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結局の所、バランスですよね?

よく、 『1つの事にハマるのは格好悪い』とか 『1つにハマらず しなやかな感性で』とか 最近耳にする言葉なんですが、消費力を上げる目的に使われている言葉なんでしょうかね? 将来性ある若い時分には、経験が少ないですから、視野を広げていろんなことに幅広く取り組み、自分の可能性をセレクトしてゆく必要性があります。 、なので1つの事にハマることをマニアックやらおタクの様に感じ、否定的に発言する若者が多くなってる様です。 でも、これ、裏を返してみると、いろんな体験をたくさんできるということは、必ずお金がかかることです。 若い時だけでなく、大人になってからも コレだけはという特技に恵まれず、あっちこっち嗜好が散漫、1つの事に集中力が持続せず、すぐに飽きてしまっては、何1つ得られません。 それは恋愛においても 同じ事が言えますし、趣味や物品の選択についても同じですね。 ハマる、やりすぎ、のマニアックまでは、宗教などにハマってしまいやすかったり、というよくない例もあるので、限度というものはあるものの、しかしながら、1つの事をきちんと深く掘り下げることが出来なければ、いつも壁にぶちあたったら投げ出してしまう繰り返しで、何ひとつ人に誇れるレベルのものを得る事はできない、消費のえじきにされてしまいやすくなってしまう、、、ということにもなりかねませんよね。 人間、都合良く物ごとを解釈しやすい、利用しやすい所があるので、少し気になった言葉でした。 時には自分がやらなければならないこと、本気の恋愛、など とことんハマって やり抜かねば得られないものもある、ということは ちゃんと理解してないと、泥沼や修羅場くらいどんな夫婦も経験してその上に幸せがあったり、が現実なのに、きれいな所だけを信じて、修羅場とか嫌だから恋愛、結婚しない、とか、1つの事にハマるのがかっこ悪いだとか、、、 見当違いな解釈をしてしまうのは どうなのかな??? と、感じたりすること、ありませんか? 情報、人の言葉も 自分の頭でちゃんと考えられる人になれればいいのですが。

みんなの回答

回答No.2

>『1つの事にハマるのは格好悪い』 最近の風潮なのかどうかは知りませんでしたが、確かにそう思う人はいますね。 でもそれを否定したら、多くの分野の発展は遅れたでしょうね。 言うなればトーマス・エジソンは科学オタクだったわけですし 川端康成や三島由紀夫など文豪と呼ばれる人は皆小説オタクですね。 野球選手は野球オタクとも言えますし ミュージシャンは音楽オタクでなければなれません。 オタクって否定的な意味もありますが、その道の知識、技術を極めるほど通じている という意味では、オタクが世の中を発展させたとも言えるのではないでしょうか。 逆に私などは、一つのものも極められず 器用貧乏なところを恥に思ったりします。 >情報、人の言葉も 自分の頭でちゃんと考えられる人になれればいいのですが。 日本はどうもメディアリテラシーが遅れているように思います。 要するに情報の取得選択が苦手ですよね。 昔小学生の頃よく「新聞を読め。新聞を読まないとバカになる」って言われました。 でも新聞を毎日読んでも、書いてあることを鵜呑みにしてはバカなままですよね。 新聞社がどういう立場でその記事を書いたか、 それを書くことによってどういう世論を予想しているか。 こういったことを読み取るような教育は、受けていないように思います。 若いうちに何でもやる、色々やるのは大切なことですが 流行に流されて行動するのは、まさに情報を選択できず情報に流されているだけだと思います。 自分で分別を持って、自分の行動に責任が持てるようになりたいものですね。

noname#150341
質問者

お礼

深いご意見ありがとうございます。 新聞のお話、わたしの場合ですと、楽譜の解説や作曲家の背景等の書籍などで体験したことがあります。 文章には、解説者など書き手の意見が含まれていたり、書き手のフィルターを通したものなので、作曲家自身の遺志と異なる内容が伝え伝われてー、時としてゴシック話的なものが伝説の様に語り継がれていることもあったりします。真実かどうか疑わしいな、と純粋な真実だけを救いあげると面白みも消えていたりするものなので、真相、本質というものは、わかりやすくシンプルなものなんですよね。 >自分で分別を持って、自分の行動に責任が持てるようになりたいものですね。 確かに。 けれど、騙される方が悪い、という社会が当たり前になってゆくのは、かつて安全大国日本と呼ばれていた日本にとって、汚いことで恥ずべき傾向にあるので、自己責任という逃げは 未成年には通用しないことも、大人の社会に責任ある発信している職務の方たちには、理解してコントロールして欲しいです。 人間不信、卑屈に汚れた世界を受入れるのでなく、純粋な心のまま、大人になれる社会であるために。

noname#175120
noname#175120
回答No.1

まあその通りですね。 何かをやり通すってのは実は自分との戦いでもあります。 オタクと呼ばれる人たちだって世間体なんかと戦ってる訳ですから。 それがいいか悪いかはともかくとして自分の趣味嗜好や主義を持っていると言うのはいい事だと思います。 ただ、選択するって事は責任が伴います。 これが嫌だって人が多いのでは? 自分など比較的天邪鬼かつマニアック(オタクでは無い)な生き方をしてきたので、その辺は重々承知です。 要は自分を持っているかどうかでしょうねぇ。 コレだけ情報が氾濫して溢れていると逆に選択するって能力が問われます。 その選択の基準となるものはやり自分の生き方や主義と言う事になると思いますね。 小さい時から自分の頭で考えて正しいか間違っているかを選択させるような学習が必要でしょうねぇ。

noname#150341
質問者

お礼

ありがとうございます。 端から見ると、明らかにオタクなんだけど、本人はいたってオタクではない、と主張する人も結構多いですよね。(笑) オタク=変な人 という解釈ではないし、利点を上げれば専門家肌であったり、集中力がもの凄いわけですね。 一芸に秀でている多くの人は、それを通って来た経験があるから、精神力も自信も強いし、特技がきちんとある。 かえって、大人になっても変わらず、あっちこっち興味の対象が長続きしない方が、たくさんの物で溢れている世界ですから、仕事もままならない時代、手に職つけることでもなければ、未来も不安ですよね。

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