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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:国鉄の貫通扉について)

国鉄の貫通扉について

このQ&Aのポイント
  • 国鉄時代の映像で開放された貫通扉を走行する電車の光景について調査します。
  • 開放された貫通扉の光景はいつまで見られたのか、また現在も存在するのかについても調べます。
  • 開放型の電車が減少・廃止された理由についても探求します。

質問者が選んだベストアンサー

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  • nebnab
  • ベストアンサー率34% (795/2317)
回答No.2

No1さんへのお礼を拝見した上でお答えします。 (1) このような仕様の車輌はいわゆる「旧型客車」です。 客車自体は動力を持たず、機関車に引っ張ってもらわないと走ることはできません。 また、乗降のためのドアも手で開け閉めする仕組みでした。発車時にいちいちドアを閉めてロックしたりしませんでしたので、ドアが開きっぱなしで走るのもふつうのことでした。現代の発想からすると危険極まりないシロモノですが。 旧型客車がいつごろまで使われていたかは詳しくは知りませんが、少なくとも私が高校生だった30年前にはまだ福知山線や山陰本線の普通列車に使われており、大阪駅や京都駅に顔を出していました。 現在の定期運転列車では、静岡県の大井川鉄道のSL急行にこの車輌が使われています。 2年前に乗りましたが、たしか貫通路扉は閉めて鍵をかけてあったように覚えています。 なお、「旧型客車」に対して「新型客車」もあります。 こちらは「旧型客車」と比べると、座席が良くなったり乗降口が自動ドアになったりという違いがあります。 (2) 私の想像ですが、閉める必要はないと考えられていたのかもしれません。 走行中は危険ですが、そんなことは見ればわかるだろう、というのが昔の発想のように思います。 現代では通用しない考え方ですが。 (3) やっぱり乗客にとって危険だからでしょうね。 「新型客車」では列車の端の貫通路扉はきちんと閉めていたように覚えています。 また、機関車が客車を引っ張る列車が激減したからという理由もあります。 このような列車は終着駅に着いて方向転換をする際には機関車を反対側に付け替えないといけません。 これでは手間も時間もかかります。 そのため、両端に運転台があって方向転換が簡単な電車・ディーゼルカーが現在の日本では主に使われています。 機関車が客車を引っ張る列車は現在の日本ではごくわずかしかありません。

noname#178601
質問者

お礼

ご回答、ありがとうございます。大井川鉄道のSLも貫通路扉が開放されていたりしたら、ぜひ乗りたいと思いました。こちらは新型客車なのでしょうか。

その他の回答 (11)

  • ultraCS
  • ベストアンサー率44% (3956/8947)
回答No.1

ご覧になったのはどこの区間でしょうか。さすがに前面貫通扉を開けて走ったというのは軽便でも無いと思います。国鉄の場合、旧型電車は別として半室運転台がないですから、運転士が風に晒されるようなんてんは市内と思いますが。電車登場当時(甲武鉄道買収線等)であれば、路面電車の延長で解放運転台でした。 なお、新性能車で前頭部に貫通路が出るのは151/153や111/113とこれらの交直形ですが、この時代で貫通路を開けて走ったというのは呼称以外ではあり得ないと思います。ただし、気動車の場合、液体式は特急以外は貫通路ありですから、こういう事例も会ったかも知れません。又、旧型客車はそもそも貫通扉医というのが無いことも多いので客車列車では鎖だけというのは珍しくありませんでした。 で、以下は車輌間の貫通扉に関して (1) 一時期広幅貫通路が流行した時期があります。典型的なのは営団6000形で、5両ずつ貫通扉のない広幅貫通路でしたが、不評で後期形では二両単位になっています。 (2) 厚さ対策と言うより、見通し向上による開放的視界の確保です。 (3) 特に冬期の加速時、減速時に貫通路を寒風が吹き抜けることによる不評が大きな理由です。他に、編成替え時の不便さなどもあります。

noname#178601
質問者

お礼

ご回答、ありがとうございます。この動画を見ていて疑問に思いまして。http://www.youtube.com/watch?v=2QlJDqR8lWM 動画が5つくらいに分かれておりまして、パート5くらいで撮影者の方が走行中に機関車との連結部分を撮影しているシーンがありました。また終始、外に乗り出して撮影しているようで。これも気になりました。youtubeのコメントにもありますが、最近の電車はこのような撮影方法は不可能だと思いましたので。説明不足で申し訳ございません。

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