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不可算名詞とはこれいかに
「time」は不可算名詞といわれますが、 「have a good time」というふうに「a」がついています。 辞書などにも不可算名詞だとことわりながら、上記のような用例を「平気」で載せています。 この辺をどう理解したらいいでしょうか。 宜しくお願いします。
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形容詞を付けてその属性で名詞を”括って”しまうと、ひと”括り”の意味合いで加算になるということでしょう。water とか、括りづらい概念は、不加算のままにしておいたほうがいいと言う事、と私は考えます。括りの概念がないフィーリングで、have nice lunch は当然言えますが、have a nice lunch のほうが圧倒的に使われますね。
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- wind-sky-wind
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単語によって、この名詞が可算、不可算とは決まっていません。 time は不可算名詞と決まっているのではなく、 単にばくぜんと「時」という場合は不可算。 「ひと時」といえるような場合は可算と区別されます。 a fish は一匹の魚(可算) fish は食べる肉としての魚(不可算) time が不可算と断らず、 1 U「時、時の経過」 2 C「(経験する)時間、ひと時」 のように分けています。
お礼
ありがとうございます。 「time」と大雑把にいっておいて、じつは、いろいろな「可算的な事象」を指示しているというか、いろいろな「もの」をいちいち弁別しないで「taime」で間に合わせていることと理解しました。 日本語でなんでもかんでも「どうも」で間に合わすようなもものと。 辞書では「U」と断って、「しばしば(a)」と書いてあり(ジーニアス)(それなら「C」ではないか?)、私にはそこが「無神経」に思えるのです。「なぜ」かを書いてないのは「わからないから」なのか、説明する必要を感じていないからなのか。 とまれ、考える道筋はつきました。感謝します。
- engawa1212
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>「time」は不可算名詞といわれますが… 一見、英語とは関係無いように見えるお話から始めましょう。 世の中には、物事は、万事、かくかくじかじかある"べきである"、そうなっていなければならない、と定義付けするのが大好きな方がいます。 いわゆるファンダメタリスト、原理主義者です。こういう方は、学問の世界においても壮大な体系論(ビッグストーリー)を好みます。 神がこの世の一切のものを作った。すべてはこの原理より始まる云々とか、下部構造(所謂経済活動一切)こそが、上部構造を規定する、だとかね。 キリスト教神学だとかマルクス経済学だとかヘーゲル哲学などは、(学問分野こそ異なれど)どれもこのような同じストーリーです。 すべてのものは(神によってであれ、人間の理性によってであれ、あるいは科学的根拠によってであれ)明確な定義付けがなされ得るものであって、 一つの大きな体系の一部分であり、一切の例外は無いのであるという風に世界を捉えます。 (これを形而上学といいます。俗な言い方をすれば「白黒付けたがり屋さん」です) 「time」は不可算名詞である、と見る(もっと言うなら、決め付ける)のも、煎じ詰めれば、根底にはこの原理主義、形而上学的思想があります。 このような見方をする限り、ある単語の性質は、一定に決まってくれないと「具合が悪い」のです。 例外の存在は自らの体系論を賽の河原の石のように崩してしまいますからね。 ところで、形而上学的思想とは別の、相対主義というもう一つの見方があります。これは対象物によって、あるいは状況に応じて、見方、視点を変える考え方です。先程の「time」の例で言えば、こういう場合は不可算名詞だが、別のこういう場合にあっては可算名詞に変容するよね、と見方、立場を変化させる考え方ですね。 断っておきますが、形而上学と相対主義、どちらが優れているか、と言う話では無いのです。 (そもそも優劣を決め付けたがること自体、「形而上学的」発想です) 形而上学的思考が有効な場合もあれば、相対主義的な見方が効果的な局面もあるということです。 前置きが長くなりましたが、今回の「time」について、単純に不可算名詞、と決め付けないで、状況場面に応じて不可算名詞にも可算名詞にもなり得る、という相対主義の考え方を取り入れてみてはどうでしょうか? 「人生楽ありゃ苦もあるさ」という俗なフレーズを見てみましょう。これは、要するに「人生には良い時もあれば悪い時もある」ってことですよね。 「良いとき」って具体的に何でしょう? 休みの日、おいしいものを食べてるとき、試験に合格した、… いろいろ思い浮かびますよね。 ほら、数えられるじゃないですか。(そんな気がしてきませんか?) この場合の「時」は、要するに「機会」「場合」と言う意味です。これは「数えられる」んです。Longmanで言えば、3 occasion のところです。 ちゃんと countable って書いてあるでしょう。 http://www.ldoceonline.com/dictionary/time_1 3 occasion [countable] an occasion when something happens or someone does something: 例文に How many times did you take your driving test? (何回免許の試験受けたの?) とありますね。可算ですよ。何回の機会があったの?と尋ねている訳ですから。 あと、このような「機会」「場合」というのは、いろんな形容詞と容易に結びつきます。「楽しいとき、つらいとき」のようにね。 このことから、形容詞が付いて一層具体的になったtimeはより一層、「数え易く」なります。 では、数えられない場合ってどんな時でしょうか。「時間」という概念、時間(という実態)そのもの、という意味を言いたいときは数えられません。 Longmanの冒頭の例文に、 Einstein changed the way we think about space and time. (アインシュタインは空間と時間についての考え方を変えた) という例文がありますが、これはさっきの「機会」「場合」と言う意味では無く、時間という概念そのもの、という抽象的な意味です。 timeがこのような意味合いを帯びたとき、不可算となります。 状況に応じて見方を変えるやり方、コツがつかめたでしょうか。
お礼
前半のご卓見もふくめ、明快な御回答に感謝します。 「形而上学はやめられない」(カント?)が正直な自戒ですが。 「機械」「場合」と見る視点があるとはうかつでした。 「時間」に「楽しい」という形容詞をつけること自体「おかしい」かもしれんません。不可算としての抽象的な「時間」に「人間的な付加語」はおかしい、時間は「楽しかっ」たり「つらかっ」たりする存在なぞではないのじゃ、と。これはもう「形而上学」ですかね。 「for a long time」……、「期間」には「a」がつくかと思うと「summer time」は無冠詞ですから、悩みはつけません。 とまれ、悩みの半分以上は解消しました。あとは修行あるのみですね。 ありがとうございました。
シンプルに言うと、不可算名詞でも、good などの形容詞で修飾すると可算名詞にできます/なります。 *まあ、ほぼすべての不加算名詞に適用できるでしょう。 a long time a nice lunch etc. でも a hot water とは言わないでしょう。例外的。
お礼
形容詞をつけると「なぜ可算になるのか」が知りたいでところなんです。 「have nice lunch」とはいえないのでしょうか(というより、いえるはずですが、その場合の意味が知りたい)。 ありがとうございます。
- gadovoa
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>辞書などにも不可算名詞だとことわりながら、上記のような用例を「平気」で載せています。 平気だから載せているんです。
お礼
ありがとうございます。 「楽しい時」はほかとは比べられないから「楽しい」と思っていました。
お礼
「括る」という発想は興味深く承りました。 受験英語としては、正直、「白黒つけてよ」という気分になってしまいます。 「a」をつけて「総称」というか「抽象化」「観念化」「集合化」するようなものですね。 「A man is--」「男ってさあ…」みたいに。 で、 「I don't like a cold water」「冷たい水は嫌いなんだよ」とはいえないのでしょうね。 ためになりました。感謝します。