですが,過去にいじめを受けた経験があります. そしてその時の自分の担任の教師は,日ごろの自分の様子の変化を心配してくれましたし,相談に乗るともおっしゃってくれました. その時は,自分で解決すると心に決めていたので,強い精神力で耐え忍び,それでも自分を主張し,結果的にいじめをした者達と和解した経験があります. 今では偶に会えば話をする仲で,当人たち曰く「いじめをした」というひけ目を逆に感じているようです. つまりは,法廷では何も解決しないし,教育委員会や校長,マスコミに取り上げられようが,文化人が見当違いの代弁をしても,「いじめ」なんてものは無くならないと思います. もっと,根底にある問題を見るべきだと思います.

関連するQ&A