ルイ・ナポレオンの時代に限って説明すると、大統領は三権分立の一角に過ぎないのです。つまり立法権を握る議会、司法権を握る裁判所と同列に行政権を握るのが大統領で三権は相互牽制の関係で、どれも独走できないのです。これに対して、皇帝は三権の上に君臨するのです。皇帝になると行政権も立法権も司法権も持つのです。行政府、立法府、司法府は皇帝に逆らえない。強大な権力です。だからルイ・ナポレオンは皇帝になるとクリミア戦争、アロー戦争、イタリア統一戦争、普仏戦争と何にでもやみくもに首を突っ込むことができたわけです。誰も反対できないのです。
以上は国内だけの話ですが、皇帝には対外的に別な意味もあります。皇帝は国王を臣下にできるということ。皇帝は国王より格上なのです。だからイタリア統一戦争に介入できたわけ。サルデーニャ王国の国王であるヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の主君となってイタリア統一を支持すると称して軍を派遣できるのです。主君だの臣下だのといっても名目だけの話ではありますが、それでもルイ・ナポレオンにすればイタリア統一戦争に介入する大義名分になるわけで、その見返りにサヴォワとニースを欲しかったわけです。イタリア統一戦争というのは何かというと小国に分裂していたイタリアの諸王国を統一する戦争です。それがどうして戦争になるかというと、分裂していたイタリア諸王国の国王がオーストリア皇帝の臣下という関係があったからなのです。イタリアを統一する為には、オーストリア皇帝との関係を断ち切るしかないのです。当然、オーストリアは黙っていない。だから戦争になるわけです。ちなみにサルデーニャ王国もクリミア戦争に参戦しています。サルデーニャ王国にすればフランスの手伝い戦みたいなものだったのです。イタリアを統一する際の軍事支援を期待してルイ・ナポレオンに媚を売ったわけです。ルイ・ナポレオンが皇帝になるというのは、フランスがロシアやオーストリアに対抗する為に、ロシア皇帝やオーストリア皇帝と同格だぞと主張している意味もあるわけです。皇帝と国王の関係は東洋も同じです。清の皇帝が主君で李氏朝鮮の国王が臣下です。李氏朝鮮で農民反乱が起きる。ピンチだ、助けてくれと李氏朝鮮の国王が清の皇帝に泣きつく。そうなると皇帝は反乱鎮圧の軍を送るわけです。同じことなんです。
ちなみに普仏戦争はプロイセン王国が勝利し、ヴィルヘルム1世がヴェルサイユ宮殿で初代ドイツ皇帝として戴冠します。これはドイツ諸王国の国王の主君であるルイ・ナポレオンに対して、これからはヴィルヘルム1世がドイツ諸王国の新しい主君だから、フランスはもう余計な干渉はするなよという宣言と同じことなのです。すなわち普仏戦争はドイツ統一戦争でもあり、それがドイツ統一なのです。
これが皇帝は国王より格上という意味です。皇帝だから国王を臣下にしなければならないというわけでもなくて、国王だから皇帝を主君に仰がなければならないというわけではない。そういう意味ではなくて王国を支配下に納めるには皇帝にならないと正当化できないという意味です。
これがルイ・ナポレオンが国民投票で皇帝に就任した意味です。フランス国民にすれば、ルイ・ナポレオンをナポレオン一世の再来と信じ、ナポレオン時代の栄光を取り戻したいという意味があった訳です。