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キリスト教の最後の審判後の復活について
キリスト教で最後の審判とか、復活とか言われますが、最後の審判で復活した場合、普通の人間として復活するのでしょうか?あるいは、全く違う形で復活するのでしょうか? キリストが復活したのは、弟子たちが死体を見に行ったら無くなっていて、イエスに会ったというので、人間の肉体として復活したのだと思います。そしてそのあと天に昇って行ったと記憶しています。すると、肉体の人間が空を飛んで行ったことになります。 しかし、先日牧師さんの話を聞いていたら、死んでも魂は天国で生きている、とのことでした。 すると、死んだ魂は天国に行って安らかに楽しい日々を過ごしているのに、最後の審判の日に地獄の火に焼かれる魂も出て来るのでしょうか?そして、天国に行った魂が、なぜわざわざ復活しなければならないのでしょうか?それがもし、人間の肉体の形で復活するのであれば、天国にそのままいた方が幸せではないか?と思います。 最後の審判後の復活は、人間の肉体を持っているのか、あるいは全く違う生命体の形で復活するのでしょうか?そして、それらと天国にいる魂とはどう違うのでしょう? ご存知の方、よろしくお願いします。
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- pantomana
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unleashさん、 お礼の中の背後霊と言うべき霊ですけど、マタイ18:10.には、小さな者たちの1人をもさげすむ事の無いようにしなさい。何故なら、私はあなた方に言う、天にいる彼らの御使い(守護霊)たちは、天におられる私の父の顔を常に見ているからです。と言われて、小さな者には、専属の霊(御使い)が付いていると言えます。 それから、最後の審判の後に復活があるのではなく、復活してから羊と山羊を分ける審判が行われ、それが最後の審判になります。
- KappNets
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http://ja.wikipedia.org/wiki/最後の審判 http://en.wikipedia.org/wiki/Last_Judgment に解説されています。英語の方が正確です。 簡単にまとめますと、人は死ぬと heaven, purgatory (煉獄), hell のいずれかに行きます。最後の審判ではキリストの前で死者は一旦蘇り、自身の体に戻ります。既に死んで heaven, hell にいた人はそのまま heaven, hell にいることになりますが、purgatory にいた人は heaven に行きます。 宗派にもよりますので、詳しくは上記をご覧下さい。
- zipang_style
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2千年(それ自体も怪しい)前に造られた話ですから、 いくつもの矛盾があって当然なんです。 (後世、書き直した部分や添削があっても不思議はありません。) 今で言う新興宗教ですから快く思わない人も多くいたでしょう。 埋葬した後に誰かが掘り起こして 「埋葬なんて贅沢な!」とボロボロにして川や崖に投げ捨てたのではないかと。 何せ野蛮な時代でしたから。 その後、残った信者の中に知恵者がいて 処刑されて埋葬したが遺体が無いことをヒントに 「神の子」としてのアピールをする演出「復活」を思いついたのでしょう。 情報(映像)がなかった当時は、証拠などは必要無いので、「言った者勝ち」です。 「復活なんて、凄い! やっぱり神の子」と 口コミ効果がバツグンのキャンペーンだったと思います。 流石に近代ではバカにされてお終いでしょう。 子どもの頃、初代ウルトラマンが死亡した時シーンで、 ウルトラの母が「私は命を2つ持っているから、その内の1つをウルトラマンに」と 言って生き返らせた場面を見た時、「ダサい」と思ったものです。
- pantomana
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復活体は全てイエスの復活体あるいは御使いのように霊の体を纏うようになります。 ですから、肉体を付け食べたり飲んだり、壁を通り抜けたり出来ます。 人間は全て第1の死を経験し、肉体は塵に戻りますが、神の像で付与された霊は神の下に帰り復活の時まで眠った状態でいます。 復活には色々な種類があり、キリストの千年王国の始めに天の王国に第1の復活があります、この復活にはキリストの花嫁となる14万4千人の限定がありますが、第2の死はありません。永遠の生命が保証されています。 この時、地上に残っている残りの者は一瞬に霊の体に変えられます。 また、地上で天の王国の支配を受ける人々も一瞬の内に変えられますが、キリストの千年王国の終わりにもう一度悪魔の試みを受ける事になり、悪魔に組する者は第2の死(永遠の消滅)に入ります。その後、死の眠りに就いていた人々の復活が始まり、生前の歩みと復活後の歩み方で最後の審判を受ける事になります。 この工程が聖書が述べているあらましです。復活こそ第2の人生で神の子となるか、神に永遠に退けられるか、現在の歩み方がとても重要な事となっていると思います。
お礼
回答ありがとうございます。とても明快ですっきりしました。 ただ、肉体は死んでも魂は生きていて、天国や地獄に行く、というのではないのですね。 私は祖先が守護霊として現世の人についているものと思っています。 墓場等の霊が見える人もいました。 そういう意味では、死んで塵になり眠ったままになる、というのは全部そうなのかはちょっと疑問があります。地縛霊とかもありますから。 そろそろ回答を締め切ろうかと思っていたのですが、ますます謎が深まっているのでしばらく回答を募集します。
- waomimos
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No.2です。 いいえ、意識はありません。 例えるなら、ずっと寝ていて、楽園で目を覚ます、といったところでしょうか。 チリですからね。 輪廻転生の考えのない聖書世界では、常に魂は肉体に囚われ、単独で存在することはありません。(一時的に肉体から離れることはありますが。肉体をもたず、天に存在することができるのは、神や天使だけ。彼らは最初から肉体を持っていませんから。) 神が地上を、この世の天国として作りかえ、そこに復活するのです。 復活できない人は、ずっと魂も消滅しっぱなしです。 死後、地獄がある、天国がある、とした考えの方が、それまでの土着信仰などの流れもあって、庶民には受け入れやすかったのではないでしょうかね。 あらゆる宗教は、土着信仰を取り込みながら、時代とともに姿を変えてきましたので。 キリスト教も、政治と密接に絡み合っていましたので、人心操作に一役買ってみたり、様々な紆余曲折を経て、今のかたち、教義に落ち着いているのでしょうね。 カトリックの教義では、質問者さんの聞いたとおりなのでしょう。 なーんて、偉そうに言ってますが、うろ覚えですので…。 私の聖書は、エホバの証人から無償でもらったものですが、内容は普通の聖書と一緒なはずです。 ちなみに、私自身は、特に何かを信仰してはいないです。
お礼
回答ありがとうございます。 多くの方が死んだら塵になって、魂は眠っていると書いてられますね。 しかし、一説にはキリスト教にも輪廻転生があって、それがローマ帝国かどこかの都合が悪いので削除された、という説も聞いてます。 ですから、キリスト教でも輪廻転生があるのかと思ってました。最近会った人は退行催眠で100%の人が過去世がある、と言ってましたから。 ますます謎が深まってます。
- waomimos
- ベストアンサー率45% (79/173)
うろ覚えでよろしければ。 聖書によりますと、人は死んだ後、魂だけで天国に行ったりはしません。 単純に、死んでいます。 チリになっちゃってます。 で、そのうち、天使と悪魔がどんちゃん戦争をして、神が勝つことになってます。 その後に最後の審判があるわけですが、そこで、復活することが決まった人間は、再び生きてこの世に舞い戻るのです。 もちろん、肉体もあります。 そのとき初めて、意識もなにも戻ってくるわけです。 みんな、菜食主義になってるみたいですよ。ライオンとか、草食べるらしいです。羊となかよくお昼寝したりとかね。 つまり、天国ってーのは、最後の審判後のこの地上のことなんですよ。 すごく先を見越して、「悔い改めよ!」とか言ってたわけですね。 新旧含めて、聖書から生じてる宗教はたくさんありますので、宗派によって、色々違いがあるんでしょうけどね。
お礼
回答ありがとうございます。 再び人間の肉体としてこの地球に復活するということですね。 チリになっちゃった肉体は消滅するけど、意識はどこかにいて、それが戻ってくるということでしょうか?それだと魂が生き残っているような感じがしますが。 実は先日カトリック教会のお葬式に行ったのですが、牧師様はイエスの復活のことを言われ、肉体が死んでも魂は生きている、復活するということを強調していました。だから、お葬式の際もその会場に魂が見に来ている、というような感じで話していました。 キリスト教にもいろいろあるのですね。
- memmamemma
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私が幼い頃に日曜学校で習った内容でよろしければ回答させていただきます。 イエスの復活について イエスは一度神の国に召されましたが、神のご意志によってこの世に戻って来ました。イエスの死体が生き返ったのです。 イエスが確かに一度死んだ証として、両手に打ち込まれた楔のあとと左脇に槍で貫かれたあとが残っていたようです。 イエスは弟子たちに神の教えを人々に伝える指示を下したのち、ふたたび神の国に召されました。 天国で生きることについて 人は肉体が死ぬと魂となりますが、生前神の教えを守った人々には神の国に行く資格が与えられます。 肉体の死後、魂が神の国に行くことを魂の復活としています。 つまりイエスが神の国へ行く際も、肉体はこの世に残して魂だけ天に登ったということです。 生身で天に登ったと記述されている人物はひとりくらいしかおぼえがありません。 最後の審判について 最後の審判は神の教えに背いた人々への制裁です。神の教えを守った人々は審判以前と同様に神の国へ行くことができます。 …確かこんな内容だったかと。 もっとお詳しい方のお答えに期待します…。
お礼
回答ありがとうございます。 つまり、復活とは肉体が死んだ後、魂の形で神の国に行くということですね。魂は神の国で生きているわけですね。行けない人々は地獄に落ちるか、消滅する。 神の国にいる魂が、最後の審判で再度ふるいにかけられて、最後に残った人々が神の国に行き(戻り)、残りは地獄の業火でやかれると。神の国にいる魂が生きているとすると、最後の審判で復活すると言えるのでしょうか?そのままのような気もしますが。
お礼
そういう考えもあるかも知れないですね。 ありがとうございます。