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尊厳死宣言の母に胃婁手術を行う是非をご教示下さい
- 82歳の母が嚥下障害を起こし、肺炎になりました。医師から胃婁手術を勧められていますが、本人の意志がはっきりしない状況です。
- 胃婁手術の生存率は1年目が50%、翌年がさらに50%だと言われています。家族は母の生存を望んでいますが、本人の望みが分かりません。
- 尊厳死宣言には生命維持装置の断ると書いてありますが、胃婁手術は生命維持手術なら本人の意思に従うべきでしょうか。
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これ、難しい問題です。 総合的に考えて、お母様の意志はどうなのでしょうか。まだ思考や意志がしっかりされていますし、胃婁手術を希望なさっているのでしょうか。 延命治療を望んでいないとのことですが・・・・・・・ 家族の側からすれば、辛い決断になりますね。 お母様とっては、家族に負担を掛けたくないというような思いがおありなのかもしれません。 けど、実際その場になってみれば、難しい決断ですね。 「寝たきりでもいいから長生きしてほしい。」これは家族の願い。お母様が、胃婁手術をしてほしいかどうかなんですね。 結果的には、お母様の意志の通りにするのがいいかと思います。 ここまで書いてきて、ふと気づきました。 お母様は、寝たきりなのでしょうか? 寝たきりであれば、おつらいことと存じます。 私がお母様の立場だったら、延命治療は断ると思います。動けなくなった体では何も楽しめないし、家族にも迷惑がかかると思うからです。 聴覚・視覚重複障害はありますが、体が動けるから、1人で行動できます。どこへでも出かけます。夜間なら人の助けを借ります。 私は、寝たきりになってしまったら、やはり延命治療や、胃婁手術は希望しないと思います。 この質問は、重大な意味を持っており、私もいずれはやってくる「死」に対する対処法を考えておかなければと強く思いました。 誰にも迷惑を掛けたくないという思いが強いのです。 何だかまとまりのない回答になってしまい、すみません。
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- rokutaro36
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>本人の思考や意志はあまり衰えてないのですが声が小さくて表現が難しくなりました。 ならば、本人の意思に任せることです。 声が小さくても、筆談や、○×方式で意思の疎通はできるはずです。 >胃婁手術の生存率は1年目が50%、翌年がさらに50%と聞きました。 現在は、6割を越えていると思いますよ。 3年生存率も4割あると思います。 今は、胃ろうの手術自体が非常に発達しているので(PEGという手術をします)、 肉体的な負担が少なくてできます。 >胃婁手術は生命維持手術なら本人の宣言通りにしたいと思います。 これは、解釈の仕方が問題ですね。 でも、胃ろうをしなければ、嚥下障害から肺炎で死亡するか、 または、餓死することを選択することになります。 生命維持装置を外すことで、呼吸や心臓が弱って亡くなる場合とは、 ちょっと違う……というのが、私の意見です。 また、胃ろうをしても、体力が回復すれば、外すこともできます。 生命維持装置は、外す=死亡 ということなので、この点からも、 ちょっと違うと思います。 脳梗塞でも、ある程度、回復することは可能ですよ。 例えば…… http://com4.kufm.kagoshima-u.ac.jp/kirishima_reha/index.html 「テレビ放映……」をクリックしてください。 放映したのはNHKです。 残念ながら、日本の医療の制度は平等なのですが、 受けられる医療は、平等ではないのですよ。 嚥下障害を克服するには…… http://www.tyojyu.or.jp/hp/page000000700/hpg000000611.htm ご参考になれば、幸いです。
お礼
早速のご助言を有難うございました。 >脳梗塞でも、ある程度、回復することは可能です 少し希望が出てきました。
- yuubee(@yuubee)
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日本ではよく行われますが、胃婁は世界的には普通ではありません。 自分で飯が食えなくなればそのままろうそくが消えるように死ぬ、のが普通です。その観点から言えば不自然な生命維持です。 でもまあ、本人にきいたらどうですか。案外、死ぬのは嫌とかいまさらいうかもしれんし。 あと、のどに食い物詰まらせて死んだといって施設を責めないことです。 とにかく、まともに食えないということは、通常の動物としてはイコール死なわけで。
素人です。身近に、胃婁手術を受けた人さえいませんし、胃婁という言葉自体、初めて聞きました。個人的感想として聞いてください。 まず、現状把握です。ネットで調べた所、1年目50%、2年目25%、というデータは、10年ほど前のもののようです。また、様々な持病(ガンなど)を抱えた人のデータが入っている可能性も有ります。一般論ではなく、あなたのお母さんのケースについては、存命率がどのぐらいか、調べたり、考えたりする必要があると思います。 あなたのお母さんの場合、体に一部麻痺があり、肺炎という一時的な病気ではあるようですが、比較的元気で、食事に問題があるだけのように思われ、胃婁手術を受ける患者さんの中では、もっとも存命の可能性が高そうです。嚥下障害なども、果たして、回復の見込みがないのかどうかです。回復すれば、胃婁を閉じて、普通の生活に戻ることもできるのですよね。ただ、やはり、胃婁手術をしても、肺炎の危険性などは避けられず、また、ご家族の負担も大きいようなので、問題が無い訳ではないと思われます。 82歳という年齢、女性ですと、人それぞれではありますが、まだ死ぬには早い気がします。本人の気持ちもありますけど、回復の可能性も考える必要があると思います。
お礼
ご回答有難うございました。 >まだ死ぬには早い気がします 希望が出てきました。有難うございました。
- 佐藤 志緒(@g4330)
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>本人の思考や意志はあまり衰えてない 本人に確認するほうが良いと思うが.... 胃婁をしないと、嚥下障害覚悟で経口摂取するか、点滴で栄養補給になりますが..... 意思のある人に点滴は酷では?
- dsdna
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>ご助言をお願い申し上げます。 お母様のおっしゃる「尊厳死」の意味をよく話し合って明確化してください。この場合は世間一般で言われている「尊厳死」の基準ではなく、あなたのお母様がおっしゃる「尊厳死」です。 尊厳死宣言は意識がなくなった場合に備えて、予め生命維持装置の使用について決めておくものです。使用しない。1週間だけお願いする。1ヶ月使用してくれ。などです。その結果死に至ろうとも私は了承する、というものです。 胃瘻手術うけたところで生命維持装置のお世話になるわけではありません。この辺は勘違いなきように。 しかし、ご質問分にあるように、胃瘻手術=生命維持手術と考えられなくもありません。この場合、手術を受けず、栄養が摂取できず、弱って死ぬかもしれないが、私はそれを受け入れる、と宣言する考えもあります。あるいは希望をつなぐために、胃瘻手術は受けるが、さらに生命維持装置が必要な状態になってしまった場合は装置の使用を拒否する、という考えもあります。 いずれにしろ、自身の考える「尊厳死」をはっきりさせておく必要があると思います。
- trajaa
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難しい問題ですね。 実際問題として、一度胃瘻を施してしまうとそこから復帰するのは無理と言えます。 治癒の見込みが有っての栄養供給ならまだしも、悪化しない事が最善といえる状態で 口からでは無く胃へ直接栄養供給することが、人の生き様として望ましい事なのか? という疑問はつきまといます。 かといってその手段を執らなければ、栄養供給が侭ならなくなり衰弱するか?再び嚥下障害を起こすか? 何れにしても危険な状態に陥るのは目に見えている。 私の祖母の場合は、私の父を含めて子供達の希望で胃瘻を施し一年弱ほど自宅で療養した後に心臓疾患で亡くなりました。 (胃瘻を施せば自宅での終末を迎えられるという見込みがあったからの施術判断です。) 私の義母の場合は、既に脳梗塞の発作もあり自宅での療養が無理な状態でしたので、施設の中でチューブからの栄養供給で無理に生きながらえさせるのは酷だという判断で、胃瘻の施術は選択しませんでした。 私も妻もその判断は間違っていないと思っています。
お礼
貴重なるご助言を有難うございました。手術をするかどうかを本人に聞くこと自体が「死の選択」を聞くことになる気がしてためらわれます。 しかし、聞かなければいけないと感じます。 有難うございました。